第4話 魔神王
『そっか…また後で詳しく聞かせて。』
『あぁ、後で声を掛ける。』
意識がはっきりとしない中、誰かが喋っているのが聞こえてきた。どちらも聞き覚えがある声だが頭が働かず思い出せない。ドアのようなものを開閉する音がしたので、会話を終えた片方の人物はこの場を去ったのだろう。ゆっくりと目を開けるとグレーの天井が視界に入ってきた。
「ここは…っう。」
今置かれている状況を少しでも把握しようと勢いよく起き上がるが、その衝撃で胃が揺れまた吐き気に襲われる。そして何より身体がもの凄くけだるいく、座っているだけなのに結構しんどい。それでも身体を抱え込みながら何とか体制を維持し、改めて目を凝らすと別途に寝ていたと言う事だけは理解した。
「起きたんだね。でも顔色がまだ良くないからもう少し横になっていなよ。」
先程聞こえたもう片方の声の主が話しかけてきた。寝起きのせいかぼやけてよく見えない。この人物が誰なのかも解らないが、起き上がったままだと辛いので言葉に甘えて再び横になった。
声の主はベッドの横に備え付けられている椅子に腰掛け本を読み始めた。少しずつ視力が戻り、布団から顔を除かせると先程より声の主がしっかり見えるようになった。
翡翠色の髪に髪よりも澄んだ翡翠色の瞳。色は白く整った顔立ちをしていた。多分自分と同じくらいの青年で、本を読んでいる姿をひたすら見つめた。一体この人物は誰なんだろう。
あまりにも凝視したせいか、その視線に気付いた青年は本から顔を覗かせた。
「寝ても大丈夫だよ。」
閉じられたカーテンの隙間から光が漏れているので日が昇っているのだろう。吐き気やだるさは残るものの、意識は次第にはっきりし眠気もない。
それよりも本を読んでいるとは言え、横に座っている青年がどうも気になって寝れない。知らない人物の目の前で睡眠を取るなど下手したら命を奪われてしまうかもしれない。さっきまでは思いっきり寝ていたが。
「じゃあ話でもする?」
心の中であれこれ考えていたリオンの気持ちを察知したかのように読むのを中断した本を置き、青年は話し掛けてきた。
ここは青年の家であり、客室であるとの事。今は昼前で、リオンはずっと寝ていたと教えられた。
しかし、何故この青年の家にいるのだろうか。そして、一緒にいたニーニャの姿はない。生贄の事など意識がだんだんとはっきりすると同時に様々な疑問が湧き上がった。
「ニーニャは!?それよりも私寝ている場合じゃないの!」
「落ち着いて。…ちょっと待ってね。」
本来なら既に魔神王と対面しているであろう。しかし、こんなところで裕著に眠りこけている間に何も知らない魔神王はきっと勘違いするかもしれない。生贄になるのが嫌で逃げ出したと思われてしまったら、殆ど過ごす事のなかったリーズ村はどうなってしまうのだろうか。
そしてニーニャの安否も気になる。無事に村へ帰ることが出来たのだろうか。
焦る気持ちに吐き気を堪え起き上がろうとするが、両肩を掴まれ阻止されてしまった。青年は立ち上がり壁に掛かっていた電話を取り話し掛けた。
「あっ起きたんだ!でも顔真っ青だから今日一日ゆっくり休んだ方がいいね!」
電話を掛けてすぐドアが開き、誰かが駆け込んできた。その声は先程一度この場から立ち去った人物の声と同じものだ。リオンが目を覚ました知らせを受け、安堵の表所を浮かべた。声の主を見ると自分の良く知る人物であったが違和感を覚えた。
「え…と、ニーニャだよね?」
ツインテールの茶褐色の髪に猫目の長身の女性。見た目は確かに今までお世話になったニーニャである。しかし、何かが違うのだ。
「そーだよっ!あれ?もしかしてまだ寝ぼけてる?」
決して寝ぼけてはいない。寧ろばっちり覚めている位だ。自分の知っているニーニャは必要最低限の言葉しか口にしない程無口で、何が起きても微動だにしない程無表情だ。だが、今目の前にいる人物は明るく表情も豊かだ。そしていつもの無駄に丁寧な口調ではなく、砕けて気さくさを感じる程だ。
「ニーニャ…本当に?」
「何か疑われてるし!これが素なんだけどねー!てかもしかして何も聞いてない?」
一瞬変なモノでも口にしたのではないかと不安を過ぎったが、どうやら見当違いだったらしい。やたらテンションが高く、良く喋るニーニャを呆然と眺める様子に気付いたらしく横で静かに2人の会話を楽しんでいた青年の方に話を振った。
「起きたばかりだからまだ話していないよ。」
「じゃあさっさと話しちゃいなよ!」
再度椅子に腰掛けた青年は対称的に落ち着いた様子で返事をした。なかなか話が進まずじれったさを感じたのか、頬を膨らませ人差し指で青年の肩を突く。どうやら2人は顔見知りのようだ。
「ここは君達人間が言う魔神族の城だよ。城といってもただの家なんだけどね。」
青年は真剣な眼差しでゆっくりと語りだした。しかし『魔神族』と言う単語を聞き、リオンの表情は急激に硬直した。既に命を脅かそうとしている者のテリトリーに入り込んでしまったと言う事実。そして逆らうことの出来ない任務を改めて思い出す。
「そして俺の名前は…ラーウェ。この家の主であり、魔神王だよ。」
聞き覚えのある優しい声、眼鏡越しだが見たことのある翡翠の瞳。そして別れ際に教えてもらった「ラーウェ」と言う名前。
気付いていない訳ではなかった。同一人物の筈が無いと思い込んで事実から目を背けていただけだ。しかし、事実を突きつけられ頭が真っ白になる。
「嘘…でしょ?」
出会った時は既に自分が生贄になる事を知っていたのだろう。ならばその時に身元を隠さず全て話して欲しかった。何故、逢いに来てくれたのだろうか。
嘘なんてついていないのは話す様子から承知だ。しかし、裏切られたと思えるような負の感覚に陥りとても悲しい。
「嘘じゃないよ。…と言っても魔神王になったのは昨夜で君と会ったときは魔神王の息子って肩書きだったんだけどね。」
一つ一つ当たり障りのない言葉を連ねるラーウェに何か言いたげな様子でニーニャはため息をついた。しかしまだ自分が喋る番ではないと空気を読んだせいか、3人の間には重苦しく長い沈黙が続いた。