第5話 誕生日
「…ったく、さっさと言いたいこと言っちゃいなよ!」
長い沈黙に対し、一番最初に耐えられなくなったのはニーニャであった。茶褐色の守を指に絡ませ進行役に徹した。正直この場にニーニャがいなければ気まずいままであっただろう。絶妙なタイミングで会話を切り開いてくれた事に有難味を感じた。
「わっ…わかった!じゃあ…。」
ラーウェが何か言おうとしたその時、次に口を開いたのはリオンであった。目の前に魔神王がいる。そして自分の目的は…。ならばきちんと伝えなければいけない事がある。自分の任務を遂行するため、身体を起こし高鳴る鼓動を感じながら緊迫した面持ちでさらに続けた。
「私を…食べて下さい!…でも痛くしないでね。」
「「…え?」」
ここに来た理由はただ一つ。『生贄』になり、村の安泰を守ることだ。生き血を一適残さず飲み干すと言う事がどう言った動作で行われるのかは解らない。
恐怖から身体を小刻みに震わせ、食べると飲むを間違えた事に全く気付かず潤んだ瞳で見上げた。至って真剣な眼差しに2人は目を丸くする。
「なぁ~んかエロいよね。」
「…これは素なのか?」
腹を抱えて笑うニーニャに、頭を抱えて困惑するラーウェ。その理由が全く解らず呆然とするリオン。先程までの張り詰めた空気は一気に緩んだ。ニーニャを気が済むまで笑わせ、落ち着いたところでやっと口を開いた。
「確かに…先代は人間の生き地を授かっていた。けど俺はそんな事はしないよ。だからもう君の命は君のものだよ。」
時が止まったかの様に感じた。今ここで死を覚悟したと思えば、生きると言う道を提供される。事態の変化についていけず言葉を失い、ただひたすら聞くことしか出来なかった。
「はぁ…やっと言ったね。てか言葉固すぎっしょ!」
「お前が緩過ぎなんだよ…。」
ひらひらと顔の前で手を仰ぎベッドの空いたスペースに座ると呆れ返った表情で睨み付けた。砕けた口調に対し、冷静に突っ込みをいれる姿はとても仲が良さそうだ。しかし、黙り続ける1人を見返し何かに気付く。
「…リオン?」
「リオン様?」
いくら死を覚悟していたとは言え、まだ16歳になったばかりの少女である。直接感じることはなかったものの、その重圧は独りで抱え込むにはとても大き過ぎた。恐怖を誰にも打ち明けることが出来ず、誰にも助けを求めることが出来ない。それは決して誰にも理解出来ない程苦しいものであったはずだ。しかし、今やっとその重圧から解放された。
布団を握り締め俯き、声を殺す姿に。慌てて駆け寄り顔を覗き込むと、薄紫色の瞳には涙が溜まり、その場に留まれないものは頬を伝い溢れ出していた。
「…さぁて!祝いの支度でもしてくるわ!」
座ったと思えばまた立ち上がり、ツインテールを揺らしながらニーニャは部屋を出た。家具が殆どなくガランとした空間に2人を残して。いい意味で雰囲気を破壊する者が立ち去り2人の間には沈黙が続くかと思いきや、ラーウェが話しかけてきた。
「誕生日おめでとう。」
こんな時に言うべきではないがと前置きをし、艶やかな琥珀色の髪を撫でながらラーウェは言葉を発する。その表情は初めて出逢った時と変わらずとても優しいものだった。
そして『生贄』の事で頭がいっぱいだった事、目まぐるしい変化にすっかり忘れていた事を思い出した。今日はリオンの誕生日である。更に目の前にいるラーウェの誕生日でもある。
「ありがとう。ラーウェも誕生日おめでとう。」
一緒に祝う事はもう出来ないと思っていた事がたった今が実現される。
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暫くしてニーニャがワゴンに食事を乗せて戻ってきた。テーブルに銀のフォークとナイフをセッティングし、見ているだけでお腹一杯になりそうな量の食事を並べていく。どの食事もとても豪華だが、リオンの前に置かれたのは体調不良を配慮したお粥であった。この短時間でこれだけの量を作ることは出来ない。不思議に思い尋ねると、どうやら眠っている間に予め仕込んでいたらしい。
「それでは…リオン様とついでにラーウェの誕生日会を始めたいと思います!」
司会を務めているのはキャラが完全に崩壊したニーニャだ。右手を腰に添え、左手には高々とグラスを掲げている。どうしたらいいのか解らず、2人を交互に見つめるとグラスを持つように指示される。
「乾っぱーい!」
「かっ…かんぱーい?」
「乾杯。」
ぶつかり合う3つのグラスが音を立て、それぞれが中身を飲み干す。 祝いの支度と言うのはどうやら2人の誕生日の事だったらしい。初めての誕生日会に気持ちがはずみ、いつの間にか吐き気は遠退いていった。
「しっかしこのドレス本当に似合うよね!ラーウェって服のセンス全く無いから心配してたけどナイスチョイス!」
ドレスのスカート部分をひっぱりニヤつきながらチラ見する。一言余計だと言わんばかりの表情でニーニャを睨み返した。確かに出逢った時の服装はお世辞にもセンスを感じる事がなかった。寧ろ奇妙な格好で旅人だと思っていたくらいであったし。
「このドレスってラーウェがくれたの?」
「あれれ?まさかのまさかだけど聞いてないの!?食事運んでくるまで充分時間あったっしょ!」
純白のドレスは誕生日プレゼントにとラーウェから贈られたものだった。装飾はなく実にシンプルだがラインが美しく、色白のリオンには見事にマッチする。そして触り心地がとても良いので一目で高価なものだと解った。贈呈したことに対し小恥ずかしく感じずっと黙っていようと思ったが、あっさりばらされてしまった。
「ありがとうね!でも折角貰ったのに着たまま寝ちゃった。」
寝相は割と良い方であったが着たまま寝てしまった為、若干ドレスに皺が入ってしまった。皺ができてしまったところを懸命に伸ばすが努力も虚しく元には戻らない。
「気にしないで。ニーニャがなんとかしてくれるから。」
「そうそう!それに流石のボクも寝ている女の子の服を脱がす訳にはいかないからねぇ。」
皺が出来てしまった事に申し訳なさそうにするリオンに対し、2人は優しく声を掛けた。怒られないことに安堵を浮かべるが、それと同時にどうもニーニャの言葉がひっかかる。
「えっ…それって?」
「ん??ボク男だよ。」
今目の前にいるニーニャと言う人物はどこからどう見ても完璧な女の子。下手したらそこら辺の女子よりも可愛いのではないだろうか。とは言え、今まで女の子はニーニャしか見たことがないが。声だって決して低い訳でもない。ただ背は高いなぁとは思っていたが。
疑問が解決し固まるリオン、そして疑問とされていた当の本人は隠すこともなくしれっとしていた。
「うそうそうそ!!!」
混乱するリオンを楽しそうに眺めるニーニャは小悪魔のような笑みを浮かべた。疑うなら服脱ごうかと冗談混じりでスカートに手を添えると見かねたラーウェに無言で阻止される。
ふと昨夜の事を思い出し、みるみるうちに血の気が引いた。
「ドレス着せて貰った時…もしかして?」
「ご馳走様でした♪」
記憶が確かならば昨夜ドレスが上手く着られずニーニャに手伝って貰った。16歳の純粋な少女にとって後ろからとは言え、ほぼ裸同然の姿を見られたことはとてもショックだ。泣きたいが先程充分なくらい泣いてしまったせいか涙は出ない。そして2人の会話を聞いていたラーウェの顔にはいつもの笑みはなく、その事実に硬直していた。
リオンにとってこの16歳の誕生日と言うのは色んな意味で忘れることの出来ない1日となった。