プロローグ
『いい?思い出しても決して誰にも喋っては駄目よ。』
『思い出す?よくわかんないけどわかった!』
満月の夜、小さな村の入り口でひっそりと話す母子。母親は月の光によって薄い桃色にも銀色にも見える少女の髪をそっと撫で微笑んだ。その笑みにつられ少女も一緒になって笑顔を作る。次第に少女の瞼は静かに閉じ、母親の腕の中で意識を失ったかの様に眠りについた。
『ごめんね…あなたの成長をずっと見ていたかったのに。』
ぽつりと呟くが少女は眠っていて気付かない。熟睡している娘を村の入り口に置き、周囲には聞こえない声量で呪文を唱えた。すると先程まで真っ暗だった村が一瞬にして白い光に包まれ明るくなり、光が消えるとまた暗闇に戻る。そんな不自然な状況でも村人誰一人と騒ぎたてたり外へ出てきたりしない。どうやら皆気付いていない様子だ。
『愛してるわ。』
少女に背を向け一人森の中へ歩き続ける。その足取りは決して軽いものではなく寧ろ重い。これから待ち受ける出来事が解っているかの様に表情はかなり強張っており透き通るような白い頬には冷や汗が滴る。脈が段々上がり息苦しさも感じるが、それでも母親は森へと進む。
『いらっしゃいませぇ。そしてさようなら。』
森に入り10分位経ったであろうか。明らかな殺意を感じ辺りを見渡すと既に獣と人に囲まれていた。その内の1人の女が馴れ馴れしく話しかけてくるが返事をする前に母親の苦痛な叫び声が森中に響き渡る。一瞬の出来事であった。話し掛けた女は目の前に転がった既に魂が抜けた亡骸の前にしゃがみ込み口角を上げ言った。
『なぁ~んだ。結構強いのかと思っていたのにあっさり死んじゃったぁ。つまんなぁい。』
女は下唇に人差し指を添えた瞬間、母親の亡骸は一瞬にして燃え上がりそして灰となる。その最後を先程まで囲ってた者達は誰も見ていない。
静かなこの森の奥で灰は風と共に流れて行った。