クラス分け
学年が一つ上がって最初の始業式の日、私は新館の玄関前の掲示板に群がっている人だかりを、掻き分けながら進んだ。クラス分けの発表だ。
途中、3月までの同級生の何人かと挨拶を交わし、人だかりの前へ出る。
見上げるように張られたクラス分けのリスト。私は一つずつ確認していった。
あった。4組。教室は、旧館の3階。すこし古くボロっちいけど、学校横の田んぼに面した旧館。きっと爽やかな風が通って、気持ちいい教室だろうな。
さて、私の友人たちは、どこかしら?
同じクラスのリストの中を順々に見ていく。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・ない。
も、もしかして、私、3月までの友人のだれとも、同じクラスではないの?
そ、そんなぁ~ 足元の地面が崩れ落ちるかのような気分だった。
「おはよっ、しのちゃん!」
不意に、腰に衝撃を感じる。多分、小柄な愛が飛びついてきたのだろう。
愛とも、もちろん、別クラス。
「・・・・・・」
いつもみたいな明るい返事をする気分にならなくて、黙り込んでいるだけ。
「ん? どうしたの? しのちゃん、クラス何組だった? あたしは、2組」
「・・・・・・4組」
「・・・・・・えっ?」
3組までは新館のはず。新館と旧館。吹きっさらしの長い長い廊下でつながってはいるが、玄関は別。自由に行き来するのもむずかしい。愛は、私の腰から気まずそうに離れた。そこへ、
「おはよう、しの、愛」
「おはよう」「おはよう、ともちゃん」
二人して、すこし沈んだ声でともよちゃんに挨拶をする。
「二人とも、何組だった?」
「あ、あたし、2組」「私は、4組」
ともよちゃん、愛に、にこりと笑いかける。
「じゃ、愛の隣のクラスだね。私は1組」
「へぇ~ そうなんだぁ~ じゃ、これからも、ときどき会えるね」
「そうね」
って、私の方は、二人となかなか会えないことが確実なんだけど・・・・・・
「あっ、3人ともここにいたんだぁ~ どうだった? みんな同じクラスになった?」
「え? 秋奈ちゃん、おはよう。ううん、3人とも別々だよ」
「そうなんだ」
「あ、でも、秋奈ちゃんはあたしと同じ2組だよ」
「え? そうなの。じゃ、今年もよろしくね」
「うん、こちらこそ。うへへ、これで宿題を教えてもらえる」
「こらこら、宿題ぐらい自分でちゃんとやりなさい」
「だってぇ」
プクッとふくれる愛の可愛らしい仕草に、みんな思わず笑みをこぼしているけど、私はとてもそんな気になれなかった。
「じゃ、みんな行こうか。新しい教室へ」
「うん」「そうね」
3人は笑顔のままうなずきかわすのだけど、私はこう言わなくちゃいけないのがとても苦痛だ。
「あ、ごめん、私、旧館だから・・・・・・」
「えっ?」「あ、そうか」「そうだったね・・・・・・」
結局、3人に気まずい思いをさせてしまった。惨めな気分。別に私が悪いって訳じゃないのに、どうして? ともかく、泣いてしまいそうになるのをぐっと堪える。
「じゃ、私、行くね」
「う、うん」「これからも、あたしたち友達だよ」「大丈夫だよ、下校のときとかも一緒になるからね」
「うん、みんな、ありがとう」
私は3人に手を振って旧館の玄関へ向かって歩いていった。気分は、決して大丈夫じゃなかったけど、みんなに心配かけないように気丈に振舞って。
「あっ。中原さん、おはよう」
「加藤くん」
角を曲がったところで、加藤くんがケータイをいじっていた。途端に、私の視界がぼやける。
「わっ、な、なに、いきなり泣いてるんだよ」
「だ、だって・・・・・・」
唇を尖らせる。加藤くん、苦笑い。
「中原さんも、4組?」
「うん・・・・・・」
「そっか、オレも」
「そう・・・・・・」
「おかげで、ダチとも別れ別れ」
「そうなんだ」
同じ境遇の人がいた。
「ま、しゃあねぇか。俺たち普通科は4クラスしかないわけだし」
「う、うん」
私は、ポケットからハンカチを出して、目尻をぬぐう。
「と、いうわけだ。今年も一年間よろしくな」
加藤くん、私に右手を差し出していた。今まで決して親しいとはいえなかった男子の手。ずいぶん頼もしそうにみえる。私は、その手を恥ずかしげにとる。
「こちらこそ、よろしく」
「ああ」
加藤くんのその笑顔はすごくまぶしいものに思えた。
「あ、そうだ。これからは、中原さんに、宿題の答え見せてもらわなくちゃ」
「ええ! ダメよ、ズルは!」
「えー、いいじゃん!」
「だーめ!」
そして、私たちは、追いかけっこをするようにして、旧館の玄関に走っていくのだった。校庭の桜が今年も満開を迎えている下を二人で。
この一年が、とても楽しい一年になることを予感しながら。