月が満ちるまで。 2
ハヅミは恐ろしい人間だ。
「驚かないんだね。」
「驚いて欲しかったの?」
「少しはね」
とても「三日後には死ぬ」ような奴の態度ではない。もっと焦らないのか。もっと興奮しないのか。それは僕にも言えることだけれど。
このまま「嘘だった」と言われても、怒ることなく受け入れられる。寧ろ本当なことに腹が立つ。もっと早く言ってほしかった。もっと早く言うべきだった。三日なんて瞬きをすれば過ぎてしまう。
考えていると何だが涙が出てきそうになった。何だ、さっきまでなんともなかったのに。
ナナはわがままだ。
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次の日の彼は平然としていた。昨日の言葉が嘘であるような顔をしていた。昨日の嘘など忘れているというような顔をしていた。
「おはようナナ。あれ、顔色悪いな。隈あるし。どうした?」
この睡眠不足の賜物は誰のせいだと思っているのか。
昨日はハヅミのことを考えていた。あと三日をどう過ごすかとか、ハヅミが好きなものが何だったかとか、ずっと考えていた。
何一つ進んでいないけれど。
「本の読みすぎで寝れてなくて。」
「はは、ナナらしいや。」
ナナらしい。彼は僕と同じで、僕のことを何も知らない。
ちょっとした僕との会話を終わらせて、五、六人の友人とどうでもいいような会話を再開する。それでいいの?ハヅミ。それで君は…。
僕は席に座って、栞を挟んだページを開けた。あの時鳴いていた蝉は僕になんと言っていたんだろう。
今日は授業中、ずっとイライラしていた。国語の先生のどうでもいい逸れた話に、数学の先生の下手で長ったらしい解説に。
ハヅミに残されている時間は少ないのに。
ちら、とハヅミに目をやった。なんともないようにうたた寝ていた。
きっと彼は僕以外にもこの事を言っている。話された時、「秘密」と言われなかったから。
みんな普段と変わらなかった。心配してたのは僕だけか。
先生の、「期末テストまでに公式を覚えてください。」という若い声が聞こえた。
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「ねえ、したいこととか、欲しいものとか、何かないの?ハヅミ」
おおよその返答を予想しながら問いかけた。多分彼は「特にない」と言う。
いくら考えても彼のしたいことがわからない。サプライズのつもりもなかったので、聞くことに抵抗はなかった。
今わがままを聞いている僕が、一番わがままな気がした。
「別にないよ、ナナがいればいい。」
目も見て話さないくせによく淡々とそんなことが言えるものだ、こいつは。
僕はいつからハヅミを好きになったのか。中学校二年生くらいなような、そんな気がする。一年前の話なのに。曖昧な記憶だ。
きっかけは本当に単純で、でも不思議で、それこそファーストキスを奪われたなんて、まるで少女漫画みたいな話だ。
なぜそんなことをしたのか、ハヅミにはまだ聞けてない。聞くのが怖い。「理由なんてない」と言われたら、僕はどんな顔をすればいいかわからない。
どうでもいいような僕の人生に、星屑を降らせたハヅミ。僕はハヅミがいればいい。
ハヅミと別れる分かれ道で、夕焼けを背にハヅミが手を振る。僕も手を振り返す。同じ光景は、もう二度と見ることができなくなるのか。
夜が来るのが早かった。