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飛ぶ鳥の向こうへ ―中―

 “エヴァンズのぼっちゃんを見ていないか?”

 その問いに声も出さず、小さくなって首を横に振る。

 身なりがみすぼらしいからか、追っ手三人は俺がバドだとは思っていないようだ。


「こんな身分の低いガキが知ってるわけないだろう、他を探そう」

 男の一人がそう言い、他の二人が「それもそうだ」と、笑う。



 そうだ、早く行ってしまえ。


 心の中で強く祈り、腰に下げた銃を強く握りしめていく。


 心臓がうるさいぐらいに脈を打ち、緊張から一分一秒がものすごく長く感じる。

 ここまで来たのに、捕まるなんて絶対に嫌だ。



 男二人が来たほうを振り返って歩みはじめ、最後の一人もそれに続こうとした時、そいつはなぜか眉をひそめてきて、俺の腰辺りに視線を送って来た。


 まずい!


 一気に頭から血の気が引いていき、慌ててそれを手で隠していく。

 銃口がマントからわずかにはみ出ていたのだ。



「おい、今隠したのはなんだ?」


――・――・――・――・――・――・――


 浮浪者が銃を持っているなど不自然でしかない。

 このままでは顔を見られ、正体がバレるのも時間の問題だ。


 屋敷を出るのは人質がお父様だったからこそ上手く行ったわけであり、ここで誰かを人質にしたところで一発しか打てないこの銃では、効果が薄い。

 そして、ここの周りは海でどこも行き止まり。

 逃げる場所はどこにもないのだ。


 どうする、どうすればいい……!


 冷や汗を垂らしながら必死に考えていると、何も言わない俺にしびれをきらしたのか、追っ手の男は一歩ずつこちらへとやって来た。


 もう終わりだ。

 そう諦めかけた時、遠くから誰かが駆けてくるうるさい足音がした。



「こンのクソガキがぁぁぁっ!!」

 聞き覚えのない声に驚いて思わず顔を上げると、目の前には何故か一瞬だけ大きなこぶしが見えた。


 鈍い音がして、強い痛みと共に口の中に鉄の味が広がる。

 気が付いたら俺は、地面に転がり、うつぶせになっていた。


 まったく状況の理解ができないうちに、背中に重い物が載せられた。

 いや、物じゃない。恐らく今やって来た男の足の裏だ。


「テメェはまたウチの交易品を盗みやがったな! そんなに死にてェんなら、今度こそぶっ殺してやろうか!!」

 身に覚えのない言葉とともに背中を何度も踏みつけられ、脇腹を蹴り上げられる。

 全く容赦のない蹴りに、このままだと殺されてしまうと身体を丸め、防御の姿勢を取りながら震えた。



「いや、君、そのくらいで……」

 困惑する追っ手の声が聞こえ、一瞬攻撃が止まる。

 止めてもらえてホッとするが、どうやらそれは気のせいだったらしい。

 もう一度強い蹴りが飛んできて、初めて口から血反吐が飛び出た。


 あまりの痛みに意識が飛びかけて、慌てて顔を振って正気に戻る。


「そのくらい? ウチの大事な目玉商品盗られておきながらこんなもんで済ませってーの?」

 イラついた男の声がし、ポキポキと関節を鳴らす音が聞こえてくる。


「いや……勝手にしたまえ」

 追っ手はヒッと小さく声を上げ、足早に去っていく。

 子どもとはいえ浮浪者なんて、どうなろうと知ったこっちゃない。

 自分の身の安全の方が、よっぽど大事。

 そういうことなんだろう。


 このままとばっちりで殺されるんだろうか。

 そんなことを考えていたのに、そこからは蹴りもこぶしも飛んでこない。

 不思議に思って、顔をわずかに上げていくと、武骨な顔つきをしている男の横顔が目に入った。

 その男は、逃げていく追っ手を睨みつけるように見つめ、ふんと鼻で笑っていた。



「だからお上品なヤツは嫌いなんだよ、ばーか」

 呟くように言った男は俺のほうに視線を送ってきて。

 目が合った途端、男はまた足をあげてきて、また蹴られるのではないかと、恐怖で身体が震えた。


 だが、男は俺を蹴ってくることはなく、腹へと足を差し込んできて、俺の身体をひっくり返してきた。

「困ってそうだから助けてやったってのに、礼もないたぁどういう教育受けてきたのかねェ」


 男は隣にしゃがみこんできてニタニタと笑っている。



 言われてみれば、結果としては助かった。

 だけど……顔は腫れるし、体中痛いし、口の中は血と砂とでいっぱいで、あまりのマズさに吐きそうだ。

 助けるにしたって、もっとやり方ってものはなかったのだろうか。


 そんなことを思ったりもしたが、どうせ言ったところで反感を買うだけだ。

 

「ありがとうございます、助かりました」

 口元の血をぬぐい、痛みをこらえながらその場にしゃがみこむ。

 左頬と背中、腹、あちこちが痛くて苦しくて、こんなの初めての感覚だった。

 あまりの辛さにうずくまり顔を上げることもできない。


「ま、手加減したし、そんな痛くねーだろ? 俺は優しいからな……って、痛ってー!!」

 痛い、という男の言葉に、顔だけ上げていく。

 すると、今度は武骨な顔つきの男の後ろに、船乗りの格好をしてもっさりとしたひげをたくわえた男がいた。



「おいジョセフ! 何が優しいだ、馬鹿野郎め」

 呆れた様子のひげの男は、こぶしを強くにぎっていて、ジョセフと呼ばれた武骨な男は頭を抱えている。

 恐らく、ひげの男がジョセフを殴ったのだろう。


「だってよォ、ライリー。仕方ねぇだろうが」


「だったらせめてもっと加減してやれ、馬鹿力が!」

 ライリーと呼ばれたひげの男は「ウチのが悪かった……」と、すまなさそうな顔で、俺の前へとしゃがみこんできて、じっと俺の顔を見つめてくる。

 底知れないこげ茶色の瞳になぜか、安心感と畏怖の念とを感じた。


 無言のまま見つめ返していると、彼はぽんぽんと頭を優しく叩いてくれた。

「お前さんは強いな。いい目をしてるよ」


 にかっと微笑みかけてくれるライリーになぜか泣きそうになってしまい、望みをかけて立ち上がり、深く息を吸う。


「ライリーさんは船乗りですよね? 俺を貴方の船に乗せてくれませんか」

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