プリントを届けに
――ピンポーン
玄関のチャイムが鳴ったようだ。
寝ているのも、いい加減うんざりしていて、ベッドの中で文庫本を読んでいた俺は、スリッパを突っかけながら、パジャマのまま、インターホンとつながっている電話をとった。
「はい」
「あ、えっと、智也くんと同じクラスの三浦といいます。智也くん、いらっしゃいますか?」
「え? あ、はい。ちょっと待ってて、今行くから」
なんで、三浦が俺の家を訪ねてくるんだ? 確かにクラスの中では家が近所な方だが、だからといって、俺を見舞いに来るほど親しいというわけでもない。なんだ、一体?
不思議に思いながら、そのまま玄関に移動し、ドアを開ける。
「なに? どうしたの?」
「あ、うん」
そう言って、三浦は手に提げたカバンの中をゴソゴソ探る。やがて、何枚かのプリントを取り出した。
「今日のプリント。届けに来た」
子供の頃から、この時期と秋になると、いつも病気になった。
毎年、寒い季節と温かい季節の変わり目に体調を崩し、学校をやすむ。一日のうちでの気温の変化が大きくなるのとすごしやすくなる時期で気が緩むのとで、そういうことになるのだろう。逆に本当に寒い真冬にはピンピンしていて、ここ10年は風邪にすらかかったことがないのだし。
というわけで、今年もこの季節がやってきて、案の定、昨日から38度を越える熱を出して寝込んでいたのだった。
俺は玄関に転がっていたサンダルを突っかけて、外へ出、門越しに三浦からプリントを受け取った。
「ちゃんと渡したからね」
「ああ、ありがとう」
三浦は学校帰りらしく、制服のブレザーにスカートをきっちりと着崩れなく着こなしており、うしろでひっつめにした黒髪と黒縁眼鏡にだいぶ傾いてきた太陽の光を反射しながら立っている。あいからず優等生っぽい雰囲気だ。
ついついそんな三浦の姿を頭の天辺から足元までしげしげと眺めまわしてしまった。
「なによ?」
「あ、いや。なんで、三浦だったのかなってさ」
「私じゃ不満なわけ?」
「ううん。全然。そんなことないよ」
なにしろ曲がりなりにも女の子が我が家を訪ねてくれるイベントなんて、そうそうあるようなことじゃないし。
けど、そんなことより、本当になんで三浦だったのだろうか?
同じクラスには、三浦よりも自宅の距離的にも、人間関係的にも、近いヤツがいるっていうのに?
はっ! ま、まさか、三浦のヤツ・・・・・・
そんな疑惑が顔にでていたのだろうか。三浦は、これ見よがしにため息をはいた。
「ったく、なんで男子って、どいつもこいつもうぬぼれが強いのかしら」
「ん?」
「あんたら、どこまで仲良しなのよ。二人して病気になるなんてさ」
「えっ?」
「今中くんも、今日は休みだったわよ」
「あっ、そ、そうなんだ」
「そうよ。あんたら、友達なんでしょ? お互いメールとかで今日休むって連絡しなかったの?」
あっ・・・・・・ 忘れてた。けど、ま、女子ならともかく、男同士って、これが普通なんじゃ。
「ったく、さっき、あっちの家に行ったら、家の人に彼女だと間違われるし、アンタはアンタで、私のこと誤解するし。今日は散々だわ」
「あはははは・・・・・・」
頭の後ろを掻きながら、ごまかすしかないわけで。
「とにかく、次、病気になるなら、今中くんと同じ日にならないように気をつけなさいよね!」
「ああ、なるべく、そうするよ」
「じゃあね」
「ああ。プリント届けてくれてありがとうな」
そうして、三浦はきびすを返して、まだ門扉にもたれかかるようにして見送る俺の方を見もせずに、立ち去ろうとするのだった。
けど、その後姿をながめていたら、なんかまだ言い足りないような気がしてきた。だから、それを口に出し、三浦の背中にぶつけた。
「けど、三浦が同じクラスでホントよかったよ。マジで、すげぇ、うれしかった」
一瞬、三浦の足が止まった。けど、また、すぐに歩き始める。さっきよりも、いく分かテンポを速めて。若干、背中を丸めて。
「三浦がもし寝込んだら、今度は俺がプリント届けてやるよ」
その声が三浦の耳に届いたかどうか、俺にはわからない。