第三話 誤算・誤算・大誤算
「20000ゴールドになります」
「は?」
迂闊だった。先に値段だけ確認していれば良かったのに。
スキルセンターに辿り着いた俺だったが、ここに来て再び問題発生。スキルの消去にこれほどの値段がかかるとは流石に想像できなかった。とはいえ、まだ諦めてはいない。
「20000ゴールドか……それは『スキル1個につき』20000ゴールドだよな?」
「その通りでございます」受付担当者が淡々と肯定する。
「……本当にそうなのか?ぼったくってんじゃねぇだろうな」
「滅相もございません。私達はそのような真似など決して致しません。ただ、スキル消去にはある薬品が必要で、その材料費が嵩むためにこの値段となっております」
「おい、ちょっとくらいまけてくれよ。こちとら1個消しただけですっからかんなんだよ」
「申し訳ございませんが、その要望にはお応えできません。私達も最善の努力の末にこちらの価格まで引き下げる事が出来ましたので……」
「………………」
真偽をはっきりさせるつもりはない。新参者かつ素人の俺にとやかく言う権利はないだろうし、あまり騒動を起こすと町を追い出される恐れもある。仕方ない、ここは引き下がるか。
「……分かった。今回はナシということで」そう言って、俺はセンターを出る事にした。たかがスキル一つの為に全財産を失うのは結構キツイものがある。それなら、今の状態でも生き延びられる道を探すべきだ。
「またのご利用をお待ちしております」担当者の返事を聞く。多分、暫くはここを利用する事はなさそうだと感じた。
「……という訳で、帰ってきた」
教会に着いたぞ!という感じでサクッと帰還。さぁ、再び交渉だ。
「失礼しまーす」木製のドアを開け、内部に進入。お目当ての人物は……いた。
「おーい、ちょっと話があんだけど……」と言いかけて、何やら不穏な空気を察した。視線の先、よく見ると見慣れぬ姿の二人の男が。背丈は同じ位で、片方は茶髪。もう片方は黒髪だ。
「……でさぁ、オレたちゃ回復役が居なくなっちゃってさぁ~。だから、キミがパーティに入ってくれれば心強いと思うんだけどさぁ~」茶髪の方の男がへらへらと笑っている。
「な、良いだろ、オレたちと一緒に楽しい事しようぜ」黒髪の男はリアの手を掴んでいる。
「い、いえ……まだ私は修行の身で……」
どうやら、悪質な絡みのようだな。そう思い、俺は彼らとリアとの間に割って入った。
「いいじゃんか、そんなの。それよりも……あぁ?何だガキィ」絡んでいたうちの一人、茶髪の男が俺に気付いたようだ。
「は?こっちが先客なんだからすっこんでろよ」もう一人の男が睨みを効かせる。おお、怖い怖い。だが、いくら俺が「弱くても」、ここで引くのはスジじゃない。
「知るかボケ。あんたらみたいなゴミ虫に何でこっちが配慮しなきゃなんない訳?死ねよカス」
「なっ……こいつ!言わせておけば……」
「よせよ。オレ達の恐ろしさを知らないんだろ、どうせ」
成程、こいつら意外と腕はあるようだな。二人とも腰に片手剣を挿しており、少なくとも楽に勝てる相手ではないようだ。……ならば。
「おい」一旦後ろを振り向いて、小声でリアに話しかける。
「っ!は、はい」
「俺がこの二人を相手にするからその間に逃げてくれ」
「そ、そんな……」
「……大丈夫だ、俺を信じろ。こんな状態だが、せめて時間稼ぎぐらいは……」
「何ヒソヒソ離してんだコラァ!」
「うっせぇな、言われんでもやってやるよ!……頼んだぞ、リア」そう言って、俺は男達の方を向き直る。
「わ、分かりました!」よし、いい返事だ。
そして、リアは奥の扉から逃げ出した。とりあえず、彼女の方は上手く行く事を信じるしかない。それよりも、この作戦を見事成功させるには……。
「あ、女が逃げやがったぜ!」
「くそっ、失敗するとリーダーにどやされちまう!さっさとこのガキを倒して追いかけるぞ!」
何よりも俺自身の働きが必要不可欠だ。
「さっさと?やってみろよ、どうせ無理だけど」
「何っ!?だったらその身でオレの実力を味わえ……!」
茶髪の男が斬りかかる。俺はギリギリまで攻撃を引き付け、すんでのところで躱す。
「甘いっ!うおおおりゃっ!」
「ぐぅっ!?」
相手の体勢が崩れた所で、その頭部目がけて頭突きを繰り出した。兜を装備していないなら、相当なダメージになるはずだ。
「あああっ……!い、痛いっ!」
「へっ、当然だ。なんせ俺は、故郷じゃ『石頭』って呼ばれてたぐらいだぜ?」
頭突きは得意技の一つで、ぶちかましからトドメまであらゆる状況で俺の喧嘩を支えてきた。この世界でもある程度は通用するようだな。
(っても、反動はそこそこ大きいからあまり多用は出来ないんだけどな)
当然だが、頭突きは自分の頭部にも少なくないダメージが入る。ましてや今の俺はステータス貧弱状態での戦闘を強いられている訳で、その反動も現実世界より心なしか大きい。ま、そんな事で弱音を吐くほど柔じゃないけどな
おっと、向こうに体勢を立て直される前に追撃だ。俺は先程の攻撃でよろけている男の顔を掴み、足払いでバランスを崩させる。その勢いのまま、長椅子の角に男の後頭部を強打させた。
「うぎゃぁあああああああっ……!」
手を離してやると、男は崩れ落ちその場に倒れ伏した。流石に死んではいないだろうが、一時的に強い衝撃を受けた事で昏倒したと思われる。一体誰がこんなひどい真似をしたのでしょうか……あ、俺か。
「……これで一人。どうした、あんたもかかってこいよ」
「……もとよりそのつもりはねぇ。オレは今回の任務にはそこまで乗り気じゃないんでね。こいつが勝手に突っ込んで自滅した、上にはそう伝えておくよ」
ちっ、腰抜けが。しかし俺も鬼ではない、敵意のない人間には無暗に暴力を振るったりしないのだ。いわば、俺自身のスジって奴である。
「……だったら助かる。正直、俺も喧嘩の腕には自信があっても武器を持った大人二人が相手じゃ分が悪いんで」
「ならば交渉成立って事で。あ、そうだ。こいつを外へ運び出すのを手伝ってくれよ。その後はこっちで処理するから」
「了解だ。あ、どうせなら俺が背負っていくよ。こんな目に遭わせた責任があるしな」
よっこいしょ、と倒れた茶髪の男を背中に乗せ、教会の出口へ向かう。
「おらよ。後は頼んだぜ……ってあれ?」言われたとおりに外まで運んだが、黒髪の男がまだ教会の中に居ることを不思議に思った。
「おーい、こっちはやること終わったんだから、次は……」そう言おうとしたのもつかの間。
次の瞬間、男は俺の眼前まで接近してきていた。約10メートルの距離を、瞬きの合間に詰めて来た。そして、その右手には剣が握られていた。
「……っ!あ、危ねぇ……」何とか回避が間に合ったが、やはりいつもより体が重い。くそったれ、やっぱりマイナススキル消してくるべきだったか!
「オレの『加速』スキルを見切るとはな。驚いたぜ」
「くっ……ただでさえ戦闘に不慣れなのに、この序盤でスピードキャラが出てきやがったか!」
まずい。今のはまぐれ回避に近い上に、もう身体の疲れが出始めやがった。少しでも反応が遅れたら、やられる!
「さぁ、始めようじゃねぇか。第二ラウンドの幕開けだ!」
その言葉と同時に、剣先が俺の体を狙う。どうする、出遅れたぶん回避は間に合わない。だったら!
ガキンッ。金属同士がぶつかる鈍い音だ。どうやら、賭けに成功したようだな。
「な……何だとっ!?」
「何って、学生用カバンだよ。まぁ、この形はどっちかっていうとスポーツバッグと言い換えた方が良いかな」
剣を防いだのは、このカバンを前にかざしたからだ。ちなみに教会内では入り口近くに置いておき、茶髪の男を背負う際に一緒に持ち出していた。そして今、近くにあったこいつを掴んで防御に利用したという訳だ。
「そうじゃねぇ!それ、明らかにただのカバンじゃねぇだろ!」
「あ、バレた?まさしくその通りだよ。こいつにはちょっとした細工がしてあってね……」
中学時代から不良同士の喧嘩を何度も経験してきた俺は、結果として多くの人間から狙われるようになった。その対策として考案したのが、学生カバンに鉄板を仕込むという原始的な防御方法である。しかし原始的であるが故に効果は覿面、これまで数多の挑戦者達がこの鉄板の前に涙を飲んだのである。高校入学後はカバンとしての利便性からスポーツバッグをベースに、更に鉄板の枚数を増やした新モデルを愛用していたが、まさかここでも役に立つとは。
「簡単に言えば、このカバンは防具であり、武器である訳だ」
「ま、待て!そのような大きな荷物を振るって戦うなんて非常識すぎる!」
「まぁ、普通に考えりゃそうだよな。だがな、残念なお知らせが一つある。それはな……」
「な、何だ?」
「俺は普通の人間じゃないって事だ!」
その言葉と同時にカバンの取っ手を両手で持ち、下から上へと斜めに振り上げる。しばし呆気に取られた黒髪の男は、その一撃を脇腹に受けた。ぼきぼきっ、と骨の折れる音を残し、彼は中空へと舞った。
「はぁ、はぁ、はぁ……やったか!?」息切れしながら、その姿を見届ける。雑魚ステータスの弊害がここにも表れているな。本来ならこの程度の動作、何ともないはずなのにやたらと疲労が溜まる。ただ保持するだけならそこまででもないが、軽く振り回すだけで全身に強い負担がかかった。
「な、何故……そんなに強いんだ……」俺以上に満身創痍な黒髪の男が、消え入りそうな声で聞いてくる。俺は、こう吐き捨てた。
「強くねぇよ。雑魚だ雑魚。ただ、故郷じゃそこそこ強かったってだけの雑魚だ」
「わ……分からねぇ……何もかもさっぱり……だがな……覚えておけ……お前の首はいずれこの……ジョンソン兄弟が……奪って……むぐっ」
「いいから黙れや。長ったらしいんじゃ今際の台詞が」顔面にカバンを落とし、黙らせる。我ながらかなり酷い仕打ちだと思うが、こんな意味のなさそうなイベントを起こされるよりはさっさと彼らの記憶から消えた方がマシだろうな。
「っと、こんな事をしている場合じゃない。リアと合流しなければ」
俺は再びカバンを肩にかけ、その場を後にした。