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革命の日

 それから俺は、これまでにないほど“理想の息子”を演じ続けた。


 空っぽの鳥篭を見た家庭教師せんせいは、がっくりとうなだれていたが「勉強に集中したいから逃がした」と嘘を伝えると、涙を浮かべながら「やっとわかっていただけましたか」と、喜んでいた。


 ……長年一番近くにいたのに、あの人はこれまで俺の何を見ていたんだろうか。



 決意の日以降、エヴァンズ家独自の帝王学も、すすんで勉強をしている。

 以前からこればっかりはどうにも無理で、なんやかんやと理由をつけて避け続けてきたのに、だ。

 

 やはり肌に合わなくて“おかしい”と思うような解答だっていくつも出てきたし、正直なところ、こんな勉強やりたくはなかった。


 家のために他人を蹴落とし、誰かを犠牲にしていくなんて、俺にはできる気がしない……

 そう思ったりもしたが、その意見を心の奥底へと押しこんで、お父様が望んでいるであろう答えを導き出すことに努めた。



 その成果もあり、これまでの監視が、わずかだが緩くなったように感じる。

 家庭教師は俺の部屋に入ってきたらすぐに鍵をかけていたのに、ここ数日は、自分が部屋の中にいる時には、鍵も開けっぱなし。

 お父様とはこれまで、伝言を通してでしか話せない場合も多かったが、こうやってお父様の執務室に入れてもらうこともできた。



 懐かしい執務室を、きょろきょろと見渡す。

 壁の本棚には書類がぎっしり詰まっており、奥には大きな執務机とゆったりした椅子がある。

 そして、部屋の中心には深紅のビロードが張られたソファが机を挟んで向かい合わせに置いてあった。


 保守的なお父様の部屋らしく、最後に入った三年前から内装は全くと言っていいほどに変わっていない。


 部屋の入口には、武術に秀でた二人の護衛が立っており、お父様の近くにはメイドが一人立っている。

 これなら作戦も成功するかもしれない、と心の中で自分自身を奮い立たせた。



「座りなさい」

 お父様はソファに腰かけながら、向かいのソファを指してきて、俺は「失礼します」と一礼しながらそこに腰かけた。


「先日のお前の活躍で、市民も湧き立っていたようだ。殺人熊を退治してくれて助かると、な」


「ありがとうございます。これでまたエヴァンズの支持者が増えることでしょう」

 笑みを作りながら深々と頭を下げて、思ってもないことを言う。


 だが、お父様はこの返答に満足したようで「お前もよくわかってきたな」と高らかに笑い、メイドに何かを持ってくるように指示を出した。



 その様子を見て、どくんと強く心臓が跳ねた。

 ようやく、この時がやってきたのだ。


 上手くいけば、自分の人生の方向性を大きく変えていくことができる。

 だけど、もし失敗したら……二度とあの部屋から出られないかもしれない。

 じぶんを失い、エヴァンズの操り人形として一生を終えることになるかもしれない。


 そんなのは……絶対に嫌だ!!


 両のこぶしを握り締めて、失敗は許されない、と自身に言い聞かせる。

 偽りの笑顔を顔に貼り付けてはいたが、ひたいと手のひらにはじっとりとした嫌な汗がにじんでいた。



「バド、先日の褒美だ。受け取れ」

 お父様はメイドから大きな箱を受け取り、机の上に載せてきた。


 予想通り、だった。

 お父様は何か褒美を渡す時、毎度自分の執務室に呼び出してきていたのだ。

 優秀な息子を演じ続け、警戒されなければ、必ず俺もここに呼び出される。

 その推測が当たり、心の中で安堵の息を吐いた。



「ありがとうございます」

 平静を装いながら、箱についている鍵を外し、フタに手をかける。


 緊張からか、耳の奥で潮騒に似た騒がしい音がする。

 不安と興奮とで、指先が微かに震えた。



「確かに、クロック社のMK27ですね」

 中に入っている小型の銃を取り出し、銃の薬室近くにある紙を静かに引き抜きながら言う。

 いつも使っている銃よりも短いのに、自分の未来をコイツに預けているからか、心なしか重く感じた。


「そんな無名で小型の銃で良かったのか?」

 お父様はメイドにパイプを頼みながら言ってくる。


「ええ。()()()いいんですよ」

 にたりと笑い、引き金に人差し指をかけていく。

 そして、椅子に腰掛けたまま、銃口を実の親の(ひたい)の方向に向けた。


 メイドが甲高い叫び声を出し、後ずさりをする。

 扉の近くにいた護衛は、人質を取られてしまったこともあり、ぴくりと身体は震わせていたものの、動けずにいた。



「近寄るな! 動けば、撃つ」

 高らかに言い放つ。

 自分でも不思議だったが、先ほどまであんなにも指先が震えていたのに、それもぴたりとおさまっていた。

 人間、追い詰められれば案外強いのかもしれない。



「どうしました!?」

 メイドの叫び声を聞きつけて、アルバートやトニーといった使用人たちも部屋へと入ってきては、俺の方を見てきて「ひっ」と小さな悲鳴を上げていく。



 誰もが顔面を蒼白にさせている中で、向かいのソファに腰掛けているお父様だけは余裕の表情を浮かべていた。


「バドよ。普通、買ったばかりの銃に弾と火薬は入っていない。お遊びはその変にして……」

 お父様がそう話したことで、護衛は一歩前へと出ようとしてくるが、俺は「クロック社の銃は、普通じゃない」と睨みつけながら言い放った。


 困惑するお父様と護衛を警戒しつつ、銃の箱の内側にあった注意書きの紙を手に取る。


「クロック社は出来たばかりの会社で、名が知られていないぶん、狩り場に銃を持参し、売りつけてくることが多いようで」


「だから、どうしたというのだ……?」


「宣伝重視、安全度外視の頭のおかしいあの会社は、すぐに試し打ちをしてもらえるよう、はじめから弾を込めています。そして、薬室そばにある紙を引き抜けば、簡単に火薬が入るようにしてあるのです。つまり……」


 俺の言葉と、注意書きに書かれている弾込め済みという文字に執務室の中はしんと静まり返る。

 あまりにも音がなく、ここには誰もいないのではないかと思わず疑うほどだ。



 皆の視線が一斉に俺へと集まってくる。

 誰も彼もが、理解不能なモンスターを見るような目でこちらを見つめてきていた。


 どうせ、実の親に銃を向ける理由も、エヴァンズといういい家柄に生まれながら、それを台無しにしようとしている俺の行動も理解できないのだろう。


 だけど、それでも。

 誰に理解してもらえなかったとしても、これを止めるわけにはいかないんだ。



 大きく深呼吸をして、そっと口を開く。

「俺が引き金を引いたら、お父様は死にますから」


 淡々とした口調で、紡がれたその言葉。

 氷のように冷たくて、刃のように鋭いその声は、自分ののどから発せられたものだとは、とても思えなかった。

ちょっと設定に無理あるところありますが、こういうトリックしか思い付けませんでした……

よさそうな案があれば、お知らせいただけると嬉しいです。

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