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言いたかった言葉

「わかった……お前の指示に従おう」

 お父様はアルバートの説得を受けて考えを改めたのか、途端にそれまでの勢いを失った。


 この様子ならば家を出るところまでは、どうにかなりそうだ、と心の中で安堵のため息をつく。



「それでは使用人たちは皆、壁に寄り、壁側を向きながら、手を上げていてください。絶対に動かないで。そして、お父様が帰ってくるまでは、この部屋を出ないこと、いいね?」

 そう命令すると、使用人たちは大きくうなずき、指示に従いだした。


 どこか不服そうで、どこか恐怖心を覚えているようなお父様を連れて、警戒しながら廊下へと出る。

 途中でお母様と妹のアンが一緒にいるところに出くわしたが、お母様は混乱してすぐさま失神し、アンは何をするわけでも言うわけでもなく、それを隣で冷ややかな目で見つめていただけだった。



「バド、今からでも考え直せ。外は、お前なんかが一人で生きていける世界ではない。ここにいれば安全なのだぞ」

 お父様はひたいに冷や汗を滲ませながら言ってくる。

 アルバートの一言で、途端に俺の考えが読めなくなってしまい、怖くなってしまったのかもしれない。


「もう何年も悩んで、出した結論がこれです。外が危険なのはわかりますし、死ぬかもしれないのも覚悟の上です」

 はっきりと迷いなく答える。

 覚悟がなければ、親に銃口を向けるなんてこと、この俺にできるはずもなかったんだから。



「ここにいれば、成功が約束されているのに……這いつくばって生きる、負け犬の人生でいいのか……?」

 どこか嫌悪が混じったような声に、呆れ笑いを浮かべる。 


「お父様……成功、って何なんでしょうね。資産があり、多くの者から賞賛されれば、それが成功なんでしょうか。誰一人信じられなくて、心を失うことになったとしても? 手に入ったものが、自分が心から望んでいたものじゃなかったとしても……?」


 お父様は、俺の言いたいことがわからなかったのだろう。

 「お前は甘い。すぐに後悔することになるぞ」と、隣でぎりと歯噛みしていた。



――・――・――・――・――・――・――


 長い廊下を進み、階段を降り、ようやく玄関へとたどり着く。

 外へ出ると、夕焼け空にはまだ時間がありそうではあったが、徐々に日が傾きかけていた。


 庭にいた警備の者が異変を察知してやってこようとしていたが、執務室にいた時と同じように脅し、銃を捨てて遠くの壁際に寄るように指示した。



「お父様、ここでお別れです。十五年間ありがとうございました。この親不孝は、許していただかなくて結構です」

 寂しさを混ぜて微笑むと、お父様は怒りでだろうか、顔を赤く染め、こめかみには青すじが浮かんでいるように見えた。


「逃がさん、からな……!」

 地の底から出てきたような声を聞きながら、玄関に残したお父様に銃口を向けて警備の者たちを警戒しつつ、後ろ向きに歩く。

 庭には、季節の花が咲き乱れ、噴水が絶えず噴き出ている。

 幼いころに友だちとボール遊びや追いかけっこをしたこの庭も、見るのはこれで最後になるのかもしれないと思うと、寂しさが沸き出てくる。


 どこかから人が出てこないように、お父様が人を呼び寄せないように、と、周囲に気を配りながら、どんどんとお父様から距離を取っていく。

 すぐ後ろに門が見えたところで、銃を下ろしてコホンと咳払いをし、お父様に向かって満面の笑みを見せ大きく息を吸う。



「捕まえられるもんなら、捕まえてみろ! この偏屈へんくつクソ親父が!!」

 ずっと言ってみたかった乱暴なセリフを吐きつける。

 するとなんだか、長年俺を悩ませてきた胸のつかえが取れて、すっと軽くなったようなそんな気がした。



――・――・――・――・――・――・――・――


「お前たち、早く来い! バドを逃がすな!」

 お父様の怒号を後ろに聞きながら、急ぎ町へと出ていく。


 追いつかれるまでに時間はまだあるはずだし、きっと大丈夫。

 森に逃げさえすれば、隣の町にもすぐ出られるはずだ。

 領地の大体の位置は、勉強漬けの毎日のおかげでわかっている。


 ポケットには鳥篭の中にあった、宝石付きの止まり木があるし、これを売れば旅の資金としては十分すぎるくらいの額になるだろう。



 息を切らせながら、狭い裏通りを走り回る。

 閉じ込められる前の記憶はあやふやで、あちこちと迷いながら行き、ようやく目的の場所へとたどり着いた。


 裏路地を抜けたところで、目の前には生垣、左右には上下に続く石段が現れる。

 ここは民しか知らない裏道らしく、幼い頃何度も遊んだ場所。

 上に行くと森へ、下に行くと港へと向かう近道になっていたはずだ。


 早く森へ。

 はやる想いを胸に、右方向にある階段にかけた途端、何故か左腕に衝撃を感じた。


「え!? なんだ!!」

 現状を把握する時間なんて、与えてもらえない。

 あまりにも突然過ぎる展開に踏ん張ることもできず、そのまま転がるように生垣の中へと引きずりこまれてしまったのだった。


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