不愉快な虹
部活の帰り、俺は校舎の玄関口で空を見上げた。
どんよりと曇った空から、ショボショボと冷たい雨が降る。
「雨・・・・・・」
「ああ、降ってきたな」
俺の隣で、同じ部の木村先輩が傘を広げた。
「ん? カズ、傘は?」
俺は頭を掻きながら、
「朝、出かけるとき、晴れてたから・・・・・・」
先輩は苦笑を浮かべた。
「そっか、なら、一緒に入っていくか?」
「え!? いいんですか? 助かります」
もともと入る気満々だった俺、喜んで先輩の言葉に従う。
「しかし、野郎と二人で相合傘か・・・・・・ しょっぱいな」
「ははは、すみません」
「いいって、いいって。気にすんな。はぁ~」
思いっきり残念がってるし・・・・・・
「こら! カズ、木村君に迷惑でしょ!」
突然、俺たちの背後から女の声が。って、この声は・・・・・・
「姉ちゃん。今帰り?」
「うん、そうよ。ほら、朝、私が言ったとおりでしょ! 帰り雨ふるって! だから、傘持って行きなさいって言っといたのに、まったく!」
「ははは」
「ほら、いいわ。今日は私の傘に入っていきなさい。一緒に帰るわよ!」
「って、いいよ。高校生にもなって、姉ちゃんと一緒になんて、帰れるかよ!」
「ほらっ! 早く入りなさい!」
「いいって、俺、先輩に入れてもらうから」
俺たちは、傘に入る入らないで、しばらく押し問答していた。
と、そばで見ていた先輩が、
「って、えっ!? え!? えー!! カズって水原の弟だったの!?」
「え? あ、はい、そうです」
「そ、そうか・・・・・・ そういえば、カズの名字って水原だったよな?」
「ええ。はい・・・・・・?」
「そ、そうか。そうか、そうか・・・・・・」
なぜか一人で納得している先輩。
「ほら、カズ、帰るわよ!」
「いいって、先輩に入れてもらうって!」
「よくない! 他人様に迷惑かけないの!」
「いいの! 先輩だって、迷惑だなんて、思わないし、ね? 先輩?」
「あ、ああ・・・・・・」
「木村君、こんなヤツに気を使わなくてもいいのよ。傘忘れたの、こいつ自身のせいなんだから」
「い、いや、別に気使っているわけじゃないのだけど・・・・・・」
俺たち姉弟は、ずっと押し問答をつづけていたのだけど、やがて、
「な? 水原? カズ、嫌がってるみたいだし、こうしないか?」
ずっと横で見ていた先輩が提案してきた。
そして、俺たちは学校をでて、駅へ向かうことになる。
「な、なあ、水原って趣味はナニ?」
「え、わ、私? 私は・・・・・・読書」
「へぇ~ そうなんだ」
(って、なにが読書だよ、家じゃいつも携帯のゲームばかりして、ゴロゴロしているくせに!)
「最近、どんな本読んだ? どんなジャンルとか好き? 俺、推理モノとか好きだな。水原は?」
普段、落ち着いていて、常に冷静な先輩が、妙にテンション高い。
「そうね、私は、村上春樹とかかな」
(って、それジャンルじゃないし。大体、姉ちゃんが読む小説って、BLぐらいじゃん!)
先輩の隣を歩く姉ちゃんは、普段はうるさいぐらいにおしゃべりなのに、今はすごくおとなしい。借りてきた猫の状態。隣の先輩の質問にポツリポツリと答えるだけ。
そう、結局、あの後、先輩の提案で、先輩の傘に先輩と姉ちゃんが入り、俺が姉ちゃんの傘を差して帰ることになった。
「駅前の商店街までだし、あそこから駅までアーケードで屋根あるから、一緒の傘でもいいよね?」
「え、あの、ええっと・・・・・・」
「ほら、カズ、お前、水原の傘な」
そう言って、俺たちの返事も聞かずに、全部先輩が決めた。
おかげで、俺は相合傘の二人のすぐ後ろを女物の傘を差してついていく羽目になってしまった。
なんか、俺、格好ワルッ!
「俺、前から一度でいいから、女子と相合傘したかったんだ。ホント、相手が水原でよかったよ。俺すごくうれしいよ。あ、でも、もしかして、水原的には迷惑じゃなかった?」
「え、ううん。迷惑だなんて、そんな・・・・・・」
「そ、良かった。俺、生まれてはじめての女子との相合傘だからさ。なんか、興奮しちゃって。なんか、なんか、俺、今幸せ? 明日になったら、死んじゃってるんじゃない? みたいな?」
「まあ・・・・・・」
姉ちゃん、もしかして、ちょっと照れてる?
しかし、先輩って、こんな軽いキャラじゃなくて、もっとクールなキャラのはずなのに・・・・・・
しかも、妙に姉ちゃんにデレデレしちゃって! ちょっと、馴れ馴れしいんじゃないですか?
いくら同級生だからって、あんたら、今までまともに話したことすらなかったんでしょうに?
ったく!
やがて、商店街の端にたどり着いた。
ここからはアーケードになっていて屋根がある。
さすがに傘をたたんだけど、二人はたのしそうにおしゃべりしながら、並んで歩くのをやめない。
そんな二人の後ろを、さっきまでと変わらず俺はついていく。
なんか、すごく場違い。気まずい。
そして、駅に着いた。
「今日は水原と相合傘できて、すごく楽しかったよ。俺にとって、最高の高校時代の思い出になりそうだよ」
「ううん、そんな。私こそ」
「ね? そうだ、良かったら、駅の向こうのスタバによってかない?」
「え? でも・・・・・・」
(ったく! なに猫かぶってるんだよ! 恥ずかしそうにシナ作っているけど、内心はすごく行きたいくせに! ったく!)
姉ちゃん、一瞬、俺の方を見た。眼が合った途端、気まずそうに、プイッと反対の方を見る。
(ったく! ・・・・・・!)
「姉ちゃん、今朝、出るとき、母さんが、今日は早く帰って来いって言ってなかった?」
バレバレのウソだ。先輩もこんなウソ、信じはしないだろう。
「そ、そうだったわね。ご、ごめんなさい、木村君。そういうことだから・・・・・・」
「ああ、いいよ。わかった。ね、迷惑じゃなかったら、また、誘ってもいい?」
「うん!」
姉ちゃんは、『ぜひ!』って言葉をつづけそうな勢いで返事したけど、さすがにはしたないって気がついて、ぐっと言葉を飲み込んだみたいだ。
「やった。じゃ、今度、また、誘うね」
「うん」
「今日は、ホント、楽しかったよ。じゃ、また明日学校でね」
「うん、バイバイ」
「さよなら」
先輩は、名残惜しげに二三歩後ろ歩きし、小さく手を振りながら去っていった。
「ぐふ、楽しかったんだって。最高の高校時代の思い出になるんだって。うふふ」
気持ち悪いにやけ笑いをもらす女が俺の隣に一人。
はぁ~
俺たちは並んでホームに出る階段を上った。
向かいのホームに先輩の姿があり、階段を上ってきた俺たちに向かって手を振る。
俺たちも手を振り返した。
「雨上がったね」
「ああ、そうだな」
線路越しにそう言い合いながら、三人でそれぞれのホームの端から空を見上げる。
ふっと、俺の視界の隅に七色のものが目に入った。
虹だ。
ふっと横を見ると、姉ちゃんと先輩、お互いを線路越しに見詰め合っているし・・・・・・
ったく! このバカップルめ!
ついさっき相合傘したってだけの縁のくせに! 気が早いっつーの!
ばかばかしくなって、姉ちゃんたちに虹のことを教えるのをやめた。
大体、こんな場面で虹が見えるなんて、できすぎだ!
でも、そんなことお構いなしに、近くの女子高生二人連れが指差してくれるし・・・・・・
「あっ、虹」
「わぁ~ 本当だぁ~ 綺麗ぇ~」
当然、姉ちゃんたちも気がついて。
俺の隣で、「素敵♪」って眼をハートにしてつぶやきながら、胸の前で指を組んでいる女が現れたりもする。
はぁ~
向かいのホームでは、その虹に携帯のカメラを向けている先輩の姿も。
すぐに、俺の携帯にメールが着信した。
『今日の記念に、お姉さんに、この虹を。それと、後で、お姉さんのアドレスと番号教えてくれ!』
はいはい・・・・・・
いままで俺にとって虹というものは、無条件に綺麗でうつくしいものだと思い込んでいたのだが、今日初めて、そうではないということに気がついた。
うっとうしくて、面倒くさくて、ムカムカする。
虹なんて、この世から、消えてなくなればいいのに!