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こたつ

前回の更新が六月で、半年以上ぶりです。

気になってたんだけど、なかなか時間がなくて・・・・・・ ちょっと反省。

とりあえず、2012年の冬から2013年の前半に書いた作品をいくつか選んでみます。

「ただいま」

 玄関のドアを開け、靴を脱いで家の中へ上がっていった。

 いつものように、一度、台所をのぞいて、水道水をグラスにそそいで飲み干す。

 足元のトムの皿は、すでにエサの時間がすぎているというのに空っぽのままだ。だから、戸棚からいつものドライフードを取り出して、補充しておく。

 それから、廊下の突き当たりにある階段を上り、僕の部屋で着替え、帰りに買ってきた漫画雑誌を抱えて、一階の居間へ向かった。


「お邪魔してます」

 居間のふすまを開けると、中から前にも耳にしたことがある可愛らしい声が聞こえてきた。

 中学生の妹の親友で、たしか名前は・・・・・・浜島はるかちゃんだったかな?

「あ、ども・・・・・・」

 すこし、緊張しながらも、居間の中へ入っていく。だけど、そんな僕に刺すような冷たい視線を投げかけながら妹が、

「なによ? あんた、こたつに入る気? 信じらんない! このド変態!」

「はぁ? なんでそんなこと、お前に言われなきゃいけないんだよ!」

「見ればわかるでしょ! こたつ今、あたしたちが勉強で使ってるの! マンガぐらい、自分の部屋で読みなさいよ!」

「ったく! なんで、僕があんな寒い部屋でマンガ読んでなきゃいけないんだよ!」

「ストーブとか、ホットカーペットつければいいじゃない」

「なに言ってんだよ。それ全部、昨日、寒くなったからって、お前が僕の部屋から奪っていったくせに!」

「う、うるさい!」

「ったく!」

「と、とにかく、あんたはどっか行け! しっ、しっ!」

 野良犬でも追い払うかのように、妹は僕に手を振る。って、相変わらず自分勝手なヤツだ!

 そういう扱いを受けると、反発心がむくむくと湧きあがるもので、意地でもこたつに入ってマンガを読んでやりたくなる。

 それに、我が家にはこたつは居間のこの一台しかないのだ。当然、このこたつは妹専用のものではなく、家族全員の共有物。僕にだってこたつを使う権利がある!

 居間の中に一歩踏み出す。

 妹が僕のことを睨んでいる。呪いをかけるような視線で。

 とにかく、こたつを使う権利が僕にはあるはずだ。

 さらに、一歩、こたつに近づく。

 妹の唇が、呪詛の言葉をつむぐようにかすかに動いている。

 こ、こたつを使う権利、僕にもあるよね?

 震える足で、もう一歩。すぐ足元にこたつ布団。

 妹が牙を剥く。

 お、お願いします。部屋が寒いので、こたつ、僕にも使わせてください!

「美優ちゃん、おにいさんにもこたつ使わせてあげようよ。ねっ?」

 見かねたはるかちゃんがとりなしてくれた。ホント、はるかちゃんっていい子だ。

「中で、あたしやはるかの足に触ったら、ぶっ殺す! フンッ!」

 結局、妹が不満顔でそっぽを向く間に、恐る恐るこたつに足を突っ込む僕だった。


 こたつは暖かかった。

 あまり暖房が効いていない教室で一日をすごし、その後、吹きさらしの帰り道を延々と歩いてきた僕の体、すっかり冷えきっていて、この暖かさにホッとする。

「はぁ~」

 思わず、安堵の吐息が口からこぼれる。

「ふふふふ」

 はるかちゃんが、鈴の鳴るような笑い声を漏らす一方、

「チッ!」

 妹のヤツは舌打ち。

 いいだろ、別に。本当に体が冷え切っていたんだから。僕の腕とか触ってみろよ。氷みたいだぜ。さっきのままじゃ、確実に僕、凍死していたはずだ。

 そんな僕に向かって、

「あんた、こたつに入れてあげたんだから、気ぃぐらい、利かせなさいよ!」

「はぁ?」

「あたしたちにお茶ぐらい入れなさいって言ってんの!」

 そう言いながら、僕の足を蹴ってくる。

 って、今さっき、こたつに入ったばかりだってのに、本当に、寒くて死にそうだってのに。どこまで薄情なんだ、こいつは!

 とはいえ、はるかちゃんの楽しそうな微笑を目にしたら、お茶の一杯ぐらいふるまってあげたくなるもので。

「はいはい。分かったよ。お茶、入れて来ればいいんだろ」

 僕はしぶしぶ立ち上がった。

「あ、私、手伝います」

「いいよ、はるかはお客さんなんだから、座ってなよ。こいつに全部やらせればいいから」

「でも・・・・・・」

 困惑顔のはるかちゃん。うん、ホント、天使がここにいる!

「ああ、いいよ。座ってて。大丈夫だから」

 多分、今の僕の顔、鼻の下がだらしなく伸びているかも。

 そんな僕の顔に向かって、実の血を分けた悪魔めは、

「フンッ! さっさと行け!」


 人数分の湯飲みを盆に載せ、気を利かせて、煎餅の袋なんかを添えて天板の上に置く。

「ありがとうございます」

 そういって、恐縮している様子で目の前の湯飲みをとるはるかちゃん。一方、無言で自分専用の湯のみに手を伸ばす妹。全然かわいくない。

 だいたい感謝の言葉のひとつもないのか? こんな寒い中をお前たちのためにお茶をいれてきてやった優しいお兄様にさ? まあ、そんなこと最初から期待してはいなかったけど・・・・・・

 ため息を一つこぼして腰をおろし、ようやく僕もこたつに入る。

 やれやれだ。

 妹たちは、それから、こたつの上に広げた教科書やノートを真剣な眼でのぞきこみ、分からないところを訊ね合いながら、あれこれと文字や記号を書き連ねていく。

 その横で、僕はマンガ雑誌を広げて、眼を通していく。

 時間はゆっくりと流れて、表面上はおだやかな空気が居間の中に漂っている。

 でも、実際のところ、足が窮屈だ。

 正直、僕としては、もっと足を伸ばしたいのだけど、そうすると、妹やはるかちゃんの足とぶつかってしまうかもしれない。もし、そんなことになると、妹たちになんていわれるか。考えただけで、ゾッとずる。

 そうなるぐらいなら、多少の足の窮屈さぐらい我慢する方がまだマシだろう。

 うう・・・・・・


 しばらくして、お気に入りの連載作品のページを広げ、その奇妙で愉快な世界に没頭していると、不意に視線を感じた。

 顔を上げる。

 はるかちゃんと一瞬眼が合った。だけど、すぐに、はるかちゃんが視線を逸らす。

 えっと? なんだろうか?

 その後すこしして、見るとはなしに見ると、はるかちゃんの口元がかすかにほころんでいる。頬に赤みも差してきたような。

 う~ん? どうしたのだろう?

 ともかく、マンガに集中集中!

 だけど、チラチラと僕の様子を窺っている気配がする。おかげでマンガに集中できない。仕方なく視線をはるかちゃんに向けるのだけど、真っ赤な顔のはるかちゃんは、僕の視線を避けるようにしてうつむく。

 なんか、すごく気になる! なにか僕、はるかちゃんにした?

 ゾクリッ――

 急に寒けが。妹の方から冷気が吹き付けてくるような。

 恐る恐る盗み見ると、妹のヤツ、夜叉の形相で僕を睨んでいた。

 ご、誤解だ! 僕は、なにもしていない!

 直後に、思いっきり脛を蹴られてしまった。


 妹たちは勉強が終わった。僕の方もとっくにマンガ雑誌を読み終え、煎餅をつまみながら、勉強道具を片付ける妹たちをボーっと眺めている。

「あ、私も一枚いただきますね」

 はるかちゃんが、そう礼儀正しく言いながら、煎餅を一枚取りあげる。

 それから、それを小さな手の中で一口サイズに割って、小さめの口に含む。僕に見られていることにはにかんで、はずかしげな微笑を送ってきてくれる。

 うわっ! すげぇ~、かわいい!

 思わずギュッと抱きしめたくなる。けど、妹がジト眼で睨んでいるし・・・・・・

 なんとか引きつった笑顔を返すだけにとどめた。

 そんな中で、妹のヤツ、ずっと我慢していたとかで、トイレへ。

 うう・・・・・・ 今、居間にははるかちゃんと僕のふたりっきり。気まずい。

 大体、妹の親友なので、何度か遊びに来たことがあって、顔を合わせたことはあるけど、接点はそれぐらい。今までまともに話したことも、話しかけたこともない。どうすればいいんだ、これ?

 と、

「うふふふふ」

 はるかちゃん、不意にちいさく笑い出した。

「えっ?」

 はるかちゃんは、上目遣いに僕を見つめてくる。

「お兄さんって、結構、大胆でいけない人なんですね?」

「えっ? えっと・・・・・・?」

 はるかちゃん、なにを言っているんだろう?

「だって、こたつの中で、ずっと私の足をさわっているんですもの」

「・・・・・・!」

 そ、そんなバカな! 僕、そんなことしてない!

「今日のこと、美優ちゃんには黙っていてあげますね。その代わり・・・・・・」

 そう言いながら、妖しい雰囲気を漂わせながら、ポケットからケータイを取り出す。思わず、釣られて、僕も自分のをポケットから。赤外線でアドレスを交換。

「美優ちゃんには秘密にしますね。うふ」

 天使の唇から小悪魔な声。でも、どこか、かすかに震えを含んでいる。

 呆然とはるかちゃんの様子を見ていたら、偶然、真正面から見詰め合うかのようになってしまった。途端に、僕の視線の先がバラ色に染まっていくのが見えて。

 プイと顔を背けられてしまった。でも、その横顔はずっと赤いままで。

 と、ともかく、僕は、今日、今までほとんど会話を交わしたこともないような可愛い女の子とアドレスを交換してしまっている。こんなこと、生まれて初めてだ。こんな幸運なことって・・・・・・

 天にも昇る心地というのは、ただの誇張表現だと思っていたけど、本当にあったことだったんだ!

 僕は、ただただ、信じられない思いで立ち尽くしていることしかできなかった。足が宙に浮いていて、踏ん張っていないと、すぐに腰から崩れ落ちてしまいそうだ。

「お兄さん、今晩、メールしてもいいですか?」

 はるかちゃんがどこか遠いココとは違う世界でボソッとつぶやいているのが見える。

 それに対して、僕は、壊れた人形のように何度も何度も首を縦に振っているだけだった。



 はるかちゃんは、家へ帰っていった。

 表まで見送る妹と僕に小さく手を振って、夕焼けの中、歩み去っていく。

「ホント、可愛い子だよな」

「チッ! キモッ! 死ね!」

 心の底からの感慨を込めつぶやく僕の横で、妹が何度も舌打ちしているのが聞こえた。

 居間へもどる。妹は、これ以上、僕と一緒に居たくないと自分の部屋へ上がっていった。だから、もうこたつは独り占め。なんの気がねもなく、足を伸ばしてこたつに入れる。

 ヤッハーだ!

 さあ、座って足をいれよう!

 だけど、僕の見ている前で、こたつ布団がひとりでに盛り上がり、毛むくじゃらのものが、その下から現れた。そして、僕を見上げて、甘えるような一声。

「ニャーン!」

『腹ペコだ、エサくれ!』そう鳴いているのだろうか? それとも、さっきからエサくれの合図を送っているのに、なんで応えてくれないんだと文句を言っているのか?

 すべてを悟った。そして、手を伸ばして、その背を撫でてあげる。

「そっか、お前だったか」

 その後、こたつからきびすを返し、台所へトムと一緒に移動していった。

 戸棚を空けて、特別なときにしかあげないトムの大好きなウェットタイプのキャットフードの缶を開いてやる。

 トムは、皿から顔を上げて、眼を輝かせながら僕の手の中をうかがっている。

 だから、気持ちをこめて丁寧に、僕は缶の中身を皿に空けるのだった。

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