第二話 奇妙な出会い
前回の続きです。今回はほんのちょっとだけ話が進みます。
「ぴー」
草むらから現れたのは、水色半透明なボディの謎の生物。なんか丸っこい。
「何だよ、ビックリさせやがって」
知ってるぞ、こいつは多分スライムだ。ファンタジーじゃお馴染み、雑魚界の殿堂入り。しかし、油断は禁物だ。なんせ初めての戦闘だしな、まずは自分の力を確認せねば。
そう思って、取り敢えず軽く殴ってみる。ぽよん、と弾き返された。
「うーん、一切ダメージが入ってないようだな……」
今度は向こうの番だ。ぽよんぽよんと跳ねながら接近し、体当たりをしてくるスライム。俺は敢えて攻撃を避けず、真正面から受け止めようとした。このサイズの敵なら、然程威力はないはず。しかし、そう甘くはなかった。
「ぴーっ!」。
「……ぐはぁっ!?」腹部に凄まじい衝撃を受け、体がよろめく。かろうじて出血には至っていないものの、そのダメージは決して軽くはなかった。今回は何とか耐えしのいだものの、直撃すれば危険域まで持っていかれそうだ。
「はぁ、はぁ……どういう、こと、だよ!?」
次は、力の限りぶん殴る。だが、スライムには殆ど効いていないようだ……。
「もしかして、物理無効とかそんなオチじゃねーだろうな」
本当にそうだったら、非常に分の悪い相手である。仕方ない、ここは一旦引いて体制を立て直そう。俺はその場から逃げることにした、がここでも問題が発生。
「クソ、全然引き離せない!」
一度攻撃された相手をそう簡単には見逃してくれないのだろう、スライムが俺を追っかけてくる。どうにかして距離をとろうとするも、かえってその差は縮まるばかりだ。
「転生していきなりこの仕打ちかよ……痛っ!!」全力疾走を続ける俺に、更なる不幸が発生する。突然足が攣り、それと同時に速度が大幅に落ちる。スライムの猛追は止まらず、その距離はついに1メートルを切った。
(あ、終わったな)
短い人生だった。この16年、決して褒められた生き方ではなかったかもしれないが、いくらなんでもスライムに殺される人生はあまりにも酷過ぎやしませんかね。しかし、もう遅かった。とどめのタックルを背中からモロに喰らい、デッドエンド。You were killed by monster. 閉じた瞳の裏で、そんな文字が見えた気がした。
「おお、神よ。この者の魂を救い給え!」上から聞こえるのは、謎の声。
おや、どういう事だ?何故か俺は生きながらえていた。いや、自分の体はよく見えないけど。
(なんか、暗くて固い上に狭い場所だな)
身動きが取れないほど窮屈な空間に押し込められたようだ。あまり居心地のいい所ではないな。
「……はぁ。やっぱり、無理だったのかな……」先ほどの声の主が、ため息をつく。誰かは分からないが、女のような声質だな。
「おい、こっから出せ!狭いんだよ」ドンドンと低い天井を叩く。その人物は「わっ!は、はい!」と驚いた口ぶりでカチャカチャと何かをしているようだ。
「よっこらせ……ふぅ。助けてくれてありがとう、礼を言うぜ……っておい!?」
ぎゅーっ。何者かが突然抱き付いてきた。ほんのり甘やかな香りと服越しに伝わる柔らかな感触に、一種の驚きを覚える。
「やったやったぁ!やっと成功しました!蘇生成功です!」
ハァ?蘇生だと?って事は何、案の定俺死んでたの?
「これでまた一歩、世界平和に近付きました!」
「ストップストップ!いいから、ちょっと離してくれよ!」くっ付いてくる謎の人物を全力で引きはがし、現状整理をする。……やっぱり分からん!誰か説明して!
「あ。す、すみませんっ!ついテンションが上がっちゃいまして……」改めて、その声がする方向を向く。
少々アレンジの利いた修道服を着た少女だ。身長は、恐らく140前半くらいか。金髪をツインテールにまとめ、どこか幼さを感じさせる顔。スタイルはまだよく分からないが、外見的には少なくとも俺が現実世界で会った女性たちの平均値よりも圧倒的に上と言ってもいいかもしれないな。って、かなり失礼な事を考えてるな、俺って。
「いや、気にしないでくれ。それよりも、いろいろ聞きたいことがある」
所謂、第一現地人だ。この機会に情報を仕入れておくのが一番だろう。
「まず第一に、ここはどこだ?」
「それは勿論、ガイロード共和国の都市の一つ、ウェーズですよ」
勿論とか言われてもさっぱり知らん。せめて世界地図、ワールドマップみたいなものがあると助かるんだが。
「あ、それじゃ奥から取ってきますね!」すくっと立ち上がると、少女は後ろのドアから裏側へと消えていった。今のうちに周囲を見渡す。高々とした天井に、色とりどりのステンドグラス。床は木張りで、長椅子が並んでいる。
(って事は、ここは教会か)
そして、ふと先ほどまで自分が閉じ込められていた場所を見てみる。黒い長方形の箱だ。ここが教会であること、そして少女の言動から考えると、これは棺桶だな。
「ハ、ハハハ。まさか、今日だけで2回も死んで2回も生き返ったとはな」
なかなかに前途多難な幕開けじゃないか。逆に燃えてくるぜ。
「お待たせしましたー!地図、取ってきましたよ」少女が帰ってきた。その右手には丸まったものを持っているようだ。早速広げてみる。
「ありがたいな。さて、現在地はどこだ?」
「えーっと、確か。ここ、ここですね」
少女が指さしたのは、地図の左下。前面を海に囲まれた島の、南西部の沿岸だった。
「海沿いなのか。どうりでステンドグラスも青系統が多いと思った」
「ちなみにあなたが倒れてたのはここ、グランドプレーンです」
少し距離の離れた場所。確かに、緑色で塗られているな。
「如何せん文字が読めないのが辛い。少なくともお前とは、こうやって日本語は通じているみたいだが」
「ニホンゴ?何ですか、それ?」
そう言われても困るな。俺達の世界じゃ、こういう言語を日本語と呼ぶんだが、もしかしてこちらでは違う呼称が存在するのか。いや、そんな事はどうでもいいか。
「じゃあ、質問二つ目。実を言うと、俺はスライムに殺されたんだが、あいつの強さはどれぐらいだ?」
「スライムに?またまた、そんな冗談はやめて下さいよ」ありゃ、やっぱり信じてねぇな。無理もない、あんなに弱そうな奴に殺された人間など恐らく殆どいないだろうな。
「冗談のつもりではない。本当にやられたんだ」
「えっ?ほ、本当に?」
「あぁ、本当だ」
「……つかぬことをお聞きしますが、あなたのステータスは如何程で」そろそろ事態の異常さに気付いた少女が、質問を返してくる。ステータスか、実にゲーム的な言葉だな。しかし、そんなものは全く知らない。その旨を伝えると、
「えぇ!?ステータスの確認もせずに今まで冒険していたんですか?」
冒険、ねぇ。俺は完全に巻き込まれただけなんだけどな。
「せっかくだから、ステータスについて教えてくれ。それと俺がスライムに全く歯が立たなかった事との関係性もだ」
こう言ってみると、眼前の少女は「了解です」と快諾してくれた。と同時に、マシンガンの如き早口で説明してきた。
「では、いいですか?まず始めに、この世界に住む全ての生物には『ステータス』というものが備わっています。ここでいう『ステータス』とは、大別して三つの要素から成り立っています。一つ目は、個人そのものが持つ情報。いうなれば、年齢や生年月日、出生地などですね。二つ目は基本能力。これは更に筋力・耐久・敏捷・知力などに分類されます。そして三つ目が、スキルです。このスキルというものは、戦闘から日常生活に至るまで私たちの生活を支えてくれるものなんですよね。で、さっき言ったように全ての生物、つまりスライムにもステータスは有って、基本能力は全体的に最低クラスなんですが、スキル『衝撃吸収(弱)』を持っているおかげで多少は物理攻撃に耐性があるんです。まぁ一般人でもある程度のレベルさえあれば簡単に超過ダメージを与えられる上に、魔法耐性は全くないのでかなり弱い部類なんですがね。で、気になるのはそんなスライムに負けたあなたのステータスなんですが……」
「ストップ。情報が多い」
「説明しろと言ったのはあなたじゃないですか」自分の話を遮られたためか、少女はちょっと拗ねているようだ。
「待て、情報を整理するから……よし、続けてくれ」
「……面倒くさい人だと言われたりしてませんか?まぁ、話を元に戻しますね」さらっと失礼な事をのたまいながら、彼女は話を再開した。「といっても、あなたのステータスを確認させてもらえれば済む話です。という訳で、ちょっと手を差し出してください」
「ん」言われるがままに、右手を伸ばす。すると、少女は自身の左手で俺の右手を握ってきた。何とも言えない感触が俺の右手を刺激する。変な汗かいてないだろうか。
「………………」10秒くらいだろうか。お互いに沈黙の時間を終え、少女が口を開いた。
「終わりました。ちょっと待ってくださいね」彼女は懐から杖と紙を取り出した。
「何をするんだ」
「記録です。私達はシスターですので、魔法を使った記録・記述は必修事項なんです。今回はあなたにも確認できるように紙に記録しておきますね」
シュッ。効果音にすればそんな感じで、記録が終わった。
「さぁ、どれどれ……」不安半ば、好奇心半ばで覗いてみる。そこに書かれていたのは。
《叶山葉桜 レベル:1 職業:無職
HP:9 MP:2 筋力:7 物理耐久:6 敏捷:4 知力:8 魔法耐久:3 技量:4
スキル:短気・虚弱体質・超不運・乱雑・要領悪い・浅慮・悪辣・破天荒・対人関係×》
「……これって、いい方なのか?」そんな訳ないと分かりつつ質問してみる。
「控えめに言って最悪クラスですね」ですよねー。
もう、誰かの怨嗟でこうなったとしか言いようがないレベルである。こんな様なら見なきゃよかった!
「基本能力は全部スライムにすら負けてますし、持ってるスキルも基本的にはマイナスにしかならないものだけですねー。見てるこっちも悲しくなりそうです」
失礼な、悲しいのは俺だって同じだっての。いや、どうすんだこれ。
「基本能力はレベルアップで上昇しますから何とかなります。で、このどうしようもなく使えないスキルを消す方法は二つあります。一つは取得できる上限を超えて新たなスキルを得ようとする時に上書きする。もう一つは町のスキルセンターという場所でお金を払って消してもらう方法です」
うーん、どちらの手法も今すぐには出来ないな。スキル上限というものがどの程度か分からない以上、上書きを狙うのはかなり時間がかかるかもしれないし、金はそもそも持ってない。稼ごうにもどうすればいいのか分からないのに、全く酷な話である。
「……まぁ、色々悔やんでいても始まらねぇか。サンキューな」
「問題ありません。こうやって出会えたのも何かの縁ですし……そうだ、どうせならこれも持っていってください」
差し出されたのは、辞典サイズのハンドブック。表紙には『初心者用マニュアル』と書かれている。
「分からない事があれば、大体の事はそこに書いてますから。頑張ってくださいね」
「おうよ。あ、そうだ。最後に一つ。お前は誰だ?
俺の問いに、彼女はこう答えた。
「リア・アークライト。リアとお呼びください!」
教会を出て、街をぶらぶら探索する。しかし、この分厚い本を片手に持って歩くのは割と不便だな。転生直後は学生カバンを持っていたのだが、スライムに敗れた時に落としてしまったようだ。とことんついてねぇ……。これが『超不運』か。
「……ん?あれは……」
通りの右手側、赤い屋根の屋台に並べられているのは衣服や装飾品類だ。その中に、見覚えのある物体が。
「安いよ安いよー!今ならこのカバン、中身も色々入ってお値段50000ゴールド!」
って、俺の学生カバンじゃねーか!店主め、どこで仕入れやがった!ちなみにゴールドとはこの世界の通貨らしい|(さっきマニュアル読んで調べた)。
(くっ、取り戻そうにも金が足りない!)
幸運にも財布は制服の下ポケットに放り込んでいたため、手元にある。が、中身は1000円札3枚と小銭が一杯、ポイントカード・スタンプカード類しかない。当然、ゴールドなんてものはない。
(待てよ?単純に金で支払おうとするから駄目なんだ。発想の転換だ)
屋台に近づき、その店主に話しかける。
「すんません、このカバン下さい」
「はいよ!このカバンは、今日ある商人が持ってきたものでね。なかなかいい素材だろう?中身はよく分からんがな!」
そりゃ購入時に12000円も払わされたからな。いいものじゃないと困る。
「それじゃ、50000ゴールドを……」
「待った。これと交換という事で」
財布から1000円札を一枚抜き出す。
「お客さん、困りますな。うちはゴールドしか受け付けてないんだ」
「まぁ、そう言わずに。この紙幣、実は凄い価値があるんですよ?」
「ほう、それは?」よっしゃ、喰いついた!
「まず、この紙幣は遠く離れた国で使われるものです。その国では、このように円という通貨単位が用いられますが、そのレートは1円=100ゴールドとされています。つまり、この紙幣は単純に100000ゴールド分の価値がある訳です」
「むぅ……しかし、それが偽物という事は無いかね?」
「ご安心ください。この紙幣は一発で本物かどうかを見分けられる仕掛けもあります。ほら、こうやって」
そう言って、俺は1000円札を太陽光に透かす。
「す、数字が浮かび上がってきた!」
「そう、これこそが真偽の判断に役立つものです。もし偽物ならば、光に当てても数字が浮かび上がることは無い」
「これほどまでに進んだ技術を持っている国か……」
「さぁ、どうします?もし良ければ、これと交換という事で」最後の一押しとして、俺は1000円札を差し出す。
「……分かった。しかし、このカバンは50000ゴールド。差額はどうすれば……」
「そうですね……20000ゴールドだけお釣りとしてもらっておきます。残りの30000ゴールドは要りません」
「あ、ありがたい!そこまで気前がいいなんて」
「ふふ、気にしないでください」
かくして俺は1000円札と引き換えにカバンとこの世界の金を手に入れた。次元さえ超えて遠く離れた国の通貨だし、通貨レートとしてもそこまで破綻したものではない数値をでっち上げたし、『すかし』に関しては紛れもない事実でしかない。完璧だ……。あ、これが『悪辣』なのかもしれないな。
店を離れて、物陰でカバンの中身を確認する。よし、今朝確認した分と変わらないな。
「教科書・ノート類、電子辞書・ゲーム機……十分だ」
まずは手持ちの資金でマイナススキルを消しに行くか。確か、スキルセンターだかに行けばいいんだっけ。
「まぁ、暫くはこんな調子だろうな」
先の店主には申し訳ないが、ぜひとも俺の祖国へと辿り着いてほしいものだ。トラックに轢かれれば、もしかしたら行けるかもしれないぜ。