数える
「はぁ~」
休み時間、自分の席につきながら、私は、長いため息を吐き出した。
机の上に置いた手が握っているのは、先月おこなわれた中間テストの成績一覧表。
「はぁ~」
「ん? なになに? 田川さん、暗い顔して?」
隣の席から長村くんが明るく声をかけてくれる。いつ見ても朗らかで楽しげな長村くん。きっと、生きていても、今の私みたいにため息のひとつでも吐きたくなることなんてないのだろうな。
「長村くんは、中間どうだったの?」
「ん? オレ? まあ、ぼちぼちかな」
「ふ~ん。そうなんだ、よかったね」
「ううん。別によくはなかったんだけど」
「そ・・・・・・」
気のない返事をして、もう一度、手の中の成績表に視線を向ける。
「はぁ~」
こうして眺めていれば、何か宇宙的な力が働いて、成績がアップするなんてないかなぁ~
なんて現実逃避ぎみに妄想してみるけど、もちろん、そんなことは起こるはずもなく。
「はぁ~」
――くふふふ
隣からヘンな笑い声が。ちらりとそちらを見ると、長村くんが私のことをニコニコしながら眺めてる。
「なによ?」
「いや」
「ふんっ!」
思いっきり顔をしかめて見せる。
それに対して、長村くんは苦笑を浮かべて、前を向いた。
また成績表に視線を向ける。
――ああ、なんで私、こんなに成績悪いんだろう?
手の中の悲惨な数字の羅列を眺めながら、悲しい気持ちになる。
「数学ダメだし、英語もダメ。国語は、なんとか平均点だけど、社会も理科も壊滅的かぁ~ あ~あ」
嘆きの声がどうしても口から漏れる。
「お料理も得意じゃないし、お片づけも上手じゃない。友達も少ないし、明るい性格でもない」
口の中で、自分のダメなところをどんどん呟いていく。そしたら、ますます気分が落ち込んで、
「カレシもいないし、可愛くもないし、胸もないし・・・・・・」
「そうか? 結構、ある方だと思うけど?」
突然、隣から声が。
「えっ?」
驚いて顔を向けると、ニカって笑う顔がこっちを向いていて・・・・・・ って、も、もしかして、今の私の呟き聞かれてた?
「な、なに、ひとの独り言聞いてるのよ!」
「あ、わりぃな。けど、まあ、結構大きな独り言だったし」
な、なに!
慌てて、周囲を見回す。幸い、私のそばには長村くんしかいなかった。他にはだれにも聞かれていなかったようだ。
ホッとして安堵の息を吐いていると、
「そんなことよりさ、そんな風に自分のダメなところを数えていたら、突然できるようになったりするの?」
長村くんがとても不思議そうに訊ねてくる。もちろん、私は首を振る。
「そっか、よかった」
「なにがいいのよ!」
「え? そりゃ、ダメなところ数えてればできるようになっちゃうなら、ラクじゃん」
明るくカラリというので、全然、そんな風には感じないけれど、でも、これって明らかに私のことを馬鹿にしているよね?
多少ムッとしながら、どう返事をしようか考えていると、
「やっぱ、どうせ自分のダメなところを数えるなら、今は出来なくても、いつかはできるようになりたいことを数える方がいいじゃん?」
同意を求めるように、私に笑いかけてくる。
「そ、そりゃ、まあ・・・・・・」
「やっぱさ、オレ、数学もっとできるようになりたいし、英語ももっと話せるようになりたい。国語も社会も理科も平均点ぐらいはとりたいよな」
「・・・・・・」
「野球とかサッカーうまくなりたいし、試合に出たいし、だれとでも仲良くなりたい」
成績は私とどっこいどっこいだけど、今でも十分にスポーツマンだし、友達多いくせに!
「背も高くなりたいし、可愛い彼女もほしいな。それで、彼女が隣で悲しい顔しているときにさ、ジョークとか言って笑わせてあげたい」
真剣な眼をして私を見つめながらそんなことを言うものだから、一瞬、心臓がトクンと跳ねる。
けど、直後に、
「って、もしかして、今の、スゲー格好よくなかった? 王子様っぽくなかった? うわっ、ど、どうしよう。やべぇ~ また女の子に惚れられちゃうよ。マジで」
って、なによ、そのVサイン。ウィンクまでつけてさ。
「ふ、ふんっ!」
鼻を鳴らして、前を向く。なによ、まったく! 今の一瞬のときめきを返せ!
「はぁ~」
「くふふふ」
「はぁ~」
隣から伝わってくる上機嫌な笑い声に対抗するように、意地になってため息連発。
「はぁ~」
「くふふふ」
ともあれ、チラリと視線を向けたら、向こうもこちらをチラチラ見ているのに気がついたので、思い切ってそちらに顔を向ける。そして、鼻にシワをつくってベェ~と舌を出す。
「くふふふ」
「ふんっ!」
それから、隣の自称王子様に、彼の未来のお姫様代わりに今のみじめな私が白い歯をチラリと見せてあげた。
頭の中で、できたらいいなを数え上げながら。