ネコネコ通信 B-side
「山本舞って、いいよなぁ~」
そういうと、上村や松田は決まって、「そうか~? 俺、あんな暗い地味な子より、秋田実夏とか、戸村みたいな、もっと明るい華やかな子の方がいいけどな!」って言いやがる。
あんなキャーキャーうるさいだけで、頭が空っぽな女たちのどこがいいんだか、俺には理解できないよ。
昨日も、俺がバントの練習をしていると、山本が近くを通りかかった。俺、すんげー緊張してしまってさ。いつもなら、構えて、バットを動かすだけで、簡単にボールに当てられるのに、何度も当て損なった。バットに当たらなきゃ、バント練習になんないのに、これじゃ意味ねぇ~
だから、仕方なく、ピッチャーがスクイズ警戒して、大きく外してきた、つまりウェストしてきたつもりで、体ごとぶつかっていったら、ようやくバットにボールが当たった。
俺は、イチローみたいな華麗なセーフティバントをしたかったのに・・・・・・
体ごといちいちいってたんじゃ、一歩目から出遅れて、一塁でセーフにならねぇ~!
山本さえ近くにいなけりゃ、俺、もっとうまくできるのに。ったく!
でも、じゃ、どっかいってほしいかっていうと・・・・・・
俺、どうすりゃいいんだよ!
今日から、中間テスト前のテスト休み。
久しぶりに部活が休みで、学校が終わってソッコー家に帰り、勉強していたんだけど、全然頭に入ってこねぇ~
普段から、授業中は机に突っ伏して、寝てることが多いから、授業なんて聞いてないし、まともにノートなんてとってない。こんなんで、いまさら勉強しようって方が、そもそもムリってもんだ!
それでも、俺、がんばって机にかじりついてはいたけど、結局1時間ももたなかった。
しかたなく、勉強机の上の教科書を閉じて、台所へ水を飲みにいった。
台所では、ばあちゃんが、玉三郎に煮干をやっていた。
ホント、玉三郎、煮干をパリポリパリポリ美味しそうな音を立てて、食べてやがるし。
「おい、玉? 煮干って美味しいのか? それ、一匹くれよ!」
俺が玉三郎の皿から、煮干を失敬しようとすると、玉三郎のヤツ、するどい爪見せて、俺の指先を引っ掻こうとする。
ほんの小さな釘の頭ほどの爪のくせに、ちょっとかすっただけでも、血まみれになるから、こいつは要注意!
俺は、慌てて、指を引っ込めた。
「こら! 悠太、いじきたないまねしないの!」
ばあちゃん、台所のテーブルの上で、玉三郎の首輪にくくりつける手紙を書きながら、俺を叱る。
玉三郎は、その間、小気味いい音を立てて、煮干をがっついていた。
ばあちゃんが手紙を書き終えた頃、玉三郎も煮干を平らげ、いつものように、ばあちゃんの膝の上へ。
みゃ~ぅ
ばあちゃんにあごの下をなでられて、ゴロゴロとご機嫌さん。
いつもなら、そのあと手紙を手早く首輪にくくりつけ、放してやるんだけど、今日は・・・・・・・
トゥルルルル・・・・・・
電話だ! ばあちゃん、玉三郎を床に下ろすと、「はい、はい」って呼び鈴に返事をしながら、歩いていった。
その途端、玉三郎、トトトっと、開けっ放しになっていた勝手口の方へ移動し、外へ。
「あ、玉ちゃん! 悠太、玉ちゃんに手紙つけてない! 追いかけて! 追いかけて、手紙つけてきて!」
ばあちゃんの叫びを背にして、俺、慌てて、玉三郎の後を追って行った。
玉三郎は、名前の通り丸々とした猫のくせに、意外と俊敏で、足が速い。
野球部でも1番か2番を打つ、俊足な俺なのに、全然追いつかない。
裏庭を抜けて、通りを横断して、角を曲がって・・・・・・
「こ、近藤君!」
山本舞が角を曲がった『山本』って表札のかかった家の前でしゃがみ、玉三郎の頭をなでていた。
「お、山本! 玉三郎って、山本の家の猫だったのか?」
「え? う、うん・・・・・」
そ、そうだったのか・・・・・・
玉三郎って、山本の家の飼い猫だったんだ! 意外な縁が俺たちにあったんだ!
俺、心臓がバクバクいっていた。今全力疾走してきたからだけじゃなく、意外な発見に興奮して。
「そっか、うちのばあちゃんが、いつも玉三郎を膝に乗っけて、昼寝してるから、どこの猫かなって」
「そ、そうなの。へぇ~ 近藤君ちにも玉三郎、遊びにいってたんだ」
「うん、いつもばあちゃん、玉三郎に煮干をあげるんだけど、今日は手紙をくくりつける前に、玉三郎が帰っていっちゃったから、慌てて追いかけてきたんだ。あ、コレ、ばあちゃんから」
俺、山本に手紙を渡した。なんか、なんか、すごく照れくさい!
でも、どうせ山本に渡すんだったら、『煮干5匹上げました。福島』なんて、紙切れじゃなくて、もっと俺の思いのこもった・・・・・・
あっ、俺、調子こいて、なに考えてるんだ! 自分でも頬に血がのぼったのに気づいた。やばっ! 山本に気づかれたかも! ともかく、なるべくさりげなく、自然に応答しなきゃ。
「え? 福島さんって、近藤君のおばあちゃん?」
「ああ、母さんの母さんだから、近藤って名字じゃないんだ」
「そ、そうなんだぁ~」
だ、だめだ! 山本って、近くで見ると、眼がキラキラして、すごくかわいい! だれだよ、暗くて地味なヤツって言ってたの! 笑顔がまぶしいぐらいだよ。
そういえば、山本と二人だけで話すのって、初めてのこと。
た、たえられない!
「じゃ、そろそろ俺、帰るわ」
「うん。またね」
「ああ、また明日」
俺、くるりと、山本に背を向けた。そして、もと来た道を引き返していった。
明日、玉三郎が来たら、俺も手紙を首輪につけてやろうかな。
キラキラ輝く瞳のあいつに・・・・・・