ドラゴンが翔び精霊が踊るそんな世界の片隅に
――ドラゴンが翔び、精霊が踊る。そんな世界の片隅に、その古城はあった。
かつて、この世界を作り上げた神といえども、その奥を見通すことがかなわぬ森の中の湖。城はいつも霧に包まれているその湖のほとりにひっそりとたたずんでいる。
そんな場所に建っているせいもあって、この数百年、この城を訪れる人間は一人もおらず、だれもそんな城が存在していることすら知らなかった。
でも、今は人間がいる。
囚われの姫君。
この城の所有者である魔王が神聖王国から攫ってきて閉じ込めたのだ。
私は、そこまで書き上げて、近くでストレッチをしている孝明をみた。
ここは演劇部の部室。私は自宅から持ち込んできたノートPCに向かって、秋の学園祭で上演するファンタジーものの劇の脚本を書きはじめたのだ。
で、孝明はこの演劇部の男子部員のひとり。そして、私の同級生。
孝明、私が見ているのに気がついて、上半身を横に折り曲げながら、ニコリと笑いかけてきた。
思わず微笑み返す。
「なあ、ヒーローで格好イイ役にしてくれよ。去年みたいに、傲慢で残忍で、最後には部下たちに裏切られる惨めな山賊のかしらなんかじゃなくてさ」
「え? ふふふ。考えとくわ」
「頼むぞ」
「ふふふ」
それから、画面に向き直る。
冒頭の部分は、多分、私が担当することになるナレーション部分。ここで簡単に状況を説明して、部員たちが舞台に登場するのだ。
頭の中で劇冒頭の場面を想像してみる。
――やっぱり、魔王は女だけど上背があって、演技が一番うまい部長が担当する方がいいわよね。じゃ、お姫様は・・・・・・
あれこれと部員たちの顔を思い浮かべ、つぎつぎに登場人物たちに当てはめながら、脚本を書いていった。
勇者が国王の依頼を受け、町を出発する場面まで書き上げた。
このあと、いくつかの試練を乗り越え、ついに湖のほとりの魔王の城に乗り込み、苦闘の末に、姫君を救い出す展開になる。
自分でも、ちょっとありがちだとは思う。でも、そういう話を書いてくれというのが、今年の部員たちの依頼。それに応えなくちゃね。
とりあえず、ひと段落ついたので、うーんと背伸びを一つして、窓の外を見る。
とっくにストレッチを終えた孝明たちが、手を後ろに組んで、発声練習をしていた。
『あ、え、い、お、う』
とりあえず、コンを詰めすぎるのもあれだから、気分転換を兼ねて、外へジュースでも買いに出かけることにした。
缶ジュースを買って戻ってくると、さっきまで私が座っていた席に、休憩中の孝明の姿が。
「ちょっと、孝明、勝手に見ないでよ」
「え? ああ、いいだろ。どうせ、でき上がったら見るわけなんだし」
「でも・・・・・・」
「恥ずかしがることないって。これ、結構面白いし」
「え? ホント?」
「ああ、俺が保証する」
ポンと胸を叩く。ちょっとうれしい。
「なあ、これだと、国王様は西田先輩か。魔王は・・・・・・もしかして、部長あたり?」
す、するどい! おもわずたじろぐ。
そんな私の様子に、満足そうにウンと一つうなずいて。
「じゃ、勇者はだれだろ? 俺? ってことはないよな。どう考えたって、俺は、勇者の仲間の剣士って感じ出し・・・・・・」
「・・・・・・」
「あと、囚われの姫君は・・・・・・ う~ん」
ちらりと私を見る。
え? なに?
「もしかして、お前?」
「・・・・・・」
一瞬、孝明がなにを言っているのか分からなかった。でも、やがて気がついて、頬が熱くなるのを感じていた。
自然と、レースやフリルのいっぱいついたドレスを着て微笑む私の姿が思い浮ぶ。
「む、無理ムリムリ!」
そんな私に、孝明、人差し指を立てながら言うのだった。
「えー そうか? 俺、お前なら似あってると思うんだけどな。勇敢で無謀な勇者様役って」
「って、そっちかい!」
画面を覗き込んでいる孝明の側の壁にもたれかかりながら、ジュースを一口飲む。
「ねえ? 孝明、もし、私が本当に囚われのお姫様だったら、私のこと助けに来てくれる?」
ちらりと私の顔を見上げてきた。でも、すぐに視線を逸らす。そして、断言した。
「絶対に、助けになんかいかない」
「・・・・・・」
もう一口飲もうとジュースの缶を傾ける手が止まった。耳が信じられない。こういう場合って、なにがあっても助けに来てくれるもんじゃないの?
「な、なんて言ったの?」
「だから、絶対、助けになんかいかない!」
どうやら、聞き間違いではなさそう。それに、結構真面目な顔。ふざけているわけでもないみたい。
「そ、そう・・・・・・」
目をぎゅっと閉じる。涙がこぼれそう。
「さて、休憩時間終わり。そろそろダンス練習がはじまる時間だしな」
孝明が立ち上がる。孝明が通れる場所を空けるようにそっと場所を移動する。
でも、孝明はその場を動こうとはしない。
「あのさ。さっきの話だけど」
「え? あ、う、うん」
「俺、お前がお姫様だったら、絶対、助けになんかいなかいからな。有紗ちゃんとか、部長とかならともかく、お前だったら」
「そ、そう・・・・・・」
沈んだ声しか出ない。とにかく、早く孝明の側から離れたい。一人きりになりたい。でも、今、この部室を飛び出して外にでたりしたら、そこには部員たちがいる。こんな私の姿を見られたくもない。
そんな状態の私に、追い討ちをかけるように孝明が言った。
「もし、お前がお姫様だったら、俺は助けに行く勇者なんかじゃなくて、悪役の魔王だろうからさ」
「・・・・・・?」
「お前を捕らえて、誰にも渡さない。助けにくる勇者たちなんて容赦なく皆殺しにしてやるよ。お前を奪われないように!」
「・・・・・・!」
孝明はそう言って私を抱き寄せるのだった。荒々しく。まるで、そう、魔王のように。
「バカ・・・・・・」
――湖のほとりで倒された勇者たちの骸は、いつしか朽ち果てて、草花に埋もれて見えなくなった。
神聖王国史上最高と詠われた勇者が倒された後、二度と姫君を救いに城まで来る者は現れなかった。
だから、今でも、囚われの姫君とその姫君を心から愛する魔王は、その古城に生き続けているという。
ふたりっきりで永遠の時間をともに。