月が満ちるまで。1
彼は帰り道、凛と咲く野花に向けて、「君はナナみたいだね」と罵った。
ナナは僕。乃桐菜々。女の子みたいな名前。だから僕はナナ。
これは憶測だけれど、彼はナナが嫌い。
「ナナは、部活はどうするの?」
満月が出る少し前の日、彼が僕に問い投げた言葉。きっと興味はない、場繋ぎの疑問だろうと覚悟した上で、「まだ決めてないよ。」とわざと彼の言葉を手から落とした。
本当は決まっている。弓道部。賑やかなことが好きな彼なら、絶対に入らない部活。
彼はハヅミ。広永羽摘。広くて永い羽を摘む。だからハヅミ。
確信はできないけれど、僕はハヅミが好き。
「へぇ。そうなんだ。」と返事をして窓の外を見るハヅミは、僕に完全に興味をなくしていた。
僕がいま読んでいる本は、僕が入りたい部活よりも、いくらか興味がないらしい。
「そういえば、もうすぐ満月だね。」
なんて。どうでもいいか。と心の中で付け加えて、彼の返事を待った。彼は返事をしなかった。
/
午後七時前、ハヅミから電話がかかってきた。どうしても話したいことがあるから、九時以降会えないか、という内容だった。
僕は承諾した。親が夜勤で遅いことに加え、僕がハヅミを好きだったからだ。
カップラーメンにお湯を注いだ後の三分間が、異様に永く感じられた。きっと二時間後、ハヅミに会うからだ。
一言目なんて言えばいいのか。ずっと考えていたら、いつの間にかカップラーメンを食べ終わっていた。
待ち合わせ場所は僕の家の近くの公園。ブランコが二人分と、小さな滑り台がひとつ。不気味で大きな木や仄暗い電灯などに囲まれている。入口は大きな道路と繋がっているので、たまに車のライトが光る時があるが、それ以外は人の気配もしない。
廃れてるように見えるけれど、休日の昼はよく子供が遊んでいる。数年前までは、僕も同じように遊んでいた。昔は高くこがれていたブランコも、今の僕からは揺れる椅子のような扱いになっている。
ハヅミもそうだ。ハヅミは小さい頃からこのあたりで一番運動神経が良く、ブランコだって皆より高くこげるし、滑り台の一番上から飛び降りることだって出来ていた。確かそうだったはずだ。
彼とは幼馴染みだけれど、彼のことで知っているのは、人気者で、僕とも一緒に帰ってくれる優しい人ということ。僕のことで教えたのは、友達が少なくて、読書が好きなこと。それだけだった。
九時と言ったのは向こうなのに、6分過ぎた今でも、ハヅミはまだここにいない。時折吹く風で、木がざわざわと揺れる。昔からこの音は、気味が悪くて嫌いだった。
「あ、ナナ。ごめんごめん、こんな時間に呼んで。」
ハヅミは悪びれる素振りもなく、急ぐ素振りもなく歩いて来る。遅刻した事は謝らないのか。
「いいよ、別に。暇だったから。」と軽く返し、なんとなく本題に入らせようとした。
「いやあ、空綺麗だな。」
明らかにはぐらかされた。ハヅミは昔から、こんな風に空に感動するような男ではない。その言葉に少しばかり違和感を覚えつつも、「そうだね。綺麗だね。」と上を向くと、流れ星が流れた気がした。
「あ、みて。流れ星だ。お願い事しなきゃ」
「…ナナ、話したいことがあるって言ってただろ。話してもいいか?」
ハヅミは誰とでも、もちろん僕とでも、話をするのが得意だった。だからきっと今は、緊張しているんだと思った。
「いいよ。それを聞くために来たんだから、よくないわけないでしょ?」
「そうか、…そうだよな。じゃあ、話す。俺な、ナナ。次の満月の日、死ぬことになってるんだ。」
僕の頭は以外にも冷静に、次の満月の日はいつか、考えていた。
ああ、そうだった。3日後だった。