バイト
今日も疲れた。
今の学校に入学してから始めたファミレスのアルバイト。毎日、夕方4時に入って、8時に上がる。
夏休みに入って、シフトを増やしたこともあって、すごく疲れる。
でも、それ以上に、すごく充実している気がする。
お客様たちに接客し、お料理を運び、お腹いっぱいになって、満足そうな笑顔で帰っていかれるのを見るたびに、なんだか私まで幸せな気分になる。
もちろん、中にはひどい態度のお客がいたりもするけど、そんなお客はごくごく小数。大抵のお客様は、気分のよい人たちばかり。私はそんなお客様たちから、いつも元気をもらうのだ。
先日、常連さんがやってきて、いつものようにドリンクバーとハンバーグセットを注文した。
近くの高校の体格のいい男子生徒。
いつも部活帰りなのか、制服を着て、同じ年格好の男子生徒たち数人と来店するのだけど、今は夏休み期間中。私服のストライプのシャツにジーンズを着ている。それに、今日は一人だけ。
夏休み中に私服で来店するってことは、近所に住んでいるのだろうか?
私は、アツアツのハンバーグセットを抱えて、その人の席へ運んでいった。
「ハンバーグセットになります」
いつもの営業スマイルと口調。
「あ、ありがとう・・・・・・」
なぜだか、私の顔をじっと見つめてきた。
不審に思いながら、伝票を置いて戻っていこうとする。
「あ、あのー」
呼び止められた。
「え? はい、なんでしょう?」
振り返る。一瞬眼が合って、気まずげにそらされた。
「あ、その、あの・・・・・・ごめん! なんでもないです!」
そのままハンバーグにがっつき始めた。
次の日も、その次の日も、彼は来店した。
私が接客するときもあれば、一緒に働いている他の人のときも。
観察していると、私が彼の側を通りがかるときには、なんだかそわそわしている様子なんだけど、他の人だと、大人しく黙って座っているみたい。
ってことは、あれなのかしら?
もしかして、私に気があるとか?
私でも気がつくようなことは、もちろん、他の人も気が付いていて、面白がって、彼が来店するとみんなして担当を押し付けてくるようになった。
ったく! まいっちゃうな。
私には、正治さんというちゃんとした彼氏がいるのだけど・・・・・・
この人も、もっと勇気をもって告白してくれれば、私は彼氏持ちだって説明して、あきらめてもらえるのに。いつまでもグジグジして!
草食系っていうの?
ホント、男って面倒くさいんだから!
今日も来店してきた。
そして、もちろん私が担当することになった。
いつものようにドリンクバーとハンバーグセット。
毎日毎日、ハンバーグセットばかり食べてると、カロリー過多だし、栄養が偏って健康によくないのじゃないのかしら?
そんなことを考えながら、オーダーを機械に入れていると、
「あ、あのー」
「あ、はい? なんでしょうか?」
「・・・・・・」
「オーダーの追加でしょうか?」
「あ、いや、その、そうじゃなくて・・・・・・」
ったく、はっきりしない男だ!
イライライライラ・・・・・・
胸の中にモヤモヤ感が溜まっていく。不快感がよどんでいく。
ええい! こうなったら、私の方からガツンと言ってやる!
「あの、ごめんなさい。私、彼氏いるんで、私目当てだったのでしたら、あきらめてください!」
言ってやった! ついに言ってやった!
ぺこりと勢いよく頭を下げて、かけるようにして席を離れていった。
今回ばかりは、さすがに食器の片付けを私がするなんて気にはならなくて、バイト仲間の美登里に拝むようにして代わりを頼んだ。
食器を下げてきた美登里は、困ったような表情を浮かべて、
「さっき、あのお客さん、夕実の上がりの時間を訊いてきたわよ」
「・・・・・・え?」
「いよいよ夕実に告白? キャアァァァ―――!!」
楽しげに、黄色い声を上げる。
って、ついさっき、彼のことを振ったのばかりなのだけど・・・・・・
そのことを告げると、美登里、途端に困惑した様子で、
「じゃ、なんで? 振られてるのに? も、もしかして、ストーカー?」
「か、かな・・・・・・?」
頬が引きつる。
「私、てっきり、告白するつもりだと思って、夕実が8時に上がるって教えちゃったよ。どうしよう・・・・・・」
「う~ん・・・・・・」
すこし考えて、
「こないだ結婚した姉の家がこの近所にあるから、今晩は泊まっていく方がいいかも」
「ええ、そうね。でも、とにかく、私も一緒に帰ってあげる。もし、あのお客さんが、なにかヘンなことしてきそうだったら、私、あなたを守るね」
「あ、ありがとう・・・・・・」
バイトの時間が終わり、裏で着替えて、先にバイトが終わって控え室で待っていた美登里に声をかけ、連れ立って裏口から外へでた。
煌々とあかりのともった店内の窓からは死角の位置の裏口。小さな防犯灯があるとはいえ、薄暗く不気味。
と、不意に、向かいの塀にもたれるようにして立っていた影が動いた。
「ひっ・・・・・・」
思わず、怯えて美登里と手を取り合う。あの常連の高校生だ!
「えっと、夕実さんですよね。大野夕実さん?」
えっ!? なんで、この人、私の名前をしっているの? 店の中では、胸につけるネームプレートには名字しか書かれていないはずなのに・・・・・・?
「ちょ、ちょっと、あんた、さっき夕実に振られたらしいじゃない! なんで、こんなところで待ち伏せみたいなことしてるのよ!」
美登里が隣で気丈に言う。
でも、私の手をつかんでいる美登里の手も小刻みに震えている。
「あんた、夕実のなんなの? ストーカー? 警察に訴えるわよ!」
一瞬、目の前の彼、苦笑いを浮かべたみたいだった。
「俺、三村豊です。真由さんの義理の息子になった・・・・・・」
三村・・・・・・ 出戻ってきた姉の真由が、先月同じバツイチで高校生の子供がいる子連れ男と再婚した。たしか、その名字が『三村』・・・・・・
「真由さんから、いつも学校帰りに通ってたこの店で妹さんが働いているって聞いていたから、前から一度、挨拶しようとか思ってたんだ。でも、じゃ、実際にあったら、どういう風に挨拶すればいいかなんてわからなくてさ」
ま、たしかに、姉の嫁いだ先の連れ子だなんて、縁があるようなないような関係なわけだし。私にだって、どう挨拶すればいいかなんてわからない。
「散々、悩んでたんだけど、さっき、急にあんなこと言われちゃったわけじゃない?」
途端に、さっきの言葉が頭の中を駆け抜ける。
――あの、ごめんなさい。私、彼氏いるんで、私目当てだったのでしたら、あきらめてください!
顔から火が吹きそうになる。
「なんか、俺の態度でヘンな誤解をさせちゃったみたいで、ごめんなさい」
私たちの目の前で深々と頭を下げた。
「・・・・・・どういうこと?」
困惑した様子で、美登里がぽつりと私に訊いてきた。
「ねぇ? 豊くん? 君、毎日、ハンバーグセットばかり食べてたら、体に毒だよ」
「え? ああ、あれ? 俺、柔道やってるから、アレぐらい食べないと腹減るんだよ」
ポンとお腹を叩いた。
「でも・・・・・・」
大体、毎日、あんなものを食べているのじゃ、姉が用意する夕飯なんか入らないのじゃ?
「大丈夫さ、親父に合わせて、真由さんの料理って夕飯は少なめだから」
すこし線の細い感じだった姉の再婚相手を思い出す。なぜか納得した。
「それに、この店には、一目ぼれした女の子が働いているし」
そう言って、豊くん、なぜか私の隣の女の子のことをじっと見つめるのだった。