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何かのうめき声に、私は硬直した。
その隙にマールが草むらに飛び込んで行ってしまう。
「マール‼︎‼︎」
慌てて追いかけると、草むらを抜けたところでツノを咥えたマールを見つけた。
駆け寄ると、マールは前方を向いて警戒していた。
兎がマントを羽織って、鞄を肩にかけて……倒れてる???
「ああ、なんだ獣人種か。ーーーーーーマール、頼むから、一人で居なくならないで。心配したよ」
『ーー華、これ、血、臭い』
言われて気がついたが、人間の子供くらいの大きさの兎が着ているマントの下が、血まみれになっている。
マールが急に居なくなって焦り、気がつかなかった。
警戒しつつ、兎の体をひっくり返して見ると、左腕と腹の毛皮が血まみれになっている。意識は無いようで、ぐったりしていて抵抗もない。
「取り敢えず、この兎、傷薬持ってないかな?ーーチョット鞄開けるよ」
この世界の者なら性能の差はあれど、旅をするなら傷薬を一つは持っているだろう。
鞄には服や靴、いくつかの袋と小瓶が入った箱が出てきた。
この世界の傷薬は飲んでも良し、塗っても良しの万能型だ。色の濃い方が効きが良く、色の薄いものは安い上に、それなりの効き目しかない。
見つけたけど、コレは色が物凄く薄い。
コレ効くのかな?
「あっ、そういえばーーー」
世界樹の近くで見つけた薬草、潰して混ぜたら濃くなるかな?
リュックから、薬草を入れたビニール袋を出し、中から葉を少し取り出す。
救急セットからガーゼを取り出し小さく切ると、葉を挟んで近くの石に乗せてナイフの柄で叩く。
葉が柔らかくなって絞れそうなので瓶の蓋を開け、絞ってみる。
汁が一滴落ちた瞬間、中の液体が光る。何故かドロドロの黒っぽい液体に変わった。
大丈夫かなと、心配になり瓶を見つめると、
よく効く傷薬と鑑定された。
これも植物で作ったから、鑑定できたのだろうか?
『華、魔法の薬、作ったのか』
ツノを一旦地面に置いたマールは、薬の匂いが鼻にきたのか顔をしかめる。
「うーん、魔法?………一応、薬はできたよ」
『おお、華、薬師か!』
「薬師?ーーああ、こういう事をする人を薬師と呼ぶんだね」
とにかく、薬に問題はなさそうだから、兎に飲ませてみようか。
兎の後ろに回って、立てた片足に背中を寄っかからせて、瓶を口に持って行く。
口が、開かない。
兎の鼻を片手で塞ぐと、苦しそうに口を開いた。
ドロドロの薬を流し込むと、兎は目を見開いて華を見た。
華は押さえていた鼻から手を離し、空になった瓶を口から離す。
と、兎はまばたきする間に華から距離をとった。しかし、傷が治っていないのに大きく動いた事で体が傾げて、膝をつく。
「取り敢えず、マール唸るのやめようか。兎の人は、変に動くと傷が悪化するよ」
「グウゥゥ………何を…した」
兎は唸り、警戒してこちらを睨み、顔をしかめる。
「何って、怪我をした兎の人を見つけたから、荷物を漁って、見つけた傷薬を飲ませただけ」
「ウゥ……嘘を言うな、……あの傷薬がこんなまずいわけが…」
口元を覆ってえずく兎に、しょうがないなと水筒を渡すが、受け取らない。
私は一口飲んで、マールも飲みたそうだったので、手のひらに受け止めた水を飲ませる。
「どうする?飲む?我慢する?」
もう一度、兎に水筒を差し出すと、こちらと、マールを睨みながら水筒を受け取る。
しかし、ここで力が抜けたのか水筒を落として水をこぼし、座り込んでしまった。
『兎、水、捨てた!華、もう行こう‼︎』
マールには兎がわざと水筒を落としたように見えたのだ。
「マール、チョット待って。ーーーーめんどくさいけど、拾ったものは最後まで面倒見なきゃ」
最後の方はコッソリとマールの耳元で囁くと、リュックからソフトペットボトルを出して、拾った水筒の汚れを払い、水を移して兎に渡す。
「飲んで。……傷薬が効いたか、確認していいよね」
兎の左側にしゃがむと、ソフトペットボトルから残った水を腕にかける。普通のペットボトルと違って、柔らかいから持ちにくい。血を流しているとあっという間に水がなくなる。濡れた腕をタオルで軽く拭くと、毛皮が張り付いて、どこを怪我したのかわからなくなった。血も流れてこないから傷薬が効いたと思うのだが、念のために聞いて見る。
「どこを怪我していたのか分かる?」
兎は水を飲むのも忘れてこちらをみていたが、私の言葉に慌てて左腕を持ち上げる。
「無い。だって、骨が折れて飛び出てたのに……なんで?」
「ーーよく効く傷薬が、本当によく効いたんだ。へえ、この薬草凄いのね」
ガーゼに残った薬草を見ていると、兎も大きく目を開いて薬草を見ている。
あんまりに目を見開いて驚くから、大きな目玉が落ちないか心配になる。
そんなにこの薬草が珍しいのか?
「あげる」
兎にガーゼを渡して立ち上がる。あとで傷が開いたら大変だし、開いたら自分で治療してもらおう。
「あ、水、早く飲んじゃって」
兎の前に立って水筒を返してもらおうと待つが、兎は固まったまま動かない。
『華、行こう』
痺れを切らしたマールが、私の登山靴の紐を噛んで、引っ張り始める。
「兎の人、そろそろ戻りたいんだけど。水、飲まないの?」
私の言葉に焦ったのか、片手に水筒を、片手にガーゼを持っているのに立ち上がろうとして、前のめりに転んだ。
両手の物は死守したが、先ほどこぼした水の上にダイブしたため、顔と体の前面が泥だらけになっていた。
もしかして、この兎、ドジっ子?
「あーーもう!泉まで一緒に行く、その格好では帰れないだろう」
『ーー華‼︎‼︎』
ゴメン、マール。
コレは放っておけないわ。
読んでいただきありがとうございます。