1
よろしくお願いします。
「今日の天気は、降水確率10パーセント。でも、山の天気は変わりやすいっていうからな……うん、やっぱり、着替え持って行こう」
あと10分で家を出ないと電車に乗り遅れそうなのだが、未だに初登山の準備が終わらない。
昨日準備したのだが、起きて直ぐにレインコートを入れ忘れたのに気がつき、もう一度装備点検していたら、一応これも持って行こうと荷物が増えすぎて、もう一度減らして、と繰り返しいつの間にか出発時刻になっていたのだ。
着替えは済んでいるし、あとは慣らし履きも済んだ登山靴を履いて、何とか電車の時間に間に合いそうだ。
「よし、戸締りオッケー。財布にスマホ、パスケース、リュックにウエストポーチ、後は……何とかなるかな?」
何度も登山経験のある友人と一緒に選んだ荷物だったのだが、結局それ以上に荷物が増えていた。少し重いリュックを担ぎ、通勤で慣れた駅までの道を歩く。
もともとインドア派の華乃だが、毎日の通勤帰宅で一万歩以上歩き、一時間立ちっぱなしで電車に揺られている。そのおかげか、重いリュックを担いで電車に揺られたのだが、全く疲れずに待ち合わせの駅に着けた。まあ、途中からリュックを置いて座れたからなのだが。
「あれ、曇ってる?」
天気予報では降らない予報だったのだが、徐々に空が暗くなってきている。
友人に連絡するが繋がらない。運転中なら出られないかと、もう少し待つことにした。
十分も経つとポツリポツリと雨が降り出し、風も出てきた。
待ち合わせ時間も過ぎたのだが、一向に友人は現れない。
ふと、空を見上げると、遠くの空に稲光りが走る。綺麗に上から地面に向かって何本もの金色の柱がみえた。直ぐに大きな雷の音がして、案外近くに落ちた事を知る。
「怖っ。駅に入っておいたほうがいいかな」
突き出た屋根の下にいるので雨には濡れないのだが、風の向き次第でびしょ濡れになりそうだ。レインブレーカーは着ているが、好んで濡れようとは思わない。
駅に入ろうと後ろを向いたのだが、不意に強い風が吹き、華乃は振り返る。
「……っっ‼︎‼︎」
轟音とともに眩しい稲光りが落ちた。
***
音に驚いて目を閉じたのだが、閉じた瞼の裏でチカチカと光が見える。
ほぼ音と光が一緒だったので直ぐ側で雷が落ちたみたいだ。
心臓が早鐘を打ち、息がしづらい。
「…………ぁーー………耳は聞こえてる…」
恐る恐る目を開けると、辺りは真っ暗だった。
ぼんやりと自分の手は見える気がするのだが、雷で停電でも起きたのかな、と慌ててリュックのポケットからヘッドライトを取り出す。少し手間取ったが点灯すると、正面には木が立っていた。
おそらく、木だ。
あまりに大きくて、木肌は分かるのだが光の範囲に全貌が見えない。
上に視線を動かすが、幹が天に続くだけで枝も葉も見えない。
徐々に目も慣れ、ヘッドライトの光の外も見えてきたが、大木の大きさは測りきれない。
ヘッドライトを選ぶときに、100メートル先まで光が届きますと言っていたから、この木は枝まで100メートル以上あるのだろう。
テレビで見た屋久杉より大きいのかなぁと、現実逃避して見上げていると、ゆっくりと何かが降ってくる。
「……………葉っぱ?」
ふわりふわりと、薄い緑色の葉が光の中を降りてくる。
目の前に落ちてきた葉を受け止めると、一気に頭に膨大な量の映像が流れて来た。
30年近く生きてきた記憶がちっぽけな物に思えるくらいの情報量に、華乃は耐えきれずに意識を失った。
読んでいただきありがとうございます。亀更新になりますが続けようと思います。