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普通列車

 今朝も快速列車をやり過ごして、普通列車をホームで待つ。

 快速列車に乗れば、学校の最寄り駅まで3駅でつく。早く学校へつける。でも、私は乗らない。わざわざ一本遅い普通列車に乗る。


 ホームを離れて、だんだんスピードを上げて去っていく快速列車を見送って、ホームの時計を見上げる。

 普通列車が来るまで後3分。

 最初のうちこそ、いつもの乗車場所で大人しく電車が到着するのを待っているのだけど、だんだんそわそわした気分になって、何度も時計を見上げて、針が進むスピードが遅いことにイライラして、でも、心のどこかでは時間がもっとゆっくり進んで欲しいなんて思っていて。

 居ても立ってもいられずに、その場を離れて、ベンチ1つ分を何度か往復して。

 ハッと気がついたら列車が来るまで後1分で、慌ててすでに出来ている列の最後に並びなおす。

 そして、電車がホームに滑り込んでくる直前に君がやってくる。


 乗車待ちの2列の行列のひとつの最後尾に立っている私。

 その隣の列の最後尾に君が並ぶ。

 ほとんど肩が触れ合うぐらいの距離だけど、話さないし、ふたりとも視線を向けない。

 ただ、私の隣に君が居るというだけで、なぜかほっとする。

 たまに、君が来ないこともあるけど、そんな日には、すごくがっかりしている私がいる。ひとりで電車に乗って、学校について、その日一日はなんとなく憂鬱な気分ですごして、次の日にまたホームで快速列車をやり過ごして、考えているんだ。

 君は風邪をひいたのかしら?

 それとも、寝坊?

 もしかして、私がいつも君の事を待っているのが迷惑で、時間をずらして避けようとしているの?

 でも、結局は、普通列車がホームに入ってくるころに君が現れて、私はホッと息を吐く。


 真美たち学校の友達はみんな、勇気をだして私から声をかけてみなって言うし、そのときはよしやるぞ! って思ったりもするのだけど・・・・・・

 でも、だめ。いざ隣に君が立っていると緊張して、声すら出せなくなって。

 そのまま、いつものように黙ったまま電車に乗って、私の降りる駅の一つ手前で降りていく背中をじっと見送っているだけ。

 そんな何も言えずに、ただ去っていく背中を見ているだけの自分が情けなくて、せつなくて・・・・・・


 君と初めて出会ったのは、高校に入学して2週間ぐらい経ったころ。

 いつも乗っていた快速列車にたまたま乗り損ねて、次の普通列車を待っていたら、隣町の高校の制服を着た君が私の後ろに並んでいた。

 電車に乗り込んで、通路でつり革をつかんで立っていると、隣の駅で座席に座っていた男の人が一人立ち上がって降りていった。

 ちょうどその人に前に立っていたのが君。

 君は一瞬、目の前に空いた座席に腰掛ける仕草をしたけど、すぐに、その動作をやめて、となりの人に席を譲った。

 となりに立っていたお腹にふくらみがある女性に。

 それ以来、朝ホームで見かけるたびに、『あっ! 妊婦さんに座席を譲った人だ』なんて、気になるようになって、見かけないときには、ついホームを眼で探すようになって・・・・・・

 気がついたら、君と一緒の電車に乗っているのが、たのしくて、幸せで。なにも話せないのにね。

 そして、初めて君にあったのが、普通列車だったのを思い出して、わざわざ快速列車をやりすごすようになっていた。


 今朝も、君は私のとなりに並んで電車に乗るのを待っている。

 電車がホームの所定の位置でとまり、空気が抜ける音とともに扉が開いて、行列が電車の中に飲み込まれていく。

 最後に乗り込むのは私たち。

 私たちは、乗車口の扉にもたれるようにして立っている。ガラスの向こうを流れていく景色を眺めながら、それで居て、ちっともその景色になんか関心がなくて・・・・・・

 次にこちら側の扉が開く君が降りる駅まで、黙って立っている。

 君は気づいていないかもしれないけど、ずっと私は全身で君の気配を探っている。

 あ、今、君が首の後ろを掻いた。

 さっき君が吐いた息を今私が吸い込んでいる。私の息も君は吸い込んでくれているのかな? イヤじゃないのかしら?

 君のイヤフォンから漏れてくる音楽、私知ってるわ。最近、人気急上昇中のロックバンドだね? 昨日、真美も好きだって言っていたわ。今度、CDとか借りてみようかな?

 君と話したいことがいろいろあって、君と同じ場所に居ることが幸せで、でも、勇気がなくて・・・・・・

 私の胸に出口のない言葉が溜まっていく。決して吐き出されることのない想いが積もっていく。

 ああ・・・・・・


 ふっと外が薄暗くなる。

 大きなビルの陰に入ったのだ。

 いつもなら、このビル陰はすぐに通り過ぎていくのだけど、今日に限って減速して、とどまった。

 一瞬、車内の空気がすこし緊迫したものになった。

『停止信号です』

 車内のスピーカーからのんびりした車掌の案内が聞こえてくると、途端にみんなの緊張が緩む。

 私もホッと息をつき、その瞬間だけ、君の気配を探るの忘れていて。

 ふっと、なぜだか視線を感じて、その視線を感じた目の前のガラス窓を見る。

 視線が合った。

 途端に、私もその人も視線をそらす。

 頬があつい。

 で、恐る恐る再び眼を戻すと、今度もやっぱり眼が合って。

 今度は、なぜか眼をそらすことが出来なくて・・・・・・

『動きます』

 ゆっくりと電車が動き始めて、ビル陰からでた。


 今日も電車を降りてホームの改札口へと歩いていく背中を私は見ている。

 ただ黙って君の背中を見つめている。

 でも、今日は昨日までとは違う。

 君が降りていくときに「じゃね」って小さく声をかけてくれたのが、うれしくて。

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