第四話 深紅の皇女と渦巻く陰謀の影
久しぶりの投稿です。今回はちょっとした設定説明を兼ねてます。
教会を後にした俺だが、ここにきて再び失敗が発覚する。しまった、リアとの合流地点を決めておくべきだった。こんな単純なミスをしてしまうとは、どうも頭の回転が足りてない気がするな。
「仕方ないな。とりあえず、人々に話を聞いてみるか」
RPGの基本は住人からの情報収集だ。周囲の人間に聞き込みを実施する。
「……という訳なんです」
「うーん、女の子か……。悪いけど、今日は見てないね」
「そうっすか。すんません、貴重なお時間を無駄にして……」
「いいよいいよ、人探し頑張ってね」
何人かに聞いてみたが、有力な情報は見つからない。全く難儀なものである。
「はぁ……」
いつもこうだ。俺自身は純粋な好意でやった事が、結局は裏目に出てしまう。そもそも不良になった理由だって、昔っからのダチが虐められているのが許せなかったからだ。それまでは体を動かすのが好きじゃなかったし、力づくで解決する行為を野蛮な発想だと一方的に決めつけていた。だが、ある時気付いたんだ。誰かが憎まれ役を買って出なきゃ、世界ってのは弱者を虐げる舞台装置にしかならないってな。
「力による搾取を防ぐためには、最終的には力で対抗するしかない」
分かっているさ、こんなやり方が必ずしも正しいという訳ではない事は。でも、他の方法では何も解決しない、誰も救ってくれないかもしれない。そんな時、俺が最後の手段として弱者の為に戦う。それは、この果てしなくつまらない現実では一方的に非難を浴びる手法であっても。
「後味悪いのは御免だしな」
その意志は、あの時から一度も変わってない。
「しかし、どうしたものかね」
こんなしょうもないモノローグで文章上の尺を稼いだところで、実際は何の解決にもなってないのだ。もしかしたら、教会の方に戻ってきているかもしれないな。そう思って、来た道を引き返そうとしたその時。
どんっ。
建物の陰から誰かが飛び出し、俺とぶつかった。
「うおっ!?」不意の衝撃に思わず吹っ飛んだ。おのれ、左右確認を怠るとはどういう了見だ。
「す、すまない。私の不注意だった」衝突事故の犯人が謝罪してきた。身長は170弱くらい、服装は動きやすそうなトップスに膝上丈のズボン、その腰には金の装飾が施された赤い鞘の長剣が装備されていた。更に全身を包むような大きさの外套を羽織り、そのフードで目元が隠れていて素顔は分からない。声から女と推察されるが、そんな事はどうでもいい情報か。
「まぁ、いいけど。ちゃんと気を付けてくれよな……っと」
「ま、待て!そこのお前、怪我をしてないか」
「あぁ?怪我なんて……してるな」
そいつの言う通り、右手に擦り傷があるのに気が付いた。さっき転んだ時に擦りむいたって所か。
「別に気にすんなよ、こんなもんツバつけときゃ治るって」
「ならん!例え僅かな傷でも、私が負わせてしまったという責任がある。何らかのお詫びをさせてくれないか」
うわ、めんどくせぇ。しかし、断る理由もないのは確かだ。もしかしたら、この世界で生きていくためのヒントを得られるかもしれないしな。
「分かったよ、じゃあ少しだけ時間をくれ。あぁ、ここじゃなんだし別の場所に行こうや」
「うむ、いいだろう」
こうして、変に律儀な奴がついてくることになった。
「まさか三度もここに来るとはな……」
無宗教の俺がこんなに教会のお世話になるとは思わなんだ。
「ほう、教会か。神前にて話したいことがあるのか?」
「ま、頼るのは神より人間だけどな」
それに俺をこんな雑魚キャラに変えるような事態を黙認した神など要らん。今すぐにでもチェーンソーでバラバラ殺神事件を引き起こしてやりたいぐらいだ。
「しかし、あいつらがいねぇな」
「あいつらとは?」
「いや、こっちの話」
そう、先ほど叩きのめしてやった男達がいない。他の誰かが回収したのか?
「………………」
詮索しても仕方ないな。第一、自分を殴った奴の事は覚えていても自分が殴った奴の事は覚えない主義なもんでな。またちょっかいかけんならもう一回叩き潰すだけだ。それよりも、さっさと教会へ入ろう。
「失礼しまーす……えぇ!?」中に入るなり、いきなり驚愕の光景が飛び込んできた。それは……。
「あ、やっと会えましたね!」リアだった。いや、それよりも!
「お前な……そいつらどうしたんだよ」リアの目の前にいるのは、なんと俺が倒した……えーと、名前が……何だったっけ、その……あ、思い……出した!
「ジャクソン兄弟だ!」あれ、違ったかな?
『ジョンソン兄弟だッ!!』ハモりで返された!やっぱ違ったか。
そう、このジョンソン兄弟-つまり、さっき倒したチンピラコンビ-が何故ここにいるという話である。
「何故って?そんなの決まってるじゃないですか!倒れてる人を見かけたら、誰であっても助けるのが普通です。それが、悪い人であっても」とは、リアの談。まぁ、そういうことにしといてやるか。俺としても変にこいつらを刺激して再戦となったら辛いだろうし。それに、
「ああ、こんなオレらを許してくれるなんて!やはり貴女様は天使だ!」
「そうだ!もう盗賊団なんてやめてやる!これからは、真っ当に生きていきます!」
なんかこいつらもキャラクターが変な方向になってやがるし。まるで頭に強い衝撃を受けたみたいだ。
「おい、話は済んだか」後ろから、フード姿の女が声をかけてきた。
「おっと、すまん。じゃあリアと、ついでにそこの二人も一緒に参加してくれや」
「おいおい、テメェの言う事なんか聞くかよ!」
「そうだそうだ!」
「はぁ……リア、静かにするよう言っといてくれ」
「?分かりました……二人ともすみません、少しの間だけハザクラさんの話を聞いて下さい」
『はい、喜んで!』
おぉ、また見事にハモった。
「……よし、それじゃまずはそれぞれの自己紹介からだ。俺は叶山葉桜。次は……リア」
「はい!リア・アークライトと申します」
「じゃあ次はオレだな。ジミー・ジョンソンだ、よろしく」
「オレはリカード・ジョンソンだ!宜しく頼むぜ。じゃ、最後はフードのお前だ」
ふーん。黒髪の方がジミーで、茶髪がリカードか。間違えないようにしなくちゃな。
ここまで順調に進んでいたのだが、最後の一人がなかなか切り出してくれない。偶に「どうするか……」とか、「不用意に名乗る訳には……」とか言ってる。しょうがない、ちょっと聞いてみるか。
「……なぁ。もしかしてお前、なんか名前を言えない事情があんのか?」
「!」
「それに、ずっとフードを被ったまんまじゃんか。ってことは、自分の正体を知られたくないとか?」
「そ、それは……」
「頼む、少なくとも俺はお前が何者であろうと気にしないからさ。皆もそうだろ?」
他の三人を見渡すと、それぞれ俺に同意しているようだった。そうさ、どうせそこまで大層な身分の奴じゃないだろう。
「……分かった。フードを取ろう」
女は外套を脱ぎ捨て、その素顔を晒した。途端、三人の顔が驚愕の表情を見せていることに気が付いた。
皆こいつの一体何に驚いているんだ?
確かに、美しい少女だとは思った。それは極めて綺麗な顔立ちや長く鮮やかな赤き髪だけでなく、その凛とした立ち姿もそうだし、スレンダー体系の癖に抜群のスタイルを誇る肢体もそうだろう。しかし、それだけでここまで驚くほどなのか?
「……ベルグ帝国第三皇女、アルカ=ディ・ティエールだ」
へぇ、どっかの国の皇女ねぇ……え?
「マジかよおおおおおおおお!?」
ここに来て、俺も彼女の特異性を理解するに至った訳だが、それにしても唐突過ぎる!
「し、静かにしろ!見つかるだろ!」謎の少女-じゃなかった、アルカに口をふさがれつつ、こう思う。
もしかしたら、俺はとんでもない事態に巻き込まれているかもしれない。
アルカ以外の全員がしばし口ポカン状態という絵的変化のない状況が続いたのち、何とか真っ先に情報処理が出来た俺が質問する。
「え、ええとだな。良く知らんが、皇女ってことは結構な地位なんだろ。それが何で、こんな格好してるんだ?」
「うむ……それはだな。一言でいえば、亡命だ」
「亡命?」
確かに亡命しているのであれば、正体を知られることは避けるべきだろう。しかし、そもそも何故亡命しなきゃならないんだ?
「それは私が説明します」そう言ったのはリアだった。
「お前、事情を知ってるのか」
「まぁ、昔の話ですけどね」と前置きし、詳細を話してくれた。それは以下のとおりである。
ベルグ帝国は中央大陸に位置する世界三大国家の一つであり、極めて高い軍事力を背景に広大な領土を支配する大国であった。12年前、その首都・ベルグラムで大規模な暴動が勃発した。大幅な増税を原因とした国民の反乱とそれに呼応した周辺の有力豪族たちの一斉蜂起によって、帝国領内は大いに混乱したとされている。その状況下で突如として現れたのが、異界から来たと言われる一人の少年である。彼は大陸辺境の小国・コザを率い、摩訶不思議な力をもってその国力を拡大させていった。彼らの脅威を察知した他の勢力は一時的に団結しこれに対抗するも、結果として全く歯が立たなかった。最終的に少年とその仲間たちは帝国全土における戦乱を終結させ、人々は彼らを『救国の英雄』と呼んだ……。
「……ここまでが、所謂通説です。この辺は、盗賊のお二人も聞いたことはあるでしょう」
話を振られたジョンソン兄弟も、無言でうなずいた。少なくともこの二人が知っているって事は、それなりに広く知られた話なんだろうな。
「って、待てよ。通説って事は、この話には裏があるって事か?」
「その通りです。先ほどまでの話は、事実と虚構を丁寧に織り交ぜたもの。本来の歴史とは大きく異なります」
つまりは、そいつらにとって都合のいい話って訳だな。もしや、その隠された部分とアルカが亡命した理由とが密接に関わっているのかもしれないな。
「では、真相を話しますね。結論から言って、この話はある人物が作り上げた偽りの歴史に過ぎません。事実と一致する所は冒頭のベルグ帝国に関する説明のみです」
偉く大掛かりな改竄だな。
「はい、本来ならすぐに発覚してしまうものでした。しかし、その人物は生まれ持った『スキル』を利用し、殆どの人間にそれを信じ込ませることが出来たんです」
また『スキル』か。そいつの持ってるのは、相当強力に違いないみたいだな。
「そのスキルの詳細は分かりませんが、国土全体に効力を発揮させるという事は恐らくそうなんでしょう。とにもかくにも、その人物が精神操作、或いはそれに近い行為を行った可能性は十分にあります」
可能性ねぇ。少なくとも現段階では、それが事実かどうかをはっきりさせるには情報が少なすぎるな。
「で、お前は何でそんな事を知ってるんだ?」代わりに、一つ質問をしてみる。マニュアルに掲載されていた世界地図を見るに、ベルグ帝国はここから遠く離れた場所に存在するようだが、一シスターに過ぎないはずのリアがどうしてこんな話を知っているのだろうか。
俺の質問に、リアは複雑な表情をしながら答えた。
「……仲間だったんです」
「仲間?」
「はい。12年前、私は彼らの仲間でした。そして、最終的に帝国を征服したのは私達『コザ解放軍』です」
それは、どこか深い後悔を含んだような、真剣な面持ちだった。
「う、嘘だ!リア様がそんな行為に加担するはずはない!」ジミーが声をあげ、必死に否定しようとする。
「ごめんなさい……」だが、リアの表情はやはり暗いままだった。
「あー……無理に話さなくていいよ。俺が悪かった」こうも落ち込まれるとやはりおさまりが悪い。リアとは出会ってまだ一日も経ってないが、年頃の女の子が悲しそうな顔をしているのは俺としても見ていて辛いものだ。
「それよりも、だ。アルカとか言ったっけ?お前もなんか喋ってくれよ」
「……あ、あぁ。すまない。では私からも少し話そう」ん?こいつ、リアを一瞬睨み付けていたように見えたぞ。まぁ、恐らく自分が亡命する原因となった集団の一員と判明した以上、あまり良い感情を持っていないとは思うが。
「そこのシスターが話した事柄は、概ね正しいと言えるだろう。私は、彼女が所属していた組織に追われて国外へと逃亡したのだ」
「でも、お前はリアとは初対面のはずだよな?何故そう断言できるんだ?」
「別に初対面ではない。城に居た頃、一度だけ彼女の姿を見たことがある」
その話を信じるとすれば、両者はある意味で因縁の関係と言えるだろう。直ぐに気付かなかったのも、互いに幼い頃の出来事だったと考えれば無理もない。
「その辺の事情は後でいい。今一番重要なのは、実際に何が起きたかだ」
「そうだな……一言でいえば、私はあの時、奴らの襲撃を受けた。父上は私達を逃すために自ら足止めをし、そして殺された」
そう話すアルカの顔には、やり場のない怒りと後悔が込められているように感じた。
「長年による逃亡は、私達の心身に多大な負担を強いた。度重なる追っ手を撃退するたび、臣下や兵士は次々と力尽き、二度と本国へ帰ることも叶わず倒れていったのだ。そうして数年がたったある日、ついに私は独りとなった。兄弟姉妹は散り散りになりその生死も知れず、優れた力を持っていた近衛兵達も敵の攻撃により全滅した。かろうじて生き延びた私が見たのは、地獄絵図だった」
地獄絵図とは、また恐ろしい例えだ。
「……すまないが、ここから先はちょっとな。とにかく、その時点で私に残された道は二つだった。一つは敵側に下り、辱めを受けるか。それとも自らの身分を完全に捨て、他者の奴隷となるか」
肝心の部分を説明してはくれなかったが、今一番知っておきたい情報はそこではないだろうと思い詮索するのはやめた。それにしても、かなり極端な二択だな。
「だが、私はそのどちらも受け入れがたかった。それは己のためではなく、父上のためであった。あの時の私には何の力も無かった。見殺しにするしかなかった。しかし、今の自分には権力はなくとも自由はある。その自由を誰にも渡したくなかったのだ。……身勝手な話だろう?圧政をしき、国民の自由を奪っていた国家の皇族がいざ追われる立場になって自身の自由を主張するなんて。それでも、私は気付いたんだ。自らの意志で人生を歩いていける事が、どんな財産や名声よりも大切である事にな」
「………………」
「だからこそ、私は一人の人間として強くならなければならないと思った。もう昔のような生活は出来ないのかもしれない。だが、せめてもの罪滅ぼしとして他者の為に戦う力が欲しかった。それは皇族や平民といった身分にとらわれず、自らの命を人々の為に生かすための力だ。例えば、今の私はこうやって流れの剣士をやっているが、これは自己流だ。城で過ごしていた頃は剣など兵士が振るうものとして見ていたが、いざ自分がやってみるとなると、かなり苦労させられたものだ」
そんな彼女の話を聞いて、何処か他人事のように思えない自分が居た。それもそうだ、こいつは俺と同じ考えを持つに至ったんだ。生まれこそ片や中産階級の一人息子、片や世界有数の巨大国家のお嬢様だが、行きついた先は案外そっくりだったという変な事例である。故に、同じ道を走る者として何らかの形で手助けしてやりたいと思った。
「大体の事は分かったよ、少なくとも俺にとってはお前は敵じゃなさそうだ」
「……そ、そうか。申し訳ない、今日出会ったばかりというのにこんな話をしてしまって……」
そう、俺としてはアルカを信じてやりたい。初対面の連中相手にこれほど深い事情を話してしまうような人間だからこそ、その決意は固いように思える。だが、他の三人はどうなんだろうか。特にリアは過去の一件においてどこか負い目を感じてしまっているようだし、精神的わだかまりはなかなか解けそうにないみたいだな。
「三人とも、どうする?俺は皇女さんを信じる事にしたけど、皆はどうだ?」
「何も賛同してもらいたい訳ではない。もし私を信じられないなら、手配書でもばらまくか直接密告しても構わない」
最悪の場合、アルカは再び独りで逃げ続けなければならない可能性がある。もし三人の意見が彼女を支持する方向で一致するなら、少しでもその負担を軽減できるかもしれない。
「オレとしては、あまり面倒事には巻き込まれたくないな……」
「同じく。もし『解放軍』ってのが敵に回ったら、こんな少人数じゃ太刀打ちできないぜ」
ぐっ、やはり厳しいか。しかし、彼らジョンソン兄弟には盗賊団とやらのメンバーという別の立場が存在する。ならば、無理に巻き込むことは無いだろう。
「リア、お前はどうだ?そう簡単に割り切れる事じゃないかもしれねぇけど、あくまで自分の意志でいいからな」
「……私は……」
強制するつもりは無い。彼女に反対されたら、その時はその時で考えるさ。だが、もしも好ましい回答が得られたなら、いずれ両者の関係も少しずつ改善されていくはずだ。
しかして、その回答は。
「……やっぱり、今すぐに答えを出す事は出来ません。ごめんなさい」
それは、リア自身が考えて出した答え。だから俺は彼女を責めたりはしなかった。
「そっか、それは残念だな。仕方ない、別の方策をとらなきゃな」
「いや、その気持ちだけで十分だ。ハザクラ、お前に負担を掛ける訳には……」
「袖振り合うも他生の縁って言うだろ?こうやって知り合った以上、何らかの形で手助け出来ねぇかと思ってな」
しかし、どうしたものか。俺はこの世界に転生してきたばっかりで、しかも戦闘力も悲惨の一言に尽きる。こんな俺に何ができる?資金提供、各方面へのコネクション、その他の便宜……違う、もっと直接的に関与できる……。そうだ、いっそこれならどうだ?
「アルカ、お前に相談がある」
「なんだ?言ってみろ」
「……俺を弟子にしてくれ」
「……へ?」
途端、周囲に変な空気が流れた。い、一応真面目に考えたんだけどなぁ。
「今の俺じゃどの道ここから出たらすぐ死んでしまうし、俺には帰りたい場所がある」
「か、帰りたい場所?」予想外の要求に呆気に取られたのか、アルカがややぎこちない表情で聞いてきた。
「あぁ、何というか……見知らぬ誰かにこの町に飛ばされてな」この辺は俺の正体を下手にばらさないよう心がける。異なる世界からやって来た人間に対してあまり良い感情を持ってない奴がこの教会内に二人もいる上に、その内一人は今まさに頼みごとをしている相手である。詳細な素性は明かさない方が吉であろう。
「飛ばされた……転送系スキルの所有者か?」案の定、アルカはさほど俺を不審に思う事は無かった。こちらとしては転送系スキルなんてものが存在する事自体知らないので、そこは「まぁ多分そんなとこだろうな」と答えるしかない。
「し、しかしだな。私には人を教える資格など……」
「何も剣技を教えてもらいたい訳じゃない。『スキル』って奴について詳しく聞きたい。どうも貰ったマニュアルだけじゃ今一つ理解が及ばなくてな」
実際に目を通したが、『スキル』の記述については必要最低限の内容しか書かれていなかった。具体的に言うと、概説と代表例として挙げられたもの-例えば『剣術』『槍術』『白魔法』といった戦闘的なものや『料理』『洗濯』『工作』といった日常生活での実用性に長けたものだ-しか記述が無かった。
「例えば、ジミーの『加速』みたいな比較的汎用性の高いスキルですらどうやって覚えるのかさっぱり分からないし、それに肝心のマイナススキルについての記述が一切ない。俺にとってはしばらく苦しめられそうだというのに」
「マイナススキルか……いったいなぜ、そんなものを知りたいと思っているんだ?」
「……気がついたらこんなんなってた、それだけだ」
そう言って、俺はカバンから一枚の紙を取り出す。先ほど教会を出る前にリアから貰った、俺の『ステータス』を可視化したものだ。どうせなら他の奴にも見せてやろうと輪の真ん中に置いてみる。
「な……何だこれは?『浅慮』『短気』『超不運』……どれもこれも極めて評価の低いものばかりではないか!お前、いったいどうやってここまで……」アルカの驚きもごもっともだ。何せこんな扱いを受けた俺ですら理由が分からないんだからな!
「そういうリアクションなら、ある程度は効果を知ってんだな。ちょっと教えて欲しい」
「分かった。……まず、『短気』についてはその名の通りだ。ちょっとした行為で怒りやすくなる。次に『虚弱体質』、これが特に致命的だな。効果はあらゆる状態異常に対する耐性が大幅に低下、更に基本能力にマイナス補正がかかる」
アルカの口ぶりから察するに、どうやら相当ヤバい代物のようだ。まだ九分の二というのに、俺のテンションは急降下していった。
その後の解説も本当に酷かった。『超不運』はあらゆる幸運判定にマイナス補正がかかる。つまり、攻撃時のクリティカル発生率や敵モンスターからのドロップ率が大幅に低下するということだ。『乱雑』は細かな作業が出来なくなる。例を挙げれば、この効果を相殺できるスキル無しでは料理や工作が必ず失敗する。
『要領悪い』はレベルアップが極端に遅くなる。『浅慮』は文字通り、物事を深く考えられなくなる。『悪辣』は思考そのものが悪い方向に働く。例えば金が足りないと思ったら他人から金品を盗むことを真っ先に思いついたり、他人から犯罪に加担するよう要求された場合に断りにくくなる効果をもつ。そして『対人関係×』は……言わなくても何となく分かるよね?
ここまで本当に『使えない』スキルしか持っていない事が分かり、俺は最早落胆しきりだ。だが、最後に残った『破天荒』だけはどうも他のスキルとは事情が違うようだ。アルカ曰く、
「このスキルだけは私も知らない。少なくとも、手持ちの辞典にはその記載がないんだ」
との事。ならばリアはどうだろうか。最初に俺のステータスを見たのは彼女だし、もしかしたら何か知ってるかもしれない。
「すみません、私も『破天荒』についてはあまり情報が無くて。いくつか効果があることと、そのうちの一つが攻撃力アップということは知ってるんですが」
「攻撃力アップ?って事は、マイナススキルじゃないかも知れないな」
ここに来て唯一の希望が出て来た。もし上昇値が大きければ、残しておいてもいいか。
「攻撃力が上昇するって言ったな。どれくらいだ」
「えーと、殆どデータが存在しないですけど、それほど大きな上昇は見込めないと思います。少なくともこちらの筋力や武器攻撃力が低いうちは大して効果が出ないはずです」
マニュアルによると、物理攻撃における最終攻撃力の計算式は(筋力+武器攻撃力×武器スキル補正)×各種攻撃力アップ補正である。つまり例え高倍率の攻撃力アップ補正であろうと、元の攻撃力が低ければさしたる効果を得る事は出来ないという訳か。かといってレベル上げをしようにも、『虚弱体質』と『要領悪い』が足を引っ張る。うーん、どうにも宝の持ち腐れ感が凄まじいな。だが逆に言えば、こいつを消すのは後回しでいいという訳だ。それよりもまずはどれを消すべきか、だな。
「アルカ、もしこの中で一つだけ消せるとしたらどれがいい?」
「一つだけ?」
「あぁ、まぁ色々あって一つだけなら消せなくもないというか……」
「はぁ……もしや、スキルセンターで消去しようと思っているな。やめておけ、金の無駄だ」
「金の無駄?そいつはどういうことだ」
「それについては、オレが説明するぜ!」
ここまで押し黙っていたジョンソン兄弟の弟、リカード・ジョンソンがここぞとばかりに手を挙げた。お前、出番がそこまで欲しかったのか……。
「ハザクラ、テメェはスキルセンターに行ったか?」
「一応な。金がかかりすぎて結局消すのはやめたけど」
「そりゃそうだ、アレは金を巻き上げるための施設だからなぁ。ほら、薬品のための材料が何たらとか言われたろ?あんなのはウソだ、本当は材料なんて簡単に手に入るのにわざと値段を釣り上げてんだよ」
嘘と来たか。しかし、スキルセンターなるものがなんでそんな事を……?
「決まってんだろ、自分らが良い思いするためだ。金ってのは結局、そういう事の為に使われんだからよ」
呆れた口調でリカードは批判を続ける。
「もっと言えば、バックについてる組織の資金源でもあるからな」
「その組織は何て名前なんだよ」
「『エル・ドラド連合』……いわば死の商人だよ。儲けた金でじゃんじゃん武器を作ってそれを無差別に売りさばく本物のクズどもだ。先のベルグ内戦でもたんまりと稼いだらしいぜ、胸糞悪い事にな」
そんな連中に俺は金を払おうとしていたのか。恐ろしい限りである。
「……うちのリーダーも同じことを言ってたぜ、例えどんなに困窮しても『連合』だけは絶対頼るなって」
ジミーが会話に参加してきた。彼も『エル・ドラド連合』に関して好感情を抱いていないようだ。
「結局は、スキルセンターなんて必要ないって事だ。誰に教えてもらったのかは知らないが、相当なアホとしか言いようがないな」
「ほう、言ってくれるじゃねぇか。なら教えてやるよ、俺にスキルセンターでの消去を教えたのはそこのポンコツシスターだぞ」と指差しでリアを示す。途端、ジョンソン兄弟二人の顔が焦りで崩れた。
「い、いやあの、ほら、こんなに世間に浸透していれば、騙されてしまう可能性も無きにしも非ずで……」
「クソッ、純朴で疑う事を知らないリア様を惑わすとはますます許せねぇ!」
「え、えと、その、私はてっきりまともな施設だと……ほら、確か看板に書いてましたよね?ほら、『快適スキルライフを貴方に』とか、ね?」
いや、それはどう考えても胡散臭いだろ……とはいえ、俺も途中まで騙されかけてたしリアを非難する理由はこれっぽっちもない。兄弟の言うように、悪いのはスキルセンターとその母体どもだ。
「まぁ、リアは迂闊だったな。ちゃんと調べていれば直ぐに分かったかもしれないのに」
だが、このセリフがどうもまずかったようで。
「そ、そりゃないですよ!確かに私がちょっと勘違いしちゃったのは悪いと思いますけど、でも最終的に行ったのはハザクラさんなんですから!」
「な、それを言ったらお終いだろ!俺はここに来たばっかで右も左も分からねぇのにそんなもん自分で判断しろってのか!?」
「いや、テメェが悪い!自分の責任だというのにそれをリア様に押し付けるとは何様だ!!」
「そうだそうだ、貧弱野郎!」
「んだとぉ!もういい、お前ら二人とももっかいぶん殴ってやらぁ!!」
もう、先ほどまでのシリアスな空気は雲散霧消していた。まさしく喧々諤々と言わんばかりのカオスな事態である。
「……ふふっ」
『え?』
こんな大混乱状態を治めたのは、アルカだった。どうやらこのみっともない様が壺に入ったようで、さっきまでの仏頂面が嘘のように笑っていた。
「くく……あぁ、すまない。少し可笑しくてな」
その笑顔は気品溢れる皇女でも、強き女剣士でもなく、一人の女の子としてのそれであった。それ故に、俺達はこんな諍いがアホらしく思えてくるのだ。
「ま、間違いは誰にでもあるからな」
「……そうですね、私も皆も早とちりしちゃって」
「皇女様に呆れられちゃ、止めざるを得ないな」
「そうだなぁ、何だか不毛な争いだったよな」
そうだ、こんなことで仲間割れをしている場合ではない。こうやって出会えたことが奇跡なのかもしれないんだからな。