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笑いカボチャ

 部室を出た私は、同じ部の友人たちに手を引かれて、会場へ向かった。

「ちょっと、これ、前が見えないよ」

「ふふふ、でしょ? もらった中でも、ちょっと大きすぎなのよねぇ~」

「そそ。だから、カボチャの女王様。ほら、上にティアラのってるでしょ?」

「・・・・・・おもっ」

「がんばれ、クイーン・パンプキン」

「もう、他人事だとおもって!」

 私の抗議の声をあっさり無視して、二人は楽しそうに私の前をかけていく。

 二人とも、顔をくりぬいた大きなカボチャをかぶっている。もちろん、私も。カボチャの下はみんなドレス姿。まるでカボチャの貴婦人って感じ。

 今日は毎年恒例の生徒会主催のハロウィンパーティだ。そして、例年のようにパーティ参加者は仮装をしていなければ入場すらできない。だから、私たちはこんな格好をしている。

 おかげで歩くのにすらも苦労するはめになっているのだけど・・・・・・

 いっそのこと、こんなに大きいのだから、魔法で馬車にでもなって、私たちを会場まで運んでくれるといいのにね。


 パーティ会場の体育館に到着。

 すでに、パーティの参加者は大勢集まっており、それぞれに意匠をこらした仮装をしている。

 あちらにはピーターパンがいるかとおもえば、こちらにはメイドさん(♂)。アニメキャラのコスプレの人もいるし、箒を片手にした魔女も。

 すごく華やか。

 でも、その中でも、本物のカボチャをくりぬいて、頭にかぶっているドレス姿の私たちは、目立っているようだった。何人もの人が私の近くで『すげぇ』なんて、感嘆の声を上げていたのが聞こえていたし。

 でも、私は前がちゃんとは見えない。近所の農家からもらってきたカボチャのうち、一番大きなものを私はかぶっていて、その大きさのせいで、私の眼の位置は鼻の穴。小さな三角の形に切り取られた視界しか私にはない。

 それと、私自身の鼻の頭こそ、歯の間から出ているけど、口元は完全に塞がれている。すこし息苦しい。

 しかし、それならどうやって、私、パーティのお料理やジュースを口にすればいいんだろう?

 仮装パーティだといっても、食べたり飲んだりするときには、これって脱いでも別にいいよね? 怒られないよね?


――わぁあああ~

 不意に周囲の人たちが舞台のほうを見て、歓声を上げ始めたので、生徒会長が登場したのに気がついた。

 開幕の挨拶を簡単にすませ、入り口で配っていたクラッカーを構えた。私たちもそれにならってシッポから生えているヒモを引く準備をする。

『それでは、生徒会主催、本年度ハロウィン・パーティ開幕です! ハッピーハロウィン!』

 生徒会長の音頭で、みんなで一斉にクラッカーを引いた。

「「「ハッピーハロウィン!」」」


 体育館に用意されたテーブルの上、料理が参加者たちに取り分けられる。

 さっきから、BGMにクラシックの舞曲が流されているけど、みんなは友達や恋人とおしゃべりをしたり、さっきからおいしそうな匂いを漂わせている料理にばかり気をとられて、だれもダンスをしていない。

 私もさっきからお腹がグーグー鳴りっぱなし。それに、肩に乗っかっているこの被り物は重いし、息苦しいし。

 も、もういいよね? このカボチャ外してもいいよね?

 なんて周囲を気にしてばかりだった。

 と、不意に視界の隅を茶色くて丸く大きなものが横切った。カボチャ頭の人間だ。

 同じ部の友達かと思って、そちらに手を振る。

 たしかに振り返った姿は、確かに私と同じ、笑い顔をくりぬいたカボチャをかぶっている。でも、その下の衣装は・・・・・・王子様。

 え?

 その王子様、私の前にうやうやしく進み出ると、片膝を折って挨拶をする。

「おお、麗しきパンプキンプリンセス。私と一曲いかがですか?」

 被り物のせいで声がくぐもっているけど、この声はさっき舞台の上でパーティの開幕を宣言していた生徒会長のもの。

「えっ? あ、えーと・・・・・・」

 向こうも私の正体に気がついたみたい。だって、同じクラスで隣の席だもの。

 軽い笑い声をもらして、そのカボチャの王子様は、私に手を差し出す。

「ささ、プリンセス、お手を」

 被り物をしていて、今日は本当によかった。そうでなかったら、今頃、真っ赤になっている顔をみんなに見られていたかもしれない。

 周囲では、私たちを囲むようにみんながはやし立てる。その声に押されるようにして、私はおずおずと王子に手を差し出した。

「さあ、参りましょう、プリンセス。舞踏会へ」

「ええ」


 私たちは、ワルツの調べにあわせて、体育館の中央でクルクルと踊る。

 王子に手をとられ、的確に、優雅にステップを踏む。

 王子は、なかなかの踊り手だった。巧にダンス初心者の私をリードして、リズムに合わせて舞い踊る。

 周囲で私たちの踊る姿を楽しそうに眺めていた観衆たちも、それぞれのパートナーを見つけて、踊り始める。

 私のとなりでティンカーベルとミイラ男がお互いの回りを踊りまわる。ゾンビとミニスカ看護婦が向かい合わせになって、軽快なステップを踏む。

 ダンスの輪がおおきくなり、陽気な歓声が体育館の中を満たす。

 華やかなワルツがポップスに代わり、最新のダンスナンバーが場内の雰囲気を盛り上げる。

 でも、私はクルクルと王子の周囲を回りながら、ずっと肩に重みを感じつづけていた。息苦しさに耐えていた。しかも、踊ったせいで熱気がカボチャの中にこもって、サウナ状態。

 もうダメ!

 私は、立ち止まり、頭のカボチャに両手をかける。そして、思いっきり上へ・・・・・・

 あ、あれ? なんで?

 肩の上のカボチャ、持ち上がらない。無理に持ち上げようとすると、首が引っ張られて痛い。

 えっ? えっ? なんで? もしかして、首が挟まった?

 慌てて、首もとへ手をやって、カボチャと首との境目を確かめるのだけど、つけたときは首が楽に出し入れできるほど十分にあったはずの隙間、今は全然ない。ぴったと首の皮に密着している。

 えっ、ウソっ!

 慌てて、他の隙間を確認する。カボチャの口の間に指を突っ込む。顔の皮膚とカボチャが癒着している。眼の間から恐る恐る触ると、おでこにピッタリとカボチャが張り付いて、髪の毛の感触がない。

 気がついたら、私の頭、完全にカボチャと結合していた。

 ど、どうして・・・・・・


「ふはははは」

 笑い声を感じて混乱したまま顔を上げた。さらに、結合が進んでいて、今はもう私の顔はカボチャの頭と一体化している。カボチャの眼が私の眼になっている。

 目の前のカボチャ王子。薄ら笑いを受かべて、ただの穴でしかない眼で私を眺めている。

 いや、違う、眼の奥に、赤い光がかすかに見える。

 ふと、視線を感じて周囲を見回した。

 さっきまで一緒にいたはずのさまざまな扮装のみんなの姿がなくなっており、代わりに見えるのは、だれもが頭に大きなカボチャを乗せた姿。

 いつの間にか、私、カボチャ人間たちに囲まれていた。

 ううん。違う。私自身もカボチャ人間だ。

 そ、そんなぁ~

 あまりのことに立ちすくんでいると、さっきまで舞台があった方角から重々しい声が振ってきた。

「その者を我が跡継ぎジャックの妻に迎えるものとする。これよりそのものには『唐茄子姫』の尊称を与える」

 見ると、頭に大きな王冠をかぶり、王権の象徴であるカボチャのつるがからまった杖を高々と掲げて、パンプキングが私を指差していた。

 その隣では、ジャック王子の母であるイモたこ南クイーンがうれしそうに微笑んでいる。

「良かったですね。ジャック王子」

「ジャック王子ばんざーい!」

「ジャック王子の婚約者唐茄子姫様、ばんざーい!」

 会場のあちこちで、カボチャ人間たちが歓声を上げ始めた。

 そ、そんなぁ~

「姫、私は、あなたと夫婦になれるのは、とてもうれしいですよ」

 ジャック王子が、私の眼を覗き込んで、はにかみながら、顔をランタンのように明るく輝かす。

「姫、お手を。一曲いかがですか?」

「え、あ、あの・・・・・・」

 って、なんで、私がカボチャ王子と婚約しているのよ!

 なんで、私がカボチャ人間と結婚しなくちゃいけないのよ!

 不意に肩を叩かれた。見ると、スクウォッシュ大臣とペポ侍従、それにズッキーニ近衛隊長が並んで私を見ていた。

「トリック オア トリート ですぞ、姫」

「え?」

「今後とも、王子をよろしくお願いいたします。さもないと、あなたは一生、カボチャ人間として、生きていただくことに。うふふふふ」

 そ、そんなぁ~!



「な、なんでぇ~!」

 大声を出したら、目が覚めた。

「大丈夫か?」

 私の顔を心配そうな表情で覗き込んでいるのは、見慣れた隣の席の男子で生徒会長。

「えっ? なんで?」

 慌てて、周囲を見回すと、ここは学校の保健室。さっきのドレス姿のまま私はベッドに横になっていた。

「二人でダンスしていたら、急にぶっ倒れたから、驚いたよ。大丈夫か?」

「え、あ、う、うん」

「ホント、心配したんだぜ」

「ご、ごめん・・・・・・」

 横手から視線を感じた気がして見ると、机の上に笑い顔の大きなカボチャが寄り添うように二つ並んで置かれていた。そういえば、今はカボチャ頭じゃない! ホッと息を吐いた。

「そっちのムチャクチャ重いじゃん。よく、あんなのでダンスしようなんて気になったな。あれじゃ、ぶっ倒れても当然だよ。それに、あれじゃ、サイズもあってなかったから、息とか苦しかったんじゃないの?」

「う、うん。苦しかった」

「そっか」

 生徒会長は苦笑いを浮かべ、私の額に手のひらを伸ばしてきた。そして、ゆっくりと撫でた。

「あんまり、ムチャすんなよ」

「う、うん。心配かけてゴメン・・・・・・」


 気分がよくなってきたので、ベッドから身をおこし、上履きに足を通す。

「さて、そろそろ戻るか。みんなも心配しているだろうし」

「あ、うん」

「ああ、それと」

 そういって、生徒会長が私のカボチャに手を伸ばし、それから、私の頭に何かを乗せる。

 ビーズのティアラ。

「それないと、さっきのパンプリンセスってわからないだろ?」

「なによ、そのパンプリ・・・・・・ って?」

「パンプキン・プリンセス。略してパンプリンセス。いいだろ?」

 あまりにもくだらなさ過ぎて、苦笑しかでない。

「あ、でも、それだけじゃ、まださっきのカボチャが君だったって分からないよな。う~ん・・・・・・」

 しばらく首をひねった後、生徒会長は何かを思いついたのか、自分の手から指輪を外す。そして、私の手をとって、そっとはめた。

 小さな黄色い花の細工が施された銀の指輪。

「カボチャの花だってさ。じいちゃんからもらったって、去年死んだばあちゃんが大事にしてたものだ。だから、失くしたりするなよ」

「・・・・・・」

 私は、その指輪をだまって眺めている。蛍光灯の明かりにすかせて、いろいろな角度から眺める。

「なんだよ? 気に入ったとしても、大事なものだから、あげないぞ」

 って、生徒会長は、どこか焦ったような声を出していたのだけど、私の方は実はそれどころじゃなくて・・・・・・

 私は、その指輪のはまった手を生徒会長の眼の前にかざした。

「ねっ? ほら、私、男の人から、はじめて指輪をはめられちゃった。それも左手の薬指」

 呆然とした顔で私と指輪を交互に見比べている。しだいに、生徒会長の頬も私のと同じぐらいに赤くなる。

「わ、わりぃ~」

「ううん」

 お互いの顔が見れなくて、視線を下ろした。そしたらカボチャ頭と目があってしまった。なんだか、さっきよりも笑みが大きくなった気がするのだけど・・・・・・

「なぁ?」

 突然、真剣な声が近くで聞こえてきた。

「えっ?」

 顔を上げる。赤い顔のままの生徒会長がまっすぐに私を見ていた。そして、厳かに私の左手をとる。

 それから、大きく息を吸って、

「汝、富めるときも、貧しきときも、病めるときも・・・・・・」

 びっくりして、眼を見開いて、立っているしかなかったけど、すぐに右手の指を当てて、彼の唇の動きを封じた。そしたら、私の視線の先には悲しそうな眼の色が。

「それは、きっと違うわ」

「そっか・・・・・・」

「だって、今日口にすべき言葉は、トリック オア トリート だもん」

「えっ?」

 生徒会長の眼に戸惑いの色が広がった。

 その眼を見ながら、私はささやくのだ。

「だから、私を幸せにしないと、一生、いたずらしつづけるからね!」

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