篭の鳥
鳥は、いい。
あの頃は、朝の空を見ると、いつもそう思っていた。
誰にも縛られず、押し付けられず。
その翼でどこまでも、行きたいところへ行きたいように羽ばたいていく。
あいつらは誰よりも……自由なんだ、って。
──・──・──・──・──・──
窓の外を見るのをやめ、ため息を一つ視線と共に落としていく。
羨望の意味も含んだ嘆息は、勉強机に吸い込まれ、何事もなかったかのように消された。
目の前に、崩れるほどに積み上げられた紙は、今朝までの課題。
ネラ教会の経典にある、第百歌から百五十歌までの復習に、エヴァンズ家領地の特色についての詳細な資料、だ。
あと一時間半もしたら扉が開かれ、この無駄に広くて豪勢な俺の自室に、家庭教師がやってくる。
それまでに、どうにかこの量の暗記をすべて、済ませなければならなかった。
「あと、五十ページ、か」
眉を寄せて、一人ごちる。
興味のない内容ということもあって、今日は特に暗記の進みが悪く、気ばかりが急く。
どこにも行き場のない思いを紙にぶつけ、ぐしゃりと音を立てながら握りしめた。
朝一番でやりたくもない勉強をさせられ、膨大な量のテストを受けさせられて、楽しいはずなんかない。
やりたくもないのに、こんな生活がもう五才の時から十年間も続いているわけで。
そろそろ、気が狂ってしまってもおかしくないと、自分でも思う。
うんざりして机に突っ伏すと、微かな羽ばたきの音と、小鳥の鳴き声が、窓の方から聞こえてきた。
きっとアイツだ! と顔を上げ、机の中に隠していたパンくずを手にとって、窓へと向かった。
予想通り、虹色の羽を持つ小鳥がそこにはいた。
こいつは、毎朝エサをもらいに、こうやってここにくるのだ。
「ほら、君のモーニングだよ」
そう口にしながら、窓際にパンくずを並べてやると、小鳥は逃げようとしないままパンくずをつつき出す。
この時間と、銃を使った狩猟の時間、一人で過ごせる自由時間だけが“自分でいることを保てている時”だった。
それ以外の自分は、両親に望まれるような息子……つまりは傀儡として過ごしていたから。
「なぁ。あの扉も、この格子も……おかしいだろ? 他の家にもあるのかい?」
パンくずを必死でつつく鳥に、鍵がかけられた木製の扉と、鉄格子がはめられた窓について、尋ねてみる。
中からはどうやったって出られないここは、内装こそ貴族の部屋だが、まるで監獄だ。
罪人は、お父様の望む姿になりきれない、自分……か。
そんなことを考えながら、自嘲して笑う。
鳥に話しかけたところで、当たり前だが返事なんてものは、ありはしない。
それでも、話を聞いてくれるやつがいるのは、ありがたかった。
館では、俺の話を聞いてくれる人なんて、誰一人としていないから。
「なんで、なんだろうな……」
虹色の鳥を見つめながら呟く。
王にも似た権力を持つ大貴族、エヴァンズ家の長男。
こんな大それた地位に、自分は向いていない。
出世のために媚びるべき相手であるネラ教会のことも、胡散臭い宗教としか思えないし、『領地の民を生かさず殺さず、搾取し続ける』という感覚も未だによくわからないどころか、今後もわかりたくなんかなかった。
「なぁ。俺に貴族は、向いてないと思うんだよ」
そう小鳥に話しかけて、微笑む。
エヴァンズ家の自分を指して言う『私』とは違う『俺』という呼び方。
心の中だけで言うことを許されたその呼び方を口にしてみたことで、少しだけ自分の心を守れたような、そんな気がした。