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息子と父と

第一話だったお話の前に、2月27日、プロローグを入れてみました!

「バド……一体、何が目的だ。私を殺し、当主になるつもりか?」

 お父様の問いに、使用人たちは一斉にざわつく。


 だが、お父様はさすが大貴族と呼ばれるだけある。

 ひたいに汗は滲んでいるが、表情一つ変わる気配もなく、声色も堂々としていた。



「いえ、私の願いさえ聞いていただければ、お父様も皆も無事に解放いたします。ですが、聞いていただけないのなら、この引き金を引くのもやむをえません」


「……願い?」

 眉を寄せてくるお父様を見て、負けないようにと深く息を吸う。


「この家から、出させてください」

 またも、使用人たちがざわつきだす。

 お父様は“信じられない”といった顔で、俺のことを見つめてきていた。



「ぼっちゃん、何を馬鹿なことを……! 皆、いいから早く、捕らえるのです!」

 ざわめきに混じって、家庭教師せんせいの声が一際大きく響く。

 ちらと横目で見ると、家庭教師は扉の前に立っていて、杖の先を俺の方へと向けてきていた。


「お父様のこと、撃っていいの?」

 舌打ちをして尋ねると、家庭教師は首を横に振ってきた。


「バドぼっちゃんにそんなこと、できるはずがありません! 貴方様が幼いころより、私は共にいて、貴方のことは一番よくわかっている! こんなの、本気ではな……ッ!」


 家庭教師の言葉に苛立ちが募り、その場で立ちあがりながらロックを一つ外し、引き金を引く。

 誰もが皆、一瞬身体をびくりと震わせていたが、銃声が聞こえずお父様から血が流れなかったことで、安堵の吐息をついていた。



「運がいいね。二重ロックの銃のようでした」

 ふんと鼻で笑う。

 そんなのは最初から知っていたけれど、“撃とうと思えばすぐに撃てるんだぞ”というハッタリをかました。


「ぼっちゃん、どうして……? そんな人ではなかったじゃないですか」


「そんな人じゃない? ならば、家庭教師せんせいに問いますが、私があの鳥を逃がした本当の理由、わかります?」

 嫌味な笑顔を見せて、尋ねる。

 こんなの、俺じゃない俺を見ていた人に、答えられるはずがない。


「本当の理由……勉学に集中したいから、でしょう……?」

 恐る恐る尋ねてくる家庭教師に対し、「いいえ」と首を横に振る。


「お願いですから、もう二度と、わかったふりなんかしないでください。貴方は見たいものしか見てこなかったんだから」

 冷たく言い放つと、家庭教師はショックだったのだろう。

 その場で崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。



――・――・――・――・――・――・――


「バド、なぜこの家を出ようとする」

 次に口を開いたのは、お父様だった。

 その声色は、どこか苦しげなもののようにも思えた。


「これ以上ここにいたら、いずれは感情を失くして、理論でしか物を見られなくなる。自分が自分でなくなってしまう。私はそのことが……怖いんです」


「何を言う。それも、エヴァンズの当主として、必要な資質だろう。時には冷静に理論的に……」


「そういうことじゃないんです!」

 声を荒げて、お父様を睨みつける。


 冷静であったほうがいい。

 理知的であったほうがいい。

 時には冷酷にならなければいけない時だってある。

 そんなのは俺にもわかる。


 だけど、なぜあんなふうに閉じ込められて、感情を失くしそうになるまで追い詰められなければいけない?

 俺自身の言葉を語ることを許されない理由は?

 どんなに必死になって語りかけても、俺の声を聞こうとしてくれなかったのは、どうして?



 腹の底から、怒りや悲しみ、苦しみや嘆きといった様々な想いが渦を巻いていく。

 未だかつてないほどの感情の激流に耐えることなんかできなくて、一気に血が上った。



「あれもダメ、これもダメ、全部ダメ! 反論をすれば、理由も言わないまま閉じ込めてきて、褒める時も叱る時も“エヴァンズの子として”よくやった、だ。貴方が俺自身を見てくれたこと、ありましたか!? 俺の話を最後まで聞こうとしてくれたことは!? お父様は、この身体さえあればいいと思っているんじゃないかと、怖くなるんですよ!」


 諦めたつもりになってこれまで言えずに溜めこんできた想いが、噴火するかのように放出されていく。

 自分でも信じられないほどに感情的で早口で。

 怒涛どとうのように語り続けた。



 お父様はそれを無言のまま聞いていたが、俺が言い終えると、赤く染まった顔で不愉快そうに、こちらを睨みつけてきた。


「お前は、私がお前たちのことを欠片も愛していないとでもいうのか! そのように思われているなど、心外だ!!」


 怒りで赤く染まったお父様の顔とその言葉とに、わずかに視線を落とし、下唇を噛む。

 声に出すのが辛くてしばらく無言のままでいたが、息を深く吸って心を落ち着かせ、言葉を発する。



「いいえ……愛そうとしてくれているのは、薄々感じていました。他の何を犠牲にしても家を守ることで、俺らの身と生活を守ろうとしてくれているのも。だから……」


 ぐ、と口元を結んだあと、誤魔化すように微笑み、再び口を開いた。


「だからこそ、苦しいんじゃないですか……」


 あんなにデカイ声でわめき散らしたくせに、今度は情けなく声が揺れていく。

 こんなところで泣いてはだめだと思う一方で、視界は徐々にぼんやりと滲んできてしまう。


「バド……?」


「憎まれているのなら、憎み返すこともできた。道具だと完全に思ってくれていれば、“いつかわかってくれる”なんて希望も持たなかった。愛情が一つもなかったのなら、とっくのとうにこの心は壊れていた」


 左の瞳から、大粒の涙が一つ零れ落ち、ほおを伝っていく。


 もしも憎むことができたのなら、こんなにも辛い想いはしなくて済んだだろう。

 いまだって、何も考えずにこのまま引き金を引きさえすれば、長く続いた地獄のような束縛から解放されることもわかっている。


 だけど。

 お父様のやり方は大嫌いでも、家族いえのために心を殺しているお父様を憎み、殺すなんてこと、俺にできるはずもないんだよ。



 突然勢いを失った俺に困惑しているのか、お父様はソファに座ったまま、怪訝な顔で俺のことを見上げてきている。


 このままじゃだめだ、ちゃんと言葉にして伝えなきゃ。

 これまでは聞いてくれなかった言葉も、いまならきっと、最後まで聞いてくれるから。


 ぐ、と手に力を込めてお父様の目を真っ直ぐに見つめる。

 いつもなら拒絶されるのが怖くて顔を見られなかったが、いまは不思議とちゃんと見つめることができた。



「お父様には、感謝しています。幼い頃遊びまわったこの領地ローレンスも、思い出深い大切な場所。だからこそ、俺は一度ここから離れたい」

 銃を向け続けながら、決意を語る。

 お父様は視線を下に落としはじめており、表情からも何を考えているか、読みとれなかった。


 反応を見ることは諦めて再び口を開き、いまの正直な気持ちを言葉にのせて紡ぐ。



「閉鎖された環境に心を壊され、感情を失ってしまう前に。エヴァンズやこのローレンス地区を憎んでしまう前に。今日、俺は……ここを出ていきます」

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