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舗装された道

 次の日も、またその次の日もこの館に閉じ込められ、膨大な量の勉強と、貴族のたしなみである剣の稽古を強いられた。


 どうせ今日もまた、同じ生活だろう。

 そう思っていたのに、朝のテストのあとに家庭教師(せんせい)は、昼の課題を出してこなかった。



「昼の課題は?」

 課題がないならないにこしたことはないが、後々付け足されても面倒なため、尋ねる。

 すると、家庭教師は隣にある椅子に腰かけたままこちらを見つめてきて、嬉しそうに微笑みかけてきた。


「自ら課題を気にされるなど、変わられましたね。貴方様のお父上も、ぼっちゃんのことを褒めてらっしゃいましたよ」


「……お父様が?」

 ここ最近は、褒められた記憶などないんだが、と首をかしげる。


「子どもの頃は部屋を抜け出し、勉強をさぼって外で遊んでばかりいたのに、最近は領主の息子らしくなってきた、とおっしゃっていました」


 「勉強の必要性をわかっていただけて、私もうれしゅうございます」と、家庭教師は涙ぐんでいるが、ため息しか出てこない。



「ああ、そう。……そりゃよかったよ」

 最早、そうとしか返せなかった。


 基本的にずっと部屋に閉じ込められているというのに、誰と、どうやって、どこで遊ぶというのだろう。


 どんなに泣いても、わめいても、ここから出そうとしてくれなくて。

 その上、いくら自分の意思を語ったところで、一度も聞こうとしてくれなかったのなら、諦めて従う他ないじゃないか。


 都合のいいように解釈してくるお父様と家庭教師が、自分とは全く別の生き物のように思えた。



「そしてですね、気にしてらっしゃった課題ですが、今日の午後のぶんはありません」

 家庭教師は、机の上に広がっていた資料をかき集めながら言う。


「午後に何か用事でもあるのか?」


「はい。バドぼっちゃんの婚約者が決まりましたので、挨拶に来てくださるのですよ」


 一瞬、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

 婚約者というのは、あれか?

 将来俺の妻になる人……?


「私は、そんな話、聞いてなどいない!」

 両手で勢いよく勉強机を叩き、立ち上がる。


 あまりの態度に驚いたのか、家庭教師は椅子から転げ落ちそうになるのを慌てて堪えていた。



「聞いてらっしゃらないのも当然です。ぼっちゃんの母君が昨日お決めになりましたので」


「お母様、が……?」

 下唇を噛んで、宙を睨み付ける。

 お父様に限らず、お母様もまた『エヴァンズ家の発展』という悪魔の囁きに惹き付けられている一人だった。


 発展すればするほど贅沢な暮らしができるため、贅沢好みのお母様からすれば、それも当然のことなのかもしれない。



「ええ。とても素晴らしい家と縁談を結んで来られましたよ」

 鼻息荒く、家庭教師は話す。

 素晴らしい“人”ではなく素晴らしい“家”と言ってしまう彼とは、今後もわかり合える気が一つもしなくて。

 嫌悪の感情をこめた目で視線を送った。



「それで、どんなお嬢さんなんだ?」

 ため息混じりに尋ねると、家庭教師は“よくぞ聞いてくれました”とばかりに、身を乗り出してきた。


「貴金属でのしあがり、ネラ教会からも一目置かれている宝石商のスペイド家。マリカ様ですよ」


「マリカ嬢だって!?」

 まさか過ぎる人選に、頭を抱えた。


 彼女には、幼い頃に何度か会っているようで、面識はあるらしいが……。


 ()()()というのは、その頃の記憶が薄れていて、まったくと言っていいほど、彼女のことを覚えていないからだ。


 だが、困ったことに、こっちは覚えていなくても、向こうは鮮明に覚えているようで。

 どうやら過去の俺は、そこで何か余計なことをしてしまったらしい。


 数年前に再会してからというもの、同い年で気の強いマリカ嬢は俺の顔を見るたびに、何かと(いわ)れのない文句をつけて来ていたのだ。



「先生、その婚約を取り止めるわけには……?」

 恐る恐る尋ねると、家庭教師はあきれたように笑う。


「何を酔狂なことをおっしゃるのですか。こんなにもいい縁談はございませんよ! 結婚は十八の歳になります。楽しみですねぇ。エヴァンズ家とスペイド家が手を組めば……」


 家庭教師は、両家が結ばれることのメリットを次から次へと話していたが、そんなもの一つも耳に入ってこない。



 思ったことはただ一つ。

 こうやって、俺の前には舗装された道が次から次へとできていき、死ぬまでその道だけを歩かされるのだ、ということだった。



──・──・──・──・──・──


 ランチを終えて、待ちに待った自由時間がやって来た。

 普段は勉強をしている時間だが、今日は運良く課題が出ていない。


 婚約者となったらしいマリカ嬢が来るのは、十四時半。

 まだ少し時間がある。


 引き出しの奥底に隠していたそれに手を伸ばし、引っ張り出す。

 机の上に載せた部品たちは、置き時計……いや、正しくは置き時計だったもの、だ。


 バレたら面倒になるため内緒にしているのだが、俺は機械の解体と組み立ての作業がたまらなく好きなのだ。


 物がどんなふうに作られているのかにも興味があったし、どう組み立てれば元通りになるのかを考えるのも、面白くて仕方がなかった。


 欲を言えば、改造なんかもしてみたかったのだが、秘密の趣味では難しいため、一度も挑戦できないままになっている。



 分解した部品たち一つ一つを確認し、組み立てを始めた。

 どこに何の部品があったかは、覚えないようにしている。

 完成図を思い浮かべながら、小さな部品たちを組み合わせていくのが楽しいのだ。


 夢中で作業をしていると、あっという間に時間は過ぎるもので、急ぎ片付け終えた直後、使用人たちが「お支度のお手伝いをさせていただきます」と、部屋に入って来た。


 さらっとした高級シャツを手渡され、袖を通す。

 着替えを終えた後に使用人たちは「よくお似合いです」とお決まりの言葉をなげてくるが、俺にはとてもそうは思えなかった。


 宝石のついたボタンも、品のいいジャケットも、質の良いズボンも、シルクハットも、全てが自分には不釣り合いなものに感じてしまう。



 大きな鏡の前に立ち、自分の姿を覗き見る。

 鏡の向こうにいた貴族の衣装に身を包んだ自分は、感情のない着せかえ人形によく似ている気がして。


 慌てて目を背け、逃げるように応接間へと向かったのだった。

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