婚約破棄された公爵令嬢。実は転生者で――【終編】
これは後日談ではありません。実はこれ、三部でした。二部作とは言ってないから。
「あ”あ”あ”、あ”ぁ………」
苦悶の声を弱弱しく、目の前の女は息絶えた。毒を飲まさせ、死なせたのだ。
「これでメリッサ・シュミナイト伯爵令嬢は死んだわけね」
私は、自分と同じ顔と同じドレスの女を見下して1つの安全を得られたことに安堵する。
私はメリッサ・シュミナイト。転生者でこの世界のヒロイン、の筈だった。
「……何だったのよ、さっきの。あの女が消えた途端、息苦しさはなくなったけどみんなして絶望したようになって」
愚痴ってるけど理由はわかる。私でも神伐者の話は知ってるし、『SHINING Life』にだってその単語はちらほらあったから覚えていた。転生してそれが人々を弄んだ神を討伐した人物の名前だっていうんだからね。でもそれが私の首を絞めている。
「くそっ。今日という日まで根回しと工作、味方もあって立てた計画が水の泡になったやじゃない」
5歳の頃、私は転生者であることを自覚した。もうすでに教会の孤児として生活をしていた。自分の名前を知り、境遇を知り、住む場所を知り――色々な物がここを『SHINING Life』の世界だと知った。その時、私は思った。自分はヒロイン。だったら成り上がってやろうと。王妃になれる、第三王子ルートでハッピーエンドを迎えてやろうと。
まず私が目指したのはこの世界の登場人物たちの情報だ。と言っても5歳の孤児が上級階級の人間の情報なんて得られる訳がない。だったらその為の力を手に入れる事を考えた。そんな時、1人の男に出会ったのが幸運だった。
この男は街の一角に縄張りを持つ闇商人のまとめ役の男だった。私に近づいたのも攫い奴隷として売るためだった。でも私は堂々と、この男に持ち掛けた。
『異世界の知識、欲しいとは思わない?』
男は半信半疑だったけど5歳とは思えない私に話だけは聞いて貰えた。私の持つ知識をいくつか提示し、そして私の目的を話した。年相応な部分もあった方が相手の警戒心も和らぐしね。それが効果を出して男――これから仕事のパートナーとなる彼との出会いだった。
私たちが最初に始めたのは資金繰りだった。情報を得るには人材が必要だけど雇うなり育てるなりにしてもお金がいる。しかも確実な情報を得るため確かな腕を持つ人材となるならひと財産以上の大金が必要だ。その為に私たちはこの世界にない商品を売り出そうとした。この世界にない物なら金持ち連中がこぞって買いに来る――なんて妄想は考えずまずは一般家庭に届く値段で、しかも露店で始めた。いきなり店で売り込むより、露店で始めた方が出所を誤魔化せるかと思ったからだし、何よりある程度の目処が付かない内だと真似されると思ったからだ。
そしてその予想は見事当たり、3年で王都でも名の知れた商会にまで急成長した。もちろん買収や妨害、危ないときは誘拐や暗殺なんかのトラブルにも見舞われたけどなんとか乗り越えて今日ここまで漕ぎ付けた。ちなみに代表は私じゃなくてパートナーの彼だ。今は会長と呼んでいる。最初は捨てられることも考えたけど私の知識がないと成長できない事を理解し、私を切り捨てる事態にならない限りは対等の関係でいてくれることを知って一安心した。その縁で私の住む教会に幾ばかりかの援助をして貰い、私は教会よりも商会にいる時間が多くなった。
それで忘れてちゃいけないのが情報収集の人材――諜報員を手に入れる事。収入から数人を雇う余裕も出来た事で会長に私の望みを実行に移すように進言した。会長は快く承諾した。もっとも会長には情報戦で優位に立つ事がどれだけ有益になるのかを経験させたからね。ただし私が指名したのは即戦力となるような人材じゃなく、老齢して引退した人材だった。会長も選んだ人材には難色を見せたけど最もらしい理由を述べた。
諜報員は商会自体で確保したいからその育成出来る人材がいいと。老いるまで生き延び続けた人材ならそれはうってつけだと。もちろん裏切るリスクもあるけど、外から雇用するより内で飼いならした方がそれは低くなるとも説明した。もっとも、力がないと判断されたなら裏切られる可能性もあると。会長はこれを力を持った者の腕を試されているのかと勘違いしてやる気を見せたけどね。
そうして私が希望する人材を探し出し、そして見つけ出した。10歳にして闇の世界に入り、40年近くも生き延びて引退した諜報員。しかし常に逃げ腰だった事で『小心者』と揶揄されて来た不遇の者。私はそんな彼を望んだ。
彼は深入りはしなかったが情報は確かに持ち替えり、そして多くの数を集めてまとめて価値ある情報を手に入れてきたのだ。この事は彼に直接依頼した人物を探してその評価をしかと聞いたからだ。私は暗殺なんか望まないし、元々暗殺者なんていらない。確実に情報を持ち帰る生還者が必要だった。
私としては骨が折れると思っていたけどこれがあっさりと私たちの下に来てくれることになった。なんでも引退後は暇だからそれを潰せるものを探していたそうだった。まぁ、思うところはあるけど簡単だったのは行幸と言うことかしらね。
そして更に1年半。この頃になると私は9もしくは10歳になっていた。本編に突入するまであと6年もない。しかし時間はまだ十分にある。
この1年半で商会も大きくなったし、そして『小心者』――はちょっと不名誉な感が大きいから私は老師と呼んでる。お爺さんだし、諜報員を育ててるからなかなか合ってると思う。そして老師はしっかりと育成に励み、着々と諜報員となる人材を育てている。そしてそれに私も参加していた。何が起こるかわからない未来。覚えられるものは覚えておく方がいい。
それに私はこの時点で主要人物たちの情報を手に入れていた。攻略キャラのほとんどはゲームと似た感じだったけど、2人だけ差異があった。
攻略キャラの1人であるヴィスム・ヘルズス。その妹にして悪役令嬢のミスティル・ヘルズスだ。
この2人、と言うよりこの2人の家であるヘルズス伯爵家は家族としての関係が冷めたせいでヴィスムは愛知らぬ冷血キャラでミスティルは陰険キャラの筈が兄は紳士的な少年でミスティルはミステリアスな少女と言うのが老師の育てた諜報員からの情報だった。この時点で私はこの2人のどちらかが転生者だと仮定して行動することにした。それでどういう関係を築くか考えていたが別の情報で私はミスティルには生贄になってもらうと決めた。
その情報は私の実父であるシュミナイト伯爵はヘルズス伯爵を目の敵にし、いずれは足を掬って自分が優位に立つ事を日々狙っていたというのだ。マジか、と思ったけど子供が出来ないから焦って庶子である私を社交界へ引っ張り出すくらいだからある意味で設定どおりなのかもしれない。そもそもゲームでもメリッサは『貴族なんて私には無理なのに……』っていう台詞をサイトの人物紹介でも載ってたしね。それに私の目的は攻略キャラの逆ハーレムじゃなく王妃への成り上がりエンドだ。だったら実家が目の敵にしている家には大きな一撃を与えた方がいい。案外、そう言ったのもメリッサの結婚を後押ししたのかもね。いやな裏設定、見ちゃったわね。でも曖昧だった計画が形になり始めたから良しとしとこう。
そして数年が経ち、私も15歳になったかならないかで父親であるシュミナイト伯爵に見つけ出されてそのままシュミナイト伯爵家の娘として迎えられた。そしてそれまでの間、私も密かに力をつけてきた。そして1年間の貴族の教育を受けて令嬢として最低限のマナーを身に着ける。それと同時に私はこっそり父親の情報を獲得し、それを元に更に情報を諜報員たちに集めさせて緻密な計画を練っていく。もちろん登場キャラたちの動向もしっかりとね。
そうして計画の成功率は徐々に上がっていく。数年掛かりの準備は確かな土台を築き上げていった。だたその途中、老師からは完璧な計画など立たないと苦言を貰った。加えてこの計画が失敗した際は商会や老師ら諜報員の繋がりを絶って国外逃亡しろとも。確かに策謀で王妃の地位を得るんだから万が一に失敗したらそうするしかないでしょうね。それにしても逃げるなら、メリッサ・シュミナイトは探させないようにしたほうがいいと決めた。
そして私は学園にやって来た。ゲームの様なヒロイン像はしないし、カマトトぶるなんて気持ち悪い。どんな形であれ、王子の心を手にする。幸い、ゲーム知識と諜報員からの情報で彼の心の隙間は把握している。彼に関してはミスティルとは関係ない、王族としての重責だったが幸いだった。これで婚約者の物だったら難しくなってたはずだ。
それから私は探偵モノの犯罪者よろしく、ミスティルが悪役令嬢としての立場を与えて私が新しい婚約者の地位を得るために行動した。ミスティルの行動を把握し、アリバイが成立しない場面で彼女の像を作り上げる。幾人かの子息令嬢の買収もあって証言は期待できない。もちろんうっかりそれ以外から綻びが出来ないように慎重に慎重を重ねた。
そして王子との関係も進展さて、そして影響力も考えて他の攻略キャラたちとも絆を高める。嘘と策で固めた絆とは、笑っちゃうわね。でもそんな中で驚いたのが王子はミスティルに対して恐怖に似た感情があった事だ。確かに彼女は王妃に相応しい素養がある。しかし考えていることが全く分からない。まるで違う世界を見ているかのように。この話で私は彼女を転生者と断定した。でも何か大きな動きもする事もなく、そただただ時間が過ぎていった。私も不気味さを感じえなかったが私が立てた計画に何ら支障もないからそのままにした。
そしてゲームでも婚約破棄される、新年を迎えるパーティーで最後の行動に出た。これですべてが手に入る。その、筈だったのだ。
それが今や自分に似た少女を身代わりに毒殺し、着ていたドレスと身に着けたアクセサリーを処分し用意していた装束に着替えて夜の王都を走る。でもなまじ諜報員と同じ特訓をした私は静かに、かつ大胆に屋根の上を移動していた。夜だし、しかも今は新年を空けて下はお祭り騒ぎで上なんて見る人はいない。普通に道を進むより走りやすいし邪魔もない。
不思議と哀愁や名残惜しさはない。愛着を抱くほどには親しんだとも思えない。私が関わったのは教会と商会、そして父親の家とその親しい貴族の家ぐらいだ。こうして振り返ると私はほとんど閉鎖的な世界の中だったようね。
「寂しい女ね、私って」
ドラマで言うなら私は悪い側の道を進んでいたのは自覚していた。わかってたのにすべてを失ってからだと惨めね。それにしてもミスティルがミストルなら私が犯した事は大きいだろうし、シュミナイト伯爵家は大きな咎を受けるでしょうね。ヒロインの父親の家の割にはキナ臭いこの上、この国のガンみたいなものだったし。今回の件で色々と力を失って、最悪取り潰しかしらね。でもこの国の政治には良い方向に転がったでしょうけど。
そろそろ王都の外ね。無法者たちが使う抜け道があるからそこに向かって急ぐ。音を鳴らさないように低く降りられる場所で路地裏に入り、人がいないか気配を察していない事を確認すると急いで抜け道に向かう。変な噂が流れないように姿は曝さないようにうまく躱し、そして無事に抜け道を通り抜けた。
王都の境界線を越えた外の世界は、広いと思えた。これから第二、いや第三の人生を――。
「お疲れさま~」
「ッ!?」
真後ろから声を掛けられて思わず振り返った。そこにあったのは、森の木々だった。
「はぁっ!?」
意味が分からなかった。さっき私は王都を出たばっかりだったのに、あるはずの建造物がなかった。すぐに正面を確認したらさっきとは違う光景があった。明らかに私がいた場所とは違う場所だ。
「なんで……」
「そりゃあね、あんたを移動させたからよ」
「ッ!! 誰ッ!?」
叫び、あたりを見渡しても声の主の姿は見えない。さらには気配も感じられない。まるで幽霊にでも遭遇したかのようだった。
「名乗りたくはない、けど私を知らないと話が進まないわよねぇ」
「何を言ってるのよ! 用がないなら黙りなさい!」
「私は、主様――ミストル様の側近。北の管理者の片割れよ」
すぐにでも移動したかったが、相手の正体を知り頭が一気に冷えた。ミストルの側近と言えば東西南北で世界を管理している、ミストルの次のこの世界で強大な存在の事だ。ここ、南はもっとも慈悲深い存在が管理しているが反対の南は双子の管理者だが南に住む者たちが暴れる度に天罰を下している存在だ。私たちの間では、北の管理者が最も危ないとされている。
その存在の片割れがここにいると知り、知識で知っていた分その絶望は大きかった。恐怖がないのは、覚悟はしていたから。
「用件は、わかるわよね?」
聞かれるまでもなかった。私がミスティル、ミストルを陥れようとしたことだ。ただ逃げる事を考えていた私だが、この可能性は頭になかったと言えば嘘になる。でも自分を誤魔化して頭から振り払い続けていた。
管理者は基本、自分たちの関する場所以外には干渉しない。南は南の管理者が行う。慈悲深い南の管理者なら問題ないと思っていた。それが外れ、こうして一番ヤバい相手に出くわしている。かといってこの事を告げても論破出来るとも思えなかった。
「ふぅん、だんまりね。失礼、よりも賢いわね。下手な発言をしたら自分の身が危ないと理解してるわね。頭のいい子」
あんたも自分が危険だと自覚していて何よりよ。
「だからこそ、残念だったわね。それだけ頭がいい子だから王妃の座を狙って色々と行動した。力を付け、味方を付け、武器を付けた。隙もなく、主様の冤罪を確実な罪に塗り替えようと断罪しようとした。成功していたでしょうね、|
相手が主様じゃなきゃね」
「……ッ!」
そうだ。まさにそうだった。私の計画は完璧だった。これ以上ないくらいに。でも失敗した。それはなぜか? 答えは簡単だ。
神の座に座ってる相手に、喧嘩を売ったからだ。
ただの人間だったら成功した。転生者だとしても成功していた。どんな後ろ盾があっても成功していた筈の計画だった。どんな事があっても成功以外はなかった流れだった。ただしそれは、この地上に住まう世界での話だった。
まさか、は今更だった。ごめん、で済む話でもない。許して、と出来ればこんな状況にはなっていない。これはまさに相手が悪すぎた。
「そう言えば聞きたい事ってある? この際だから聞いてあげるわよ」
「……なんで、パーティーじゃ見逃したの?」
つい、思わず質問を返していた。でもこれは純粋な疑問だ。
あの時、私を含めて誰もが動けずミスティルと管理者たちがいた。そして私はミスティルに冤罪を被せようとした。あの場で断罪されてもおかしくなかったはずだった。だからこそ追ってくる可能性も捨てきれなかった。そんな疑問を抱えていたからこその質問だった。
「ああ、それでね。どうでも良かったから」
「どうでも……?」
「主様はこの地上には全く興味はない。いや、手を下すことを毛嫌いしてるわ。だから主様は何もしないのよ」
不干渉を貫く存在、か。確か元々この世界にいた神は人の命を玩具の様に弄んだと伝わってる。それが事実か捏造か知る者は少ないけど誰もが事実を思っている。私もどちらかと言うとそう思っている方だ。
「でも、私は許さない。十数年前、人として一度生を送りたいと願って転生した主様を陥れようとしたお前を。私の主が、私の半身が、私の同胞がお前を気にも留めなくても、私はお前を見る。お前が塵のような虫だったとしても、かつて遊戯に耽る最高存在だったとしても断罪する」
「………わかりました」
俯いて、自然と受け入れた。取り乱して襲い掛かったとしても断罪の質が上がるかもしれない。逆にすぐに殺してくれた方がいいとも思える自分がいるのは、自分でも想像できない事になるだろう。
でも、生きてさえいれば次が――。
「グッ!?」
突然、お腹に不快感が生まれた。思わず両手で抑えているが楽にならない。いや、この感覚はまるでお腹の中を文字通り手で弄られているような感覚だ。
「はい、呪い定着よし」
そしてまた聞こえた声と同時にその不快感は消える。でもさっきの言葉で不吉な予感しかない。
「実はね、私の管理する北のある一帯が危なくてね。生息している個体の総数が減ってきてるの。あまり減り過ぎると他の地帯に悪影響が出来るの。だから、増やしてくれる母体か何かが必要なのよね」
「ッ!?」
その話だけで何をさせようとしているのか理解した。正直、考えただけでも気分が悪くなる。逃げたい。いや、寧ろ死にたい。そんな未来が待ってるなら今ここで。すると行動は早く、腰に隠したナイフを手にして。
「自決は出来ないわよ。死んだら罰にならないしね」
その言葉通り、手にナイフを持ってもその刃で自分の首を切り裂くことができない。まるで誰かに押さえつけられているかのようだった。
「でもま、それ以上は面倒だからこれを回避するなら自分の力で逃げ切りないさいよね。あ、ちなみに捕まっても体は肉体的に壊れる事はないから。寧ろ最盛期を保つわ。そうでもしないと壊れたいそうだし」
嬉しくないわよ!!
「と言う訳で、頑張って生きてね~」
「ま――」
別れを告げる言葉が耳に届いて思わず呼び止めようとしたけど気配はすでに消えた。その直後、周囲に感じる数多の気配。近くじゃないけど、それでも身に背まる距離だ。
「………クソォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
どうしようもなくなった現実に、叫ぶことしかできなかった。
………………………
………………
………
「個人で手を下したなユルムル」
「はい。きっかり、酷い末路に転がしました」
「理由は?」
「私が許せなかっただけです」
「そうか」
あのパーティーの出来事を話し、そして終わってみれば消えていたユルムル。でもこうして何事もなく戻って来たから馬鹿正直に俺は尋ねた。帰ってきた答えは予想通り。メリッサを断罪してきたのだ。俺は気にしなかったが、してしまったなら仕方がないだろう。
「それにしても、彼女は何だったのでしょうね?」
「ああ、メリッサは異世界からの転生者だ」
「ほぉ、異世界人ですか」
ああ、その通り。懐かしい響きだよな。あのクソ神の配下には異世界から召喚された者もいたからな。まぁ俺たちが討伐して以降は一切の干渉も気配もなかったわけだ。今回の事が起きるまでは。
「メリッサ――彼女に転生した異世界人の記憶を覗いたんだが、この世界はTVゲームと言う仮想世界として認識していたらしい。でもそれでもここを現実とし、その上で仮想世界と同じように王妃として成り上がろうとしたんだ。もっとも同じになる筈がないと色々と工作やらなんやらと、隙の無い包囲網を築き上げてたんだ。本来だったなら、俺は冤罪を着せられメリッサが王妃になってだろう」
「本来なら、という事はそれだけ成功率が高い状態だったのですか」
「そういう事。でも唯一の誤算だったのが」
「主様が前世の記憶を持っていた、事ですね。ですが、その記憶はおおよそ死の間際で目覚めるはずでしたよね。なぜこうも早い時期に?」
「ああ。お前がいない間に皆と検討したが、どうやらこれは異世界人の転生が関わってたみたいだ」
「はい? ――ああ、なるほど」
気づいたみたいだな。
俺は神じゃないが、あのクソ神の座に座っている存在。本来なら第二の神となるだろうが俺としてはそう名乗りたくないから神伐者と認識させたけどな。そうである以上、世界の異変と言うもには敏感だ。何らかの異変、例えばこの世界の物じゃない存在が混ざったりとかな。
メリッサの記憶を覗いた限り、彼女が記憶を取り戻したのは俺とほぼ同じ時期だった。つまりは彼女がいたからこそ俺もミストルとして自覚した訳だ。これを知った時は、なるほどと思ったぐらいだった。当時は疑問に思わなかったし、手違い程度に考えてたからな。
「この話はここまでにしようか」
「わかりました。――では失礼しま―――――っすぅ!!!」
話を終わらせた途端、ユルムルが飛びついてくる。服を脱ぎながら。こいつも相変わらずだな、と言いたいところだが。
「断る」
「じゃふっ!!」
俺と飛びつくユルムルの間に力を使って出した透明の壁で防ぐ。あ、変な顔。
「うん、アクーラー」
とりあえず回収してもらうと弟を呼ぶ。俺が呼びつけると、ものの数秒でアクーラが姿を見せる。
「お呼びですか?」
「これ回収してくれ」
「…………こんな姉で申し訳御ざません」
「気にしてはいないし、埋め合わせはするさ。でも今晩は1人でいたい」
「わかりました」
何も聞かず、黙ってアクーラはユルムルとその服を回収して姿を消した。
再び1人になった俺はその場で寝転がり、目を閉じる。思い浮かべたのは今日までの記憶と思い出。楽しい事も面白い事も、悲しい事も苦い事も、一片一片欠けずに残ってる。
「お父様、お母様、お兄様……」
かつての俺は家族はいなかった。仲間がいて、盟友がいて寂しい事はなかった。でも家族の温もりに憧れた。そんなものを望んで俺は転生した。
その先で望んだ家族が冷めてたのは不幸だったかもしれない。だから俺は行動し、本音をぶちまけ、そして正体を告げた。例え自分を家族として見てくれなくてもこの人たちは家族であってほしいと願ったからだ。
でもあの人たちは俺を受け入れた。神伐者ではなく家族の一員としてくれた。それだけで俺の望んでいた温もりは手に入り、満足していた。
「黙って、来ちゃったんだよなぁ……」
後日に言いに行けるだろうが本当はすぐにでも会って事情を話したかった。でもあの場を覆さなきゃハウルド殿下の将来、暗くなったかもしれなかった。覚えもなく、そして口論では来るがえせないという勘があった。盲目して真実が見えない王子がこの先、どうなるかなんて大体は想像できる。
だから曝した。自分の存在を理解しているからこそ、誰もが真実を告げらせるように。そうすれば王子の失態も幾分かは軽くなるだろうと思って俺は正体を告白した。
家族と、元婚約者。どんな形であれどっちも俺にとっては大きな存在だった。
「はぁ、俺も未練がましいなぁ」
それだけ、俺は愛してたんだから。
あらすじ、前書きで言いましたがどう考えたって後付けにしか見えないよね。ごめんなさい。
構成に関しては「大舞台」の前後編をやって「舞台終了」の終編としてまとめてました。連載で良くクライマックスを前後編に分けて最後、エピローグを語るような感じを短編でやってみました。
そしてこの作品ですが、多くの婚約破棄の物語でふと「例えば、完全犯罪のように状況をひっくり返せない状況でひっくり返す事ってできるかな?」と思って考えた作品です。考えて考えて、結論として「主人公は世界でもっとも尊ぶべき存在だった」と言う結論です。それなら仕方がない、くらいの存在を入れるしかなったのは私の想像不足ですね。
後日談の投稿は今のところ、予定はありませんが内容としては登場キャラたちがその後どんな感じになったのかを投稿します。