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同窓会

 前回の同窓会に参加していないから、千秋と会うのは20年ぶりだろうか?

 あのほっそりしていた千秋が、すっかり腰の周りに肉がつき、体重を移動させるたびに、お腹周りのお肉が揺れる。

「これって幸せ太りっていうのよ。うふふ」

 そんな体型の変化を千秋は気にしてもいないようだった。前にあったときにはダイエットの話ばかりしていたというのにね。人って変わるものだ。それも劇的に。

 でも、対称的に変わらないのが、由紀。相変わらず筋張っていて、痩せている。この30年間、ずっと同じ体型を維持している。思わず、私自身の体を見下ろして、ため息をついてしまう。

 努力家の由紀のことだから、きっと陰でいっぱい努力しているのだろうな。


 私たちかつての仲良し3人組は、ひとところに集まってワインを片手に昔の思い出を語りあっていた。

 ここは駅前のシティホテルのホール。普段は披露宴などのパーティ会場として使われている場所だが、今日は私たちが30年前に卒業した中学校の同窓会が開かれている。

 ここに集まっているのは、当然、45か、46の中年男女。

 もう、昔みたいに、だれもはめを外して騒いだりはせず、落ち着いた雰囲気を維持したまま、ゆったりと時間が過ぎていった。

 と、一人の男性が近づいてきた。髪の毛がずい分寂しくなってきている。

「千秋。もう、帰ろうぜ」

「え? もう、だめよ。まだ私は由紀たちと話し足りないんだから。20年ぶりなんだし、もうちょっと楽しませてよ」

 鼻にかかった声で甘えるように返事をする。千秋の旦那さんかしら? ここにいるってことは、私たちと同級生ってこと。だれだろう? なんとなく見覚えがあるのだけど。

 ふと由紀の方を見ると、すごく緊張している雰囲気。

 ん? なんで?

「あいつら自慢話ばかりで、つまらん。『知るか! けっ!』ってんだ!」

「なに? どうしたの、俊宏?」

「どこそこプロジェクトで下請けに入れたのは、だれそれの営業力のおかげだとか、ゴルフのハンディがいくらで、ホールインワンを何回出したことがあるかだとか、俺が知るかってんだ!」

「あら、まあ」

「そんなに自慢したいんなら、よそでしろって言ってやりたくなったよ」

「うふふふ」

「ったく! 自慢ばかりしやがって!」

 すごく悔しそうに顔をしかめている。

 でも、千秋が口にした俊宏さんってどっかで聞いたことがあるような・・・・・・

 由紀、さっきから青ざめたり、赤くなったり。顔色を変えるのでいそがしそう。それを見ていたら、急に思い出した。

 東俊宏。由紀が、中学時代に片思いしていた同級生だ。

 え? でも、千秋が結婚したのって、別の男性だったはず。なんで、東君と?

「俺なんて、こないだから仕事探しで大変なのによ! なにが、営業力だよ。ゴルフだよ」

 さんざんブチブチ言って、俊宏くんは私たちから離れていった。

「え? え? な、なんで、千秋と東君が? 旦那さまは?」

「ん? ああ、そうだったわね。15年ほど前に、前の旦那と別れたのよ」

「え? え? じゃあ?」

「うん、私、今は俊宏と結婚しているの」

「そ、そうなんだあ」

 由紀、さっきからずっとだまったまんま。私たちの会話を聞いているのかいないのか分からないけど、ずっと眼だけで向こうの男性陣の塊の方へ戻っていく東君の姿を追っている。

「あ、でも、さっき仕事探しているとかどうとかって?」

「うん、そうなの。こないだ、あの人リストラされちゃってね。もう大変よ。まだ、子供が独り立ちしてないし、家のローンとか残っているし。はぁ~」

 でも、どことなく千秋は幸せそうに微笑んでいる。なるようになるっていう心境なのだろうか? でも、ちょっと違うような感じも受けるのだけど?

「私も働いているし、そんなに慌てて再就職先探す必要もないのにね。あの人ったら・・・・・・」

「そ、そうなんだ」

 と、また、向こうの男性陣の輪から東君が抜け出して、こちらへ近づいてきた。

「ったく。なんで、あんなに自慢話が好きなのかね。つまらん連中だ!」

「まあ、そんなこと言わないで・・・・・・」

「いっそのこと、俺も自慢話でもしてやろうかな?」

「えぇ? なんのこと?」

「お前」

 じっと千秋ちゃんのことを見つめる。

「お前が俺にとって、どれだけイイ女で俺が幸せかってな」

 とたんに、千秋、顔の表情を大きくほころばせた。

「もう、だめよ。そんなこと」

「ちぇっ! いいじゃん」

「だーめ!」

「はいはい。分かったよ。お前がそう言うんならな」

 そう言って、また男性陣の間にもどっていったのだけど、しばらくして、

「ってなんだよ。のろけ話かよ!」

 なんていう素っ頓狂な声が男性陣の方から聞こえてきた。

「って、ま、まさか、本当に言っちゃったのかしら、あの人?」

 やがて、男性陣の方からこちらに声がかかってきた。

「よっ! 東の奥さん、旦那がさっきからのろけてばかりでよ。参っちゃうよ。なあ、こっちきて、一緒に飲まないか? 本当のこと聞かせてよ」

 だなんて。結局、千秋、そんな男性陣の方へ去って行っちゃった。

 そのあとも、男性陣の方ではワイワイ盛り上がっているのが見えていた。多分、千秋ちゃんと東君の二人して、あれこれのろけ話を披露しているのだろうな。


「東君ってずい分変わったね」

 由紀がしみじみという。

「そうね。特に頭の辺りとか・・・・・・」

「ふふっ、そうね。前にあったときには、あんな風なことを言ったりするような雰囲気じゃなかったのに」

 そう、中学時代、東君といえば、クールな印象で寡黙な性格だった。そんな雰囲気に憧れて、由紀は片思いしていたのだろう。

「それに、今は失業者なのね」

 予想外の一言に、思わず由紀の顔を見つめてしまう。

 たしかに、あらためて考えてみると、今リストラされて仕事を探しているわけだから、失業者ってことになる。

 けど、その当の本人も、その妻の千秋も、ちっとも悲壮感みたいなものがない。むしろ、今が幸せって感じ。だから、まったく失業者って単語のイメージと彼が結びついていなかった。

「そうか、そういや、そういうことになるわね」

「ええ、そうね」

 由紀の頭の中では、どんな思いが渦巻いているのだろうか? 後悔、嫉妬、安堵、安心。

 ふっと息を吐き出し、どこか寂しげに微笑む。

 そういえば、由紀って地元の旧家の長男の嫁になったはず。駅前にたくさんの土地をもつ地主で資産家。金があり余っている生活がにじみ出るように、由紀自身、身なりは高級ブランド物ばかりでかためている。

 でも、旧家なだけに、いろいろとしきたりも多く、姑や小姑もいるかなり気疲れの多い嫁の立場なはずだった。

「そう、失業者なのね・・・・・・」


 同窓会がお開きになり、私は二次会のお誘いを断って、家路についた。

 家に帰りつき、ホッと息をつきながら、玄関のドアを開ける。台所からは、智也が料理でもしているのか、焦げ臭い匂いが漂ってきている。

「ただいま」

 ドタドタとスリッパの音を響かせて、台所の入り口からエプロンをつけた智也が顔をだした。

「あ、おかえり。早かったな。ギョーザ焼いてるけど、一緒に食うか?」

「え? うん。食べる。お腹、ペコペコ」

「そか。じゃ、準備するから、着替えて待ってな」

 その言葉に従い、私たち夫婦の部屋に入って着替えを済ませて居間に戻る。

「佳織は?」

「今日、部活で遅くなるって」

「そう」

 そして、キンキンに冷えたビールを片手に、フライパンをもう一方の手にもって智也が居間にでてきた。

 テーブルの上に鍋敷きをおいて、そこにフライパンを置く。

「もう、皿ぐらい出しなさいよ!」

「いいだろ。洗い物減るんだし」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 なんて、二人で言い合いながら、それでも、箸を伸ばして、一つきりのタレの皿にギョーザをしたして口にする。

 サクッ

 ギョーザが小気味いい音を立てる。ふわりとニンニクの香りが鼻腔にひろがって、食欲を刺激する。

「うまい! うまいだろ?」

「うん。美味しいね」

「だろ。うんうん」

 そして、私たちは乾杯をした。

 多分、智也は同窓会にでても、私のことを自慢したりはしないだろう。それにたくさんの土地をもっている資産家というわけでもない、ただのサラリーマン。

 休日にギョーザを焼くのが趣味の人。

 そんな人の隣に座って、ビールを飲みながら一つのフライパンの中のものを分け合って食べている。

 私は今この瞬間がとても好き。この人と一緒にすごすこの時間が好き。

 そんなひと時を心の底からいとしいと思っている自分を見つけて、私はすごく満足していた。

「ひさびさに友達に会って、どうだった? たのしかった?」

 私は、智也に向かって、大きくうなずいて見せた。一瞬、千秋と由紀の姿が脳裏に浮かんで、首を振った。それから、心からの笑顔をみせながら。

「うん。でも、今はもっと楽しいわ!」

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