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マールが拗ねた。
肉とツノと、兎を持って(連れて)泉に戻ると、まず水筒に水を汲み、兎のマントと鞄を剥いで泉に落とした。
私も汚れた手を洗い、さあマールをかまうぞと振り向くが、マールは遠くで丸くなってツノを噛んでいた。
「マール?」
耳が動いただけで、顔も上げない。
近づいて行くが、あと三歩の所で唸り声をあげられた。
驚きに足を止めて、マールを見つめる。
徐々に唸り声は小さくなったが、ツノを噛むのはやめずにこちらを向きもしない。
私はその場で座り込んで、マールを見つめる。
マールの意思を無視して、兎を連れて来てしまったからな。怒るのは当たり前だよね。
あのまま兎を置いて行ったら、結界を出てウッカリ死んでいそうだったから………って言っても、弱肉強食の世界で両親に育てられたマールには、分かってもらえないだろうな。
少しだけ心を許してくれたマール。
それがポッと出の怪我して死にかけていた兎を優先したら、面白くは無いだろう。
兎を拾ってきたのは確かに兎の毛皮の誘惑はあったのだが、一番の理由は、あのまま放置したら死んでしまいそうだったから。
多分、あの兎、弱いよね?
あれ?でも、この結界の周りは強い獣が多く住んでいる。
よく、ここまで生きてたどり着けたな。
まさか、強い………………………わけないよね?魔法がとても上手いとか、巨大になって踏み潰すとか?
ああ、兎なだけに逃げ足が速いとか?
脱兎の如くって言うし……
『ヴゥゥーーーー』
⁉︎
まずい。別のこと考えてたの分かった?
こっちを片目で見ているマールに、機嫌なおしてと笑う。
しかし効果はなく、そっぽを向いてツノを噛み出した。
はあ、ダメか。コレは持久戦かな。
体育座りの膝に顎を乗せて、マールを見つめ続ける。
***
ん?
足首に何か擦れる感覚に意識が浮上した。
いつも間にか眠っていた。
慣れないことばかりで疲れていたからか、先程と同じ姿勢で眠っていたようだ。
足の違和感の正体はマールの尻尾だった。
私の背中に少しだけ頭をくっつけて丸くなって寝転がり、尻尾を私の足首に巻きつけている。尻尾が長いマールだからできるが、とても器用な寝方をしている。
よく寝てる。
軽く尻尾を撫でてみるが起きる気配はない。少しずつ力を入れて体を撫でると、身持ちが良いのか体から力が抜けていく。
撫でる手を止めずに周囲を確認する。
陽は落ちて薄暗く、斜め後ろが明るく揺らめいていた。離れたところに小さな焚き火が作ってある。
側では助けた兎が横になって寝ている。
「マール、チョットだけ移動するね」
寝ているのは分かっているが、驚かせてはいけないので声を掛け、そっと抱き上げる。
焚き火のそばまでいくと兎の側に座り込んで、マールを膝に下ろす。
気配に目覚めたのか飛び起きた兎に構わず、マールを撫で続ける。
落ち着いたのか兎も焚き火の方を向いて座った。
「ーーーーーーーーーーーー助けてくれて、ありがとう」
何か言いたそうにしていた兎が、長い沈黙の後、そう言って勢い良く頭を下げた。
「ーーーそれと、この薬草本当にもらっても良いのか?」
渡した薬草を大事そうに手で包み持ち上げて、兎は尋ねた。
ガーゼで挟まれて薬草、潰れてだいぶ乾燥しているが、兎には何の薬草か分かっているようだ。
もしかして、この兎も植物鑑定が出来るのだろうか?
「‥‥‥‥‥…鑑定?」
「えっ!ーーーー何で俺が鑑定出来るって……」
驚いた兎が大きな声を出したので、しぃー、っと口に人差し指を当て、声を抑えさせる。
マールの体がピクリと動いたが、背中を撫で続けるとまた眠ったようで、呼吸が穏やかに繰り返された。
「マールが寝てるから静かに。君がその薬草の種類を知っているようだったからね。普通はそんなに潰れてしまった薬草を欲しがりはしないでしょ?」
原型をとどめない薬草を凝視していたし、渡したら固まっていたし。
黙り込んだ兎はしばらくして口を開いた。
「俺のギフトは鑑定なんだ」
ギフト。
『世界からの贈り物』。生まれた時に持っているものもいれば、行動の結果授かるものもいる。全員が持っているわけではないが、持っている者は色々と優遇される。
「じゃあ、何でも鑑定出来るの?植物も鉱物も、人も?」
私の場合は植物鑑定だから植物由来のものしか鑑定できないようだが、鑑定はすべての物質を鑑定出来るらしい。
「まだ熟練度が足りないから、下級の情報開示しか出来ない。植物も鉱物も、人間なら呼び名と種族と年、ギフトと魔法の有無を鑑定で見れる」
「へー、なるほど。ーーー私の鑑定は済んでいるね?包み隠さず、全部言ってごらん」
勝手に鑑定されたことに不快に思うが、この兎が今、私の前で落ち着いているのも鑑定したからだろう。下級鑑定には、鑑定者に対する感情の善悪も見れると世界樹の知識が教えてくれた。
私が兎に対して悪意を持っていないのが分かったのだろう。
でも、私の個人情報を勝手に見たのだから、少し笑みに力が入るのも仕方がないよね?
読んでいただきありがとうございました。