長い髪
学食のカフェテラスの大きな明かり取りの窓近くの席に座り、私と駿くんは並んで休憩していた。
外は木枯らしが吹いていて、窓の外に見える学食前の道の並木の枝がしなり、カサカサと音を立てて、枯葉が路面に敷き積もる。
「すごい風だね」
「ああ」
「すごく寒そう。すっかり冬だね」
「ああ」
「って、どこ見てるのよ。あの子、スカートの端をしっかり押さえてるから、見えるわけないわよ」
「な、なに言ってんだよ・・・・・・」
ふふふ、動揺してる。ビンゴだったみたい。さっきから、生返事ばかりしてたバツだ。
駿くん、すばやく周囲を見回して、さっきの私の発言が周りの人に聞かれていないか確認してるし。もちろん、斜め後ろの女の子グループがクスクス声を殺して笑ってるの見つけて、赤面。
照れ隠しか、私に話を振ってきた。
「愛奈? それはそうと、愛奈って髪短いじゃん?」
「え? うん」
「伸ばしたりしないの?」
「ん? なんで?」
「え? だって・・・・・・」
まただ、男子ってなんでこう髪の長い女の子が好きなんだろう?
髪が絡まってうっとうしいし、重たいし、手入れが面倒だし。全然、いいところなんてないのに。
「だってさ。こういう日に、風にいたずらされて、吹き散らされる髪を押さえてる女って、すげー美人っぽいじゃん?」
「・・・・・・はぁ~」
思わずため息。
「ほら、なんかこう色っぽいというか、絵になるというか・・・・・・」
「あのね。そんなのは、銀河鉄道を少年の夢と一緒に巡りまわってる黒服鉄子さんの見すぎよ!」
「黒服鉄子って・・・・・・」
「こんなに風が強いときに、髪をバサバサ煽らせるなんて、そんなのロクな女なんかじゃないわ」
「・・・・・・」
「風が強いなら、くくるなり、編むなり、まとめるなり、なんなりすればいいのよ。なんなら、おダンゴにしたって」
「それじゃあ、髪が風に・・・・・・」
「おだまりッ!」
「は、ハイ!」
口を挟もうとしてきた駿くんの口をピシャリと閉じさせて、
「それに、風が強いって、それだけホコリが舞っているってこと。そんな中で髪の毛をバサバサさせていたら、すぐに髪の毛の中、ホコリだらけでドロドロジャリジャリになっちゃうわよ」
「・・・・・・」
「駿くんは、そんなホコリだらけの女っていいの? 彼女にするなら、ホコリだらけの不潔な女がいいの?」
「う、うう・・・・・・」
「風の強い日に髪をバサバサさせている女なんて、何も考えていない頭空っぽでガサツで気の利かないバカ女なのよ」
「・・・・・・」
大学入学を機にこの町に来るまで、ずっと好きだった人。
その人が好きだというので、高校時代ずっと髪を伸ばしていた。そして、毎日時間をかけて手入れをしていた。だから、彼は私の髪を綺麗だと言った。
けれど、それだけ。卒業するまで、全然、彼は私の気持ちに気がつかなかった。
彼にとっては、私は、ただの友人の一人。髪が美しく長いだけの女。
気がついたときには、彼の隣に別の女がいた。
私よりも髪が短く、私よりも手入れが行き届いていない髪。
彼女が私よりも彼のことを思っていたなんて思わない。ううん。むしろ、私の方がよりずっと・・・・・・
けれど、彼が選んだのは彼女だった。
私が髪の毛のケアに時間と労力をとられている間に、彼女は彼のことを気にかけて、彼のことをより考えていたのだ。
「とにかく、髪の長い女なんてロクな女なんかじゃないわ!」
「・・・・・・で、でもなぁ」
「いこ、そろそろ教室へ行かないと遅刻するわよ」
「ああ、行くか」
「うん」
私は、髪を切った。彼が褒めてくれた髪を。
多分、今のこの人も、あの髪なら褒めてくれていただろう。綺麗だとささやいてくれただろう。
でも、もう二度と私は髪を伸ばさない。髪の手入れにこだわらない。
この人のために。今も私に笑いかけてくれている君のために。