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空を染める

 梅雨でうっとうしい天気がこのところつづいていたが、今日はカラリと晴れている。

 空が雲で覆われていていたここ数日はすこし肌寒かったが、晴れて燦々と陽の光がさしていると、さすがに暑い。だから、俺は土手の下の公園のベンチで横になっていた。ちょうど木陰になっていて、川の方からの爽やかな風が吹き抜けていくのだ。


「裕太、オスッ!」

「オッス!」

「オス」「おいっす!」「オス!」

 何人もの少年の声が土手の上から降ってきた。

 つむっていた眼を開けてそちらを見る。近所の子たちなのだろうか、小学校の3,4年生ぐらいの男の子たちが7,8人ぐらい集まっている。

「あと、大介と西川がまだか」

「ああ、みたいだな」

「まあ、待ってたら、そのうち来るだろ。ふたりとも」

「そうだな」

「それより、なあ、見てよ。俺のすげぇだろ!」

「何言ってんだよ。俺の方が格好イイに決まってんだろ!」

「はあ? そのどこが格好いいんだよ? 俺の方が断然だね!」

「バカか? 俺が一番じゃん!」

 なぜか少年たちは口々に言いあいをはじめた。なんだろう? なにを自慢しあっているのだろうか?

 やがて、土手の川上の方に二人の少年の姿が見えてきた。

「あっ、大介と西川来た。オーイ!」

 少年たちが一斉に手を振ると、そのふたりは大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

「オーイ!」「オース!」

「大介、西川、おそーい!」

「わりぃ、出かけるとき、母ちゃんにおつかいを頼まれたから」

 そう言って、ふたりのうちの背の低い方が頭を掻く。

「今晩、肉じゃがだって」

 うれしそうに笑いながら。

 それから、今度は背の高い方がむっつりと言う。

「家帰ってから、宿題してたから」

 それを聞いて、少年たちは黙り込むしかなかった。


 そうそう。俺たちが小さい頃にも、こういうヤツいたな。

 優等生といえば聞こえはいいけど、勉強しかできないヤツ。どんなに場が盛り上がっていても、そいつが口を開くと、途端にいつも白々とした空気になったっけ。もちろん、そいつ自身も自分のせいで空気が変わってしまったことに気がついていて、しまったという表情を浮かべているのだけど、結局、気の利いたことを言えなくて、ただ黙っているしかなくなる。

 がんばれ、少年!

「準備はいいか? 大介も西川も、ちゃんと作って持ってきたか?」

 白けてしまった座の空気を変えようと、リーダー格の少年が大声を上げた。

「ああ、ほら!」「もちろん! 今日こそは勝つ!」

 少年たちは、手に手に白い何かを持ち、それをお互いに見せ合うかのように、頭上にかざしてみせる。

「オーケー、じゃ、カウントダウンいくぞ」

「おおー!」

 それから、土手の上で一列に整列して、何かを投げるような姿勢で構え、全員でカウントダウンを始めた。

「3,2,1。テイクオフ!」

 少年たちは、カウントダウンに合わせて、腕を振り、その手の中の白い何かを一斉に投げ上げる。

 紙飛行機。

 意外と空高くまで飛び上がって、大きく小さくそれぞれに旋回しながら、その高度を徐々に下げてくる。

「がんばれ!」

「負けるな!」

「ほら、俺のまだ、あんなに上の方を飛んでるぜ!」

「うわっ! 風に煽られた!」

「ぎゃ! 落っこちた!」

 悲喜こもごもの叫びが辺りに響き、公園に白い紙飛行機たちが次々に不時着していく。

「へへ、俺の勝ち!」

 最後まで飛んでいた紙飛行機を投げた少年が、勝ち誇ってそう宣言する。

「くそっ! 今度は負けねぇ!」

「今のなし! 途中で風が吹いてきたじゃん!」

「ふん、そんなの関係ないね。勝ったのは俺だ!」

「もう一回! 次は絶対に負けない!」

 少年たちは、自分の投げた紙飛行機をそれぞれに回収して、さっきと同じように土手の上に整列した。

 そして、

「3,2,1。テイクオフ!」

 それから、少年たちは飽きることなく、何度も何度も紙飛行機を飛ばす。何度も何度も。


 いくつもの紙飛行機が青い空を舞う。

 風を切り、その空気の質量を翼で下に押し付けて、螺旋を描きながら宙を駆ける。

 まるで青い空を白い紙飛行機で染めようとするかのように。

 でも、空は広くて、紙飛行機はあまりに小さい。空は絶対に白くは染まらないし、空を染める前に、紙飛行機は地面に落ちる。それでも、少年たちは何度も何度も挑戦する。空を染めようと。


 あいつを見ていれば分かる。あいつが好きなのも木村だ。

 あいつとは幼稚園以来の幼馴染みで、しょっちゅう喧嘩をして、しょっちゅう絶交を宣言しあっていた。

 でも、そんなのはニ三日もすればケロリと忘れていて、またいつものように一緒にはしゃぎまわっていたっけ。

 あいつの初恋も知っているし、中学のときの不器用な告白も知っている。なんとか付き合うことはできたけど、結局、うまくいかずに落ち込むあいつをカラオケに誘って慰めてやったりもした。

 俺があいつをよく知っているように、あいつだって俺のことを良く知っているはず。

 もちろん、俺が木村のことを・・・・・・

 お互い気がついていて、気がついていないフリをして、必死になんでもない風を装っていた。

 そんな微妙な関係にしだいに疲れてきて、イライラした気分が募っていって、昨日、とうとう殴り合いの大喧嘩。まだ、あごが痛い。

 分かってはいる。どちらもまだ想っているだけで、告白できずにいる。そんな相手をめぐっての喧嘩だなんて、くだらないことだって。

 喧嘩に勝ったからといって、別に木村と付き合えるようになるというわけでもない。

 分かってはいても、そのときはどうしても我慢ができなかった。

 そして、今日、あいつと口も利かない一日をすごして、とてつもなく、さびしく感じている俺がいる。ひとりで時間をもて余している。なにもすることがなくて、公園のベンチでみっともなく転がっているしかない。

 たぶん、今頃、あいつもどこかで時間をもてあましているのか? どこか別の公園のベンチにでも転がっているのか?


 青い空はずっと遠くまで広がっていて、ちっぽけな白い紙飛行機ごときでは染まる気配もない。空は青いままだ。

 少年たちは、自分の自慢の紙飛行機が勝ったとか、負けたとか、うれしがったり、悔しがったりしているが、例外なくみな楽しげに笑いあっている。

 勝負が楽しいんじゃない。友達と一緒に紙飛行機を飛ばす、この時間を一緒にすごすのが楽しいんだ。

 少年たちの笑顔がそう俺に語りかけてくるようだった。

 もちろん、俺はあきらめたりなんかしない。あの日、あいつがそうして見せたように、あいつのことをすごいと心から思ったように、いつか俺も不器用な告白をするだろう。

 でも、今、俺は決心している。明日、あいつにあやまろうと。殴って悪かったと。

 ベンチから上半身を起こして、白い紙飛行機たちが飛び交う空を見上げながら。


 青い空は決して染まらない。ちっぽけな紙飛行機がどんなに宙を駆けようとも。

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