秋祭りにて
――――祭りだ、祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!
前の通りの西の交差点の影から、ハンドスピーカーを通した子どもたちの威勢のよい掛け声が聞こえてきている。もうすぐ、角を曲がって、子どもたちのお神輿が来る。
俺が子供の頃、町内中にうじゃうじゃと子供たちがいて、秋祭りになると、お神輿が来るずっと前から、はっぴ姿の少年たち、少女たちが喜んで駆け回っていたものだが。
今は、俺たちみたいな親が、カメラ片手に、掛け声のする方へかけて行くばかり・・・・・・
随分、子どもたちの数も少なくなったものだ。
昔は、俺たちの娘の由香里のように、親戚の法事でたまたま遊びに来ていただけの子供が、子供神輿に参加なんてできなかった。
複雑な気分だ。
由香里の愛らしいはっぴ姿を見ることができるのは、すごく楽しみだが、俺の生まれ育ったこの町が、ここまで衰退してしまっているとは。
――祭りだ、祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!
やがて、角を曲がって、子供神輿が現れた。
俺は、ビデオカメラを神輿に向ける。
いたッ!
町内会の役員を務める親父に手を引かれ、ちいさな由香里がとことこ歩いている。お神輿とともに歩いていることが、誇らしげに自慢げに見える。
由香里は、すぐに、家の前にいる俺を見つけ、そのちいさな愛らしい手をいっぱいに振って見せた。俺もカメラを片手に、手を振り返す。
わが娘ながら、かわいらしい♪
俺はちいさな感動を覚えつつ、その妖精のような姿をカメラに収め続けた。
いつまでも、いつまでも、かわいらしく、愛らしく、素直で素敵な少女でいてほしいものだ・・・・・・
祭りだ、祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!
しかし、この妖精が、我が家の隣家の娘と同じ少女という生物には、とても思えない。
自分の父親を毛嫌いし、生意気な口をきいて、いつも家族の前では不機嫌な様子。でも、一歩外に出れば、近所の大人たちの前で、友人たちの前で、明るく爽やかにふるまってみせる。
二面性ある姿。その姿を見るたびに、ギャップに驚き、愕然としてしまう。
由香里は、絶対、あのような少女になってほしくはないものだ!
そういえば、隣家の娘、最近、恋人ができたようだ。
同い年ぐらいの茶髪の少年と一緒に帰ってくるのを、ときどき見かける。
その少年としゃべっているときには、俺たちが今まで見たこともないような華やいだ声を出し、家の前で別れるときには、すごくさびしそうな表情を浮かべてみせる。
心の底からその少年のことが好きなのだろう。
そして、その姿を見かけるたびに、俺は胸の疼きを覚える。
しおり・・・・・・
俺が中学・高校時代に付き合っていた少女。
中学2年のときに初めて同じクラスになり、隣同士の席だった縁で、気安く話す間柄となり、そのままいつしか恋人同士になっていた。
初めてのデート、初めてのキス。初めて、俺が『愛してる!』と囁いた相手。
いつも二人でいるのが当然だったし、いつまでも二人一緒にいるのが必然だと思っていた。
でも、俺が東京の大学に進学し、しおりが地元の短大に進むことになって、離れ離れに・・・・・・
はじめのうちこそは、頻繁に連絡を取り合い、休みの日に行き来して、会っていたりした。
でも、遠距離恋愛は、そんなに簡単なものではない。
しだいに、二人の心が離れていき、いつしか連絡を取り合わなくなった。
風の噂では、5,6年前に地元の男と結婚したらしいが、俺の方も、卒業後就職した会社の同僚だった千夏と4年前に一緒になった。
そして、由香里が生まれた。
もしあの時、俺が東京の大学へ進学せずにいたらどうなっていただろうか?
俺としおりの子どもが子供神輿のそばを誇らしげに歩く姿を、やっぱりカメラで納めていたのだろうか?
――祭りだ、祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!
由香里と親父が目の前を通り過ぎ、小さなはっぴ姿の後姿を取り終え、ビデオカメラを下ろした。そのとき、隣でだれかが息を飲む気配が。
俺は顔をあげる。
目の前に、驚きで目を丸くした女がいた。たぶん、俺も同じように目を丸くして立ち尽くしているのだろう。
その女は由香里と同じぐらいの背格好の少女を抱いて、立ちどまっている。いや、立ちすくんでいるのか?
一瞬、二人して、視線をそらしたが、すぐにもどって、目が合った。
女が口を半開きにして、なにか言いそうになる。
でも、俺の背後から、声がかかった。
「裕人、ちゃんとビデオ撮れた?」
千夏だ。
視線を引き剥がせないまま、肩越しに返事をする。
「ああ」
千夏の姿を確認すると、女は何も言わず、視線を絡み合わせたまま、微笑の残像を置いて、その場を立ち去っていった。
そっと俺は息を吐く。
その背に、感情を押し殺したような声が、
「ねぇ? すごくきれいな人ね? 知ってる人?」
なにか感づいたのか?
でも、説明なんて必要ない、ただ、俺は、つとめて明るく言うのだ。
「ああ、ただの昔の同級生だ」
少しふくよかになった姿を心のカメラに残して・・・・・・