プロローグ:甲板にて
「ねえ、バド。ローレンスの出身ってホントですか?」
銃の整備中に突然話しかけられ、ピクリと体を震わせる。
聞き馴染みのある地名が耳に飛び込んできたことに驚き、思わずそのまま顔をあげてしまった。
目の前にいたのは、オレンジ色の長い髪を後ろでくくっている優男、カルロだ。
いつもにこにこと笑みを絶やさないでいるうさんくさいコイツは、俺が盗賊団に来る四カ月ほど前に入団してきたらしい。
ちなみに今いるここは、ゆらゆら揺れる船の上。
“盗賊団”なのに、拠点は海の上だったりするし、略奪も基本的には禁止されている。
どうやら、団長が“奪われた自由を奪還する”のを目的で作った組織だから、っていうのがその理由らしい。
「あの……バド、聞いてます?」
ぼんやりとしている俺に向かって、カルロは眉をひそめてくる。
なんとなくだが、態度がどこか刺々しくて、俺に対してあまり良い印象は抱いてなさそうな様子だ。
「出身は確かにローレンスですが、何故で……じゃなかった。そうっスけど、何で?」
危ない危ない、と整備中の銃を置き、慌てて口調を修正した。
貴族出身の俺は、貴族嫌いな直属の上司から馬鹿丁寧な話し方を禁止されていて、軽い言葉づかいを叩き込まれていたりするのだ。
カルロは、やはりそうだったか、と考え込むような仕草を見せてきて、そっと口を開いていく。
「ローレンスと言えば、肥沃で広大、治安も安定した土地。そこの領主は大貴族と言われるエヴァンズ家だったと思うのですが……確か、バドの姓もエヴァンズ、でしたよね?」
その問いに返答をしようとしないまま、カルロの目をじっと見やる。
柔らかく細められた、とろんとしたオレンジ色の瞳の奥に、鋭く光るものが見えた気がした。
突然話しかけてくるなんてどうしたのか、と思ったけれど、カルロの態度に考えが読めてしまい、“そりゃそうだ”と笑いながら返答する。
「疑うのもわかるけど、俺はスパイじゃないっスよ。自分から望んで盗賊団に来たんだから」
「自分から……来た?」
眉を寄せてきたカルロは“わけがわからない”といったような顔をしている。
「カルロが思うように、大貴族の地位を捨てて盗賊団に来るなんて、普通じゃ考えられないかもしれないけど……ウチの家族はだいぶ普通じゃなかったからね」
銃の整備を再開しながら淡々と返す。
すると、カルロは小さくため息をついたあと、隣に腰を下ろしてきて、顔も見てこないまま口を開いた。
「その話、もしよければ聞かせてもらえませんか?」
「……それは、ただの興味から? それとも、スパイじゃないことを判断するため?」
隣の横顔を見て、にやりと笑い、嫌味に言う。
こちらを見てきたカルロも同じような顔を浮かべていた。
「興味も判断も、両方です。仲間のことを知りたがって、何が悪いんですか?」
「ま、そりゃそーっすね。悔しいけど正論っス」
ははは、と声に出して笑い、空を見上げる。
メインマストのそばには、虹色の羽を持つ海鳥が群れを作って飛んでいて、思い出深い鳥の姿に、目を細める。
未だにあの日々を思い返すと心が苦しくなるけれど、どうやったって過去は消せない。
ああすりゃよかったと、そんなふうに悔いていたって仕方ない。
大切なのは、きっと……ここからどう生きていくか、ってことなんだ。
隣にいるカルロに、にかっと微笑みかけて言い放つ。
「そんなに気になるなら、いいっスよ。大貴族の息子、バド・エヴァンズの逃走物語。飽きるまで聞かせてやるよ」