計画、始動
まどろみの中でノックの音が聞こえ、むくりと起き上がる。
大きな決意をしてから迎えた最初の朝は、いつもと違っていた。
気分的な問題ではなく、本当にこれまでとは少し異なっていたのだ。
というのも、いつもは使用人の男が勝手に入ってきて、窓のカーテンを開けられ、眩い朝日と共に叩き起こされるのに、今日はなぜか、こうやって扉を叩く音がしている。
「誰?」
疑問に思って眠い目をこすりながら問いかけると、扉の向こうからは「アルバートです」というゆったりとした声がした。
あの優しげな、老齢の使用人だ。
「いつものトニーはどうした?」
「恐れながら、トニーは昨晩より熱を出して床に伏せっておりまして。今朝は私めが参りました」
なるほど、と頷いて、アルバートを部屋に通した。
「いつもは勝手に入ってくるのに、今日はどうしたのかと思ったよ」
ベッドのふちまで移動して腰かけ、大きく伸びをしながら言う。
すると、アルバートは笑顔を崩さないままではあるが、どこか苦々しい表情をしていた。
「トニーは、ぼっちゃんが幼い頃より身の回りのお世話をさせていただいてますので、まだまだ子ども扱いが過ぎるのでしょう。今度きつく言っておきます」
「ん? 言うって何を?」
「ぼっちゃんはまだ年齢的には子どもかもしれませんが、心は半分以上大人になってらっしゃるんですよ、と」
アルバートは、心底トニーに呆れている様子だったが、彼のその言葉を、何だか嬉しく思った。
お父様もアルバートのように俺のことを考えていてくれたら、どんなによかっただろう。
そんなことを思っていると、アルバートが部屋の端に視線を送っているのが目に入った。
目線の先にあるのは、金でできた空っぽの鳥かごだ。
もしかしたら“何日間も苦労して捕まえてきたのに、どうしてあの鳥がいないのか”とか“また捕まえなければ”とか、思っているのかもしれない。
「ああ、ごめん。せっかく皆が捕まえてくれたのに。昨日、逃げてしまったんだよ」
苦笑いをして言うと、アルバートは朝の紅茶を淹れながら、ふふ、と微笑みかけてきた。
「本当は、わざと逃がされたんじゃないですか?」
俺の前にそっとティーカップを置きながらどこか楽しげに話しかけてくるアルバートに、ぎょっとする。
「……どこかで見てた?」
部屋には他に誰もいないのに、いけないことをしてしまった気がして、声をひそめて尋ねる。
すると、彼は「いいえ。ですが、内緒にしておきますのでご安心を」と、くすくす笑い、再び口を開いた。
「あの鳥は、部屋の中で見るよりも太陽の下で見たほうが美しいですからね。お気持ちはよくわかりますよ」
どうぞ、と促されて、目の前の紅茶を口にする。
茶葉や淹れ方の違いなんてさっぱりわからないけれど、今日の紅茶は優しい甘みがすると、不思議とそう思った。
――・――・――・――・――・――
「もうすぐ家庭教師が来られますので、私はこれで失礼いたします」
ティーカップを片づけながらアルバートは言う。
「なぁ……アルバート。すまないが、一つ頼みがあるんだ」
彼から少しばかり勇気をもらい、今後の計画のために、と、意を決して話しかける。
「なんでございましょうか?」
「お父様への伝言を頼みたい。昨日の褒美は、クロック社のMK27という銃がいいと言っていた、と」
アルバートは、深々と礼をして「承知致しました、クロック社MK27ですね」と復唱をしてくる。
「ふふ、バドぼっちゃんは銃に目がありませんからね」
「そうだね……どうしてもこの銃がいいんだ」
優しく微笑みかけてくるアルバートの目を見て微笑み返すことは、できなかった。
俺がこれからやろうとしていることは、褒められたことじゃない。
小さいことなのかもしれないけれど、この家にとっては大きな大きな革命になるのだから。