合格発表
時間になった。
期待と不安のこもったまなざしで俺たちが見つめる中、職員が掲示板にかけられているシートを剥ぎ取る。合格者の受験番号が俺たちの前に現れる。
――A-563、A-563
俺は、自分の番号を念じつつ、550番台のあたりを探して、順番に下へ視線をずらしていく。
――554、557、558、560
心臓が激しく脈打つ。喉がカラカラになる。
――561、563、564・・・・・・
・・・・・・っ!
手元の受験票をもう一度確認。
『A-563』
そして、視線を上げて、掲示板。
『A-563』
あ、あったー!
「よしっ!」
周囲に人がいるのも構わず、思わず、小さくガッツポーズしてしまった。
「うくっ、ひくっ、ひっく・・・・・・」
突然、俺の背後から女子の嗚咽が・・・・・・
って、もしかして、今、喜んでガッツポーズしたせいで、肘が当たった?
うっ、ど、どうしよう?
泣きだすほど痛かったのかよ?
俺、そんなに力をこめてガッツポーズした覚えはないのだが・・・・・・
とにかく、謝ろうと背後を確認する。
でも、振り返った俺の眼に入ってきたのは、サラサラのつやめく髪の毛に囲まれたつむじだけ。
「ひっく、うっく、ふっく・・・・・・」
嗚咽が聞こえてくるたびに、目の前のつむじが前後に揺れる。
ふと、視線を感じて、周囲を見る。
一瞬、俺の中で、周囲から白い眼でにらまれているイメージが浮かんだ。けど、違った。
周りにいるみんな、口元をどこかほころばせながら、あるいは、きつく引き締めながら、気遣わしげな様子で、俺の背後の少女を眺めていた。
えっと? これって?
気がついた。
そうか、、みんな、この子が俺にひじ鉄食らわされて泣いているんじゃなくて、入試に失敗したから泣いていると思っているんだ。
というか、普通、そうだよな。大体、さっきのガッツポーズの時だって、俺の肘に何かとぶつかったような衝撃を感じなかったし。
うん、きっとそうだ。別に俺がこの子を泣かせたわけじゃない。うん。
自分自身を安心させるように、心の中で言い聞かせ、もう一度、前を向いて、受験番号を確認。
うん、やっぱり、A-563ある。掲示板にちゃんとある。
俺は、第一志望に合格できたんだ。
やったー!
「ちょ、ちょっと、チーちゃん、大丈夫?」
背後に女子の声。多分、さっきの女の子のツレかなにかだろう。
「ひっく。うく・・・・・・ う、うん、大丈夫だよ」
「ホント? ちゃんと学校へ帰れる?」
「えっ? うん。大丈夫だよ、それぐらい。うっく・・・・・・」
「そ、そう? なんなら、私、向こうで手続きしてくるから、それ終わるまで、あそこのベンチで待っててくれる? 一緒に学校もどろ」
「ん? どうして?」
「え? あ、えっと、私、合格したから」
どこか遠慮がちの小さな声。
そっか、友達の方は合格しちゃったんだね。これは、さらに落ち込むわ・・・・・・
「へぇ、そうなの。良かったね。ひっく」
「うん。ありがとう」
「じゃ、また4月からトモちゃんと一緒の学校だね」
「・・・・・・?」
・・・・・・ん?
なんか、ヘンなことをこの子言っているような。
チラリと、周囲を見回してみると、みんなも戸惑っている顔で、背後の二人の会話に耳を済ませている。
「ん? 私、なにかヘンなこと言った?」
「え、えっと・・・・・・」
「ひっく。ほら、A-557。私も合格したんだよ」
「「「・・・・・・」」」
沈黙が周囲に満ちる。
「って、な、なんで? なんで、黙っちゃうの?」
「あ、当たり前でしょ! あんたが、急に泣き出したから! だれだって、落ちたと思うじゃない! まったく、この子は!」
「イタッ、叩かないでよ! もう!」
「『もう!』って言いたいのはこっちよ。うれしいなら、うれしいで、あんな派手なうれし泣きしないでよ! 心配するでしょ!」
「ひっく、ん、ごめん」
「もう、この子ったら」
多分、背後の気配では、二人の少女、抱き合って喜び合っているんだろうな。
周囲のみんなもどこか涙目で、あたたかく微笑んでいるし。
と、ついつい俺の両手が動いて、打ち付けあう。拍手。
――パチ、パチ、パチ
それに釣られたか、隣の眼鏡も、さらに、お下げの子も。
俺からはじまった拍手は、すぐにその場にいたみんなに広がり、掲示板の前は拍手の嵐に包まれた。
「え? な、なに?」「え、え?」
ビックリしている二人の少女たちを取り囲むように。
30分ほど後、すでに掲示板の前には、二人の少女の姿を残して人だかりは消えている。
「ふぇ~ん・・・・・・」
「ほら、チーちゃん、いい加減行くわよ。手続きしてこないと」
「うぇ~ん・・・・・・ ひく・・・・・・」
「もう、まだうれし涙止まらないの?」
「ち、違うもん」
俺は、合格の手続きを終え、掲示板のところまで戻ってきたところだった。
まだ、やってるんだ。
合格したうれしさのあまり、舞い上がっていた俺は、妙なテンションのまま、ついつい二人に声を掛けてしまった。
「二人とも、合格おめでとう。でも、そろそろ手続きしにいきなよ。みんな手続きが終わったと思って、職員の人たち、帰っちゃうよ」
一瞬、困惑した顔の少女と眼が合う。
「あ、ありがとうございます。ご親切にどうも」
「いえいえ」
「ほら、いこ、チーちゃん」
「ふぇ~ん・・・・・・」
両手で顔を覆って首をフルフル振っているばかり。
「う~ん」
隣の少女も困り顔。
仕方ないな。いつもならこんなことしないけど。
「ほら、君もうれしいからって、そんなに泣かないでさ」
親切に手を差し伸べて見たのだけど、それを見もしないで、首をフルフル・・・・・・
「ち、違うもん! ひく。私、全然うれしくないもん!」
両手の間から、そんな言葉がもれてきた。
「え? なんで?」「え? どうして?」
トモちゃんと声が重なってしまう。
「達也くんが、達也くんが、ふぇ~ん、あっちの第一志望に合格しちゃったんだよ。一緒に同じ学校へ通う約束だったのにぃ! え~ん・・・・・・」
そういって、手の中の携帯の画面を俺たちに見せた。
『ワリ~ 俺、合格。やっほ~い!』
なんていう文字が躍っている。
「達也くん、私と別れることになっても『やっほ~い!』なんだ・・・・・・ ひっく」
「あちゃ~」
「私、ずっと楽しみにしてたのに。達也くんと一緒の学校へ通うの。ずっと」
俺とトモちゃん、視線を交わして、肩をすくめることしかできなかった。
って、ずっと泣いてたのって、男と別れることになったからかよ! ったく!
「ごめんなさいね」
俺の内心が、顔に出ていたのだろう。トモちゃんが代わりに頭を下げてくれた。とても疲れたような表情を浮かべながら。
「ああ、いいよ。いいよ。あははは」
苦笑しか返せなかった。
桜の咲く季節の入学式。
式に出席した俺は、校門の前で記念撮影。生まれて初めてできたカノジョと並んで一つの写真におさまる。
「これから、よろしくね、俊和さん」
「ああ、こちらこそ、と、朋香」
そんな俺たち二人を見つけて、満面の笑みを浮かべた少女が駆けてくる。
「あ、トモちゃん、トシくん、いたー! もう、探したよ!」
「あ、ごめんなさい」「すまない」
「もう、まったくだよ。式場からいつのまにかいなくなってたから、心配したんだよ。ホント、ヒトに心配かけて。この恋愛中毒のバカップルめ!」
俺たちは、くすぐったい表情を浮かべて、お互いをチラリと見やる。その様子を憮然とした顔で眺めていた少女、気持ちを切り替えるように、一つ首を振る。
「フンだ! ね、それより、さっき、向こうですごく格好イイ男見かけたよ。他にも、式の間に何人もみつけたし。結構、イケメン率たかいよ、ここ。ね、私、この学校に来てよかったぁ」
そういって、足取りも軽やかにチーちゃんは駆けていった。そして、その背を見送りながら、俺たち二人は、ただ苦笑を浮かべているしかなかった。