ありえなーい!
小中高と同じ学校に通っている美尋ちゃんと今朝も駅前で待ち合わせて、学校へ向かう。
いつものとおり私の方がほんのちょっと早く駅についていて、駅の脇の踏切を足早に渡ってくる美尋ちゃんの姿を探していた。
「よっ! 小林、おはよう」
突然、背後から声をかけられ、驚いて振り返ると、幼馴染みの多田。
「おはよう、多田。元気?」
「ああ、小林は? って、訊くまでもないか」
「なによ、それ?」
「うん、俺の前に、すごく健康そうで、凶暴そうな女がいるし」
多田のヤツ、にやりと笑う。憎たらし!
「ふんだ!」
「今日も、尾崎待ってるの?」
「フンッ!」
返事なんてしてやんないんだから! 無視、無視ッ!
「ハハハ・・・・・・」
頬をポリポリ引っ掻いて、困惑した表情で多田のヤツ、私の隣に立っている。
「ちょっと、そんなところに立ってないで、あっち行きなさいよ!」
「ああ? なんでだよ?」
「目障りなのよ! ったく!」
「いいだろ、別に、ここにいても! どこに居ようが俺の自由だろ?」
「ええい、うっとうしい! あんた、私のストーカーかなにか?」
「はぁ? なんでそんな話になるんだ? お前って自意識過剰だっつうの! だれがお前なんかストーカーするかってーの! わかってる?」
「フンッ! シッ、シッ! あっち行きなさい! このストーカー!」
邪険に手を振って、追い払おうとするのだけど、多田のヤツ、そっぽをむいて、無視。
ったく!
険悪な雰囲気でお互いにそっぽを向き合って立っていると、
「お待たせ、ゆかりん、多田くん」
「おす、小林、大輔」
いつの間にか、美尋ちゃんが目の前に立っていた。美尋ちゃんの隣には、これまた私たちの幼馴染みの仲本くん。
「おはよう、美尋ちゃん、仲本くん」
「おす、尾崎、悠一」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこかに飛んでいって、すぐににこやかに挨拶をする私たち。
「しかし、お前ら相変わらず仲がいいな。うらやましいぞ」
「そうそう、ホント、ふたりいつもじゃれあって、ねぇ~?」
私の目の前で、美尋ちゃんと仲本くんが微笑を交し合っている。
って、それって、私と多田の仲がいいってこと?
「ち、違う。それ、違うよ!」
「誤解だ! 全然違う! 俺たち今、喧嘩してたところ」
慌てて、ふたりして否定しようとするのだけど、
「ほら、喧嘩するほど、仲がいいなんて言うしね」
「そうそう、相性がバッチリだから、喧嘩するんだよ」
また、二人で見詰め合って、微笑を交わして。
「ったく! なんで、こんなヤツと私が仲良くしなきゃいけないのよ!」
「なんで、俺が、こんな粗暴なヤツと相性がいいんだよ!」
私たちの抗議の声を無視して、見詰め合う二人は、手を取り合って、
「さあ、そろそろ行こう」
なんて、二人声を合わせて、そのまま改札の方へ歩き出した。
「だめだ、こいつら聞いちゃいない!」
「うん・・・・・・ バカップルめ!」
その背後で、私たちは大きくため息を吐くのだった。
「それでね。北川先輩がね・・・・・・」
「うん、それで・・・・・・へぇ、そうなんだ・・・・・・」
電車の中で、盛んにおしゃべりしているのは、美尋ちゃんと仲本くんだけ、私はカバンの中から文庫本を出して読書をはじめ、隣で多田はカシャカシャと耳障りな音をイヤホンからもれさせながら、携帯プレイヤーで音楽を聴いている。
「ちょっと、あんたのそれ、どうにかならない? 音が漏れてうるさいんですけど」
耳元で文句をいうのだけど、
「え? なに? なんか言った?」
多田のヤツ、私の言ったことがよく聞こえなかったみたい。私の側のイヤホンを外して、耳を寄せてきた。
一瞬、汗臭い男の匂いがして、うへっとなって・・・・・・
「いい。もう、いい!」
本に意識を戻す。
でも、なんか目の前の文字がなかなか頭の中に入ってこない。
眼の中には飛び込んでいるのだけど、それが頭へ向かう神経に乗らない。
イメージが頭の中に結ばない。
さっきまで、耳の近くの音にイライラしていても、こんな風に意識がかき乱されることなんてなかったのに・・・・・・
なんで?
さっきの匂いが鼻にこびりついている。
鼻がヒクヒクする・・・・・・
「おい? くしゃみか? これ使え」
突然、目の前にポケットティッシュが。
「え?」
多田だった。
「お前、鼻、ピクピク動いてたぞ」
「うそっ!」
「ホント」
多田のヤツ、にやりと笑った。く、くそぉ~!
「ほれ、鼻かめ」
ぐいぐい私の鼻先に押し付けてくる。
「い、いい! 自分の使うから」
「いいから、いいから」
「いいって言ってるでしょ!」
ついきつい言い方になった。途端に鼻白んだ様子で、
「あ、そう」
ティッシュを丸めて自分のポケットにしまった。
なんだか、その様子を見ていると、なんだか私が悪いことをしたような気分になって、
「ありがとう」
ポツリとつぶやいている私がいた。
私の声、イヤホンしているヤツに聞こえたかどうかは知らないけど・・・・・・
ガシャガシャガシャシャ・・・・・・
突然、私の耳に大音量の音楽が、
「え?」
慌てて、本から顔を上げ、音楽がする方を見ると、多田が私の耳に片方のイヤホンを押し付けていた。
「な、なに?」
驚いて、見つめている私に、
「さっきお前、なにか話しかけていただろ? もしかして、聞きたいのかなって思って・・・・・・」
なんで、そういう結論になる!?
ガシャガシャガシャシャ・・・・・・
「ほら、結構、いい曲だろ? これ、俺の最近のお気に入り」
「そ、そう・・・・・・」
「これ、いいんだよなぁ~ ビートが利いていて、特に低音の響きというか、迫力がすげーんだよ」
キラキラ表情を輝かせて、曲の解説をしてくれている多田。
へぇ~ 多田って、こんな顔もしたんだ・・・・・・
意外な発見。
片方の耳から聞こえるリズムに合わせるように、体が震える気がする。
ガシャガシャガシャシャ・・・・・・
やがて、曲が終盤にさしかかり、最後は大音響で終わった。
「ふぅ~ な? 結構いい曲だろ?」
今まで見たこともないような多田の笑顔。
「う、うん・・・・・・」
正直、なにがいいのかわからないけど、ただうなずくだけの私。
そして、また、次の曲のイントロがはじまり・・・・・・
私たちは、また大人しく並んで曲を聴いていた。
改札口をで、私たちは学校へむかう。
多田と仲本くんはそれぞれ別の学校。私たちとは違う駅で降りていく。
「ねぇ? 今日、多田くんと結構いい雰囲気だったね」
「え? なんで・・・・・・?」
「だって、ほら、音楽ふたりして聴いていたでしょ? ずっと、電車の中で」
「・・・・・・」
「なんか、あれって、二人で同じものを分け合うっていうか、二人は、こう、物理的につながっているっていうか」
美尋ちゃんは、自分の耳から見えないヒモを伸ばして、私の耳まで繋げた。イヤホンのマネだろう。
「もう、二人は一心同体って感じ。愛の共同作業? キャハ!」
「って、なに言ってるのよ! そんなわけないでしょ!」
「心が通じあっちゃってるよね? 幸せそう。すっかり恋人同士だね? うらやましい!」
「なっ・・・・・・」
確かにあのとき、私は、イヤだとは思わなかった。ううん、むしろ、なんだか心地いいような気分で・・・・・・
ぐっ! だからといって、私が多田と? ありえなーい!
ないないない! 絶対にない!
私と多田が恋人だなんて・・・・・・
ありえなーい!