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望まれた役割

 薄れゆく意識の中で見えたのは、記憶にない記憶。

 お父様とお母様、弟と妹、俺の五人で、ピクニックに行く光景だ。


 明るい太陽の下、家族の誰もが楽しそうで、幸せそうで。


 いまよりも少し若い顔立ちをしたお父様が、幼い俺たちに「お前たちの将来の夢は何だ?」と笑顔で問うてくるのだ。


 自分の夢は、何だろう?

 自身の小さな手のひらを見ながらそんなことを考えた途端、日だまりのように温かかった夢は、シャボンのごとく弾けた。



「ただの夢か……そりゃそうだ」

 まぶたを開くと、窓から射し込んでくる夏の日差しが眩しくて、右腕で目元を塞ぐ。


 あの歳の頃の記憶は、いまもはっきりと残っている。

 何の気なしに将来の夢を語った俺に、お父様は激怒し『くだらない未来など語るな』『私の言う通りに生きればいい』と、そう言ってきたのだ。


 もちろん、家族全員でピクニックをしたことは、一度たりともない。

 自分の都合のいいように記憶を捏造(ねつぞう)して、それを夢に見るなんて。

 どうやら俺の頭は、いよいよいかれ始めているようだ。



 むくりと上半身を起き上がらせると、かけ布団がめくれ、下半身がわずかに沈む。

 そこで、ここが倒れてしまった場所ではなく、ベッドの上だということに気がついた。

 恐らく、家庭教師(せんせい)が倒れた俺を発見して、使用人がベッドに運んでくれたのだろう。


 情けないな、本当に。


 周りに望まれた役割一つ、満足にこなせない。

 捨てなきゃいけないのはわかっていながら、自分の心を持ち続けることも、諦められない。


 物語に書かれていた“親は子を無条件に愛するものだ”というセリフにすがり、いつか分かってくれるんじゃないかと、ここから自由にしてくれるんじゃないかと、期待してしまう自分もどこかにいる。


 そんなこんなで結局は何も変えられないままで、中途半端な生活を続け、いつまでたっても宙ぶらりん……



 『せめて、この後のテストで挽回しなければ』と、机に向かうために、ベッドの縁へと移動する。

 腰かけて立ち上がろうとした時、鍵の音がし、人が一人入ってきた。


 どうせ、家庭教師だろう。

 そう思っていたのに、そこにいたのは予想外の人で、信じがたい光景に目を見開いた。



「もう、具合はいいのか?」

 口を開いたのは、カイゼル髭をたくわえた茶髪の中年紳士。

 ローレンス地方を領地に持つ大貴族である、俺のお父様だった。



 開いた口が塞がらなかった。

 お父様が俺の体調を心配してくるなど、何かの間違いとしか考えられない。


 このまま無言のまま、ぼさっとしているわけにはいかない、と慌てて立ち上がる。



「ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません。寝不足だったのかもしれません。少し休ませていただいたことで、良くなりました」


 不謹慎かもしれないが、心配をしてくれている様子のお父様を見て、わずかに高揚した。

 いつもお父様は、俺のことを息子でもなく、バドでもなく『エヴァンズの後継ぎ』としか見てくれないから。


 だけどそれは、表面的にそういうふうに見えていただけなのかもしれない。

 本当は、お父様も物語に登場していた主人公の親のように、俺たちを愛してくれていているのかもしれない。


 お父様の態度に一すじの光を見たような気がして、泣き出しそうになりながらも安堵の息を吐いた。



 体調が良くなったと話す俺の様子を見て「そうか」とお父様は呟く。

 そして、安心したように目元を緩ませ、口を開いた。


「それならば、良かった。“大事な後継ぎ”に死なれたら困るからな」


 嬉しそうに紡がれた言葉に、衝撃が走り、凍りつく。

 呼吸が止まり、世界が一瞬にして暗転したように感じた。


 ここに様子を見に来たのは、俺のことが心配だったから、じゃない。

 結局、お父様が心配していたのは、“後継ぎ”のこと、か……



 何も考えられなくなってしまった俺に、お父様は饒舌(じょうぜつ)な様子で話を続けてくる。


 弟のナイルは出来損ないだから、婿に出すしか使い道が無いだとか、妹のアンは容姿がいいぶん政略結婚の交渉にはもってこいだとか、聞きたくもない内容ばかりだ。



 長々と語り終えたお父様は、呆然自失状態な俺のところへとやって来て、力強く肩を叩いてきた。


「お前だけが、私の後を継ぐのにふさわしい」


 その言葉に、恐る恐る視線を上げていくと、お父様は「安心しろ」と、満足そうに笑む。


「安心しろとは一体……何のことでございましょうか?」

 意味がわからずに、たどたどしく尋ねる。

 すると、お父様は両の口角を上げて、目を細めてきた。


「私の言う通りに生きるのだよ。そうすれば、失敗などしなくて済むし、我がエヴァンズはますます発展していくのだから」


 声をあげながら、お父様は笑う。

 幸せそうで嬉しそうなのに、その笑顔を見ているのが、なぜだかとても苦しくて、悲しくて。

 胸の奥で強い(きし)みの音が上がったような、そんな気がした。

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