燃えるゴミの日
春に田舎から出てきて住み始めた都会のワンルーム。引越しの後片付けや入学式、バイト探しなどなど、慌しい日々にもようやく慣れてきた。
あとは、折角なので、恋人のひとりでもほしいものだが・・・・・・
大学へ出かける前に、キッチンの壁に貼り付けた広報を確認する。
よし、今日は燃えるごみの日。
予め分別して詰め込んでおいた指定袋をつかんで、玄関でクツをはく。
廊下を渡って、エレベーターで一階へ。そのまま、エントランスから外へ出て、マンション脇のゴミ捨て場へ直行した。
立ち止まる。ゴミ捨て場のまん前に髪の長い女性が立っていた。花柄のワンピースに、落ち着いた薄いブルーのカーディガンを羽織り、黒縁眼鏡をかけている。
彼女は俺が来たことにも気づかない様子で、なにかしきりとブツブツ口の中でつぶやいていた。
「燃えるゴミかしら? 燃えないゴミなのかしら?」
ゴミの分別の判断にでも迷っているのだろうか?
「えっと、あの、いいですか?」
遠慮がちに声をかけると、ビクッとなって、上半身だけをひねって振り返った。長い黒髪がさらさら流れる。不審げな表情を浮かべるので、手に掴んでいるゴミ袋を持ち上げて振ってアピール。
「捨てたいので」
「えっ?」
「ゴミ」
「あ、ごめんなさい」
彼女は、赤くなって、場所を空けてくれた。
俺は、ゴミを捨て、軽く手を打ち合わせてホコリを払う。
その間も、彼女は横で、なにかをじっと考え込んでいるようだった。
あらためて見ると、彼女の腕にもゴミ袋が掴まれている。指定の燃えるゴミの袋ようだ。
「あの捨てないんですか、それ?」
ゴミ袋を指差すと、
「あ、はい。ええ、これは捨てるんです」
そう言いながら、俺にゴミ袋を押し付けてくる。俺に捨てろということだろう。釈然としない思いだったが、素直にゴミ捨て場にその袋を放り込む。
それから軽く会釈して、駅へ向かおうと歩き始めたのだが、
「あの、ちょっといいですか?」
控えめな声が追いかけてくる。
「え?」
さっきの女性だった。俺の袖をつかんでクイッと引っ張っている。
「なんですか?」
「あ、えーと、その、お尋ねしたいことが・・・・・・ その」
なんだろう? さっきからの様子だと、ゴミの分別に関して分からないことがあるみたいだけど。
彼女は言いにくそうな様子で、片手を軽く握って唇にそっと当てている。黒縁眼鏡の奥の眼が泳いでいる。
なにを訊きたいのだろうか? すごく気になる。
「あの、お守りって燃えるゴミですか? 燃えないゴミですか?」
「えっ・・・・・・?」
「私、お守り捨てたことなくて、全然分からなくて」
「お守りを捨てるんですか?」
「ええ」
「でも、縁起だとか、神様のバチだとか・・・・・・」
「彼氏にもらったものなんです。あ、いえ、今は元カレか。入試のお守りに。けど、こっち来る前に別れちゃったので」
「で、でも、その・・・・・・」
お守り。お守りなんかゴミとして出していいのか? そもそも、そんなことして、神様に怒られないのか?
彼女は思いつめたような顔をうつむけている。
「えっと・・・・・・」
俺も判断に困ってあらぬ方を見やっていた。
「で、その後、結局どうなったんよ?」
昼休み学食のカフェテリアで、野郎三人でわびしく昼食をとっている。俺は、今朝あった話を最近できたばかりの仲間にしていた。
「ああ、結局、俺も燃えるゴミか燃えないゴミか分からなくて、管理人さんとこへ行って訊いてみたら、そんなもの捨てるなってさ。えらい怒られた」
「ははは、だよな」
「捨てたら、祟りがありそうだもんね」
「ああ」
「で、どうすんだよ、そのお守り?」
「さあ、どうすんだろうな・・・・・・」
別に俺がお守りを捨てるわけじゃない。今朝の女性が捨てたいと思っているだけ。
そのお守りは、彼女がカレシから大学の合格祈願にプレゼントされた大切なお守りだった。受験勉強中もいつも持ち歩き、筆箱と一緒に並べていた。だが、いざ第一志望の大学に合格して、カレシを残して地元を離れることになった途端、急に二人の仲がギクシャクしだして、最後は、ほとんど喧嘩別れみたいになってしまったらしい。
別れた途端、そのカレシの思い出がつまったお守りすらも、すっぱりと捨て去ろうとする。女ってヤツは・・・・・・
『だって、あれを眼にしちゃうと、悲しくなって、今でも泣いちゃうんです・・・・・・』
彼女はそういって、俺から視線を逸らしていたっけ。
俺が遠い眼をして、今朝のことを思い出していると、
「恋だな」
「ラブですね」
なんて、からかうようにささやき交わしているが、それは、聞こえなかったフリでスルーすることにしよう。
「つうか、その女、元カレと別れたばかりなんだろう? じゃ、今、フリーじゃん。チャンスじゃね?」
「んだね。どうだった? その子、かわいかった?」
俺は、彼女の容姿を思い出す。花柄のワンピースに薄いブルーのカーディガン、そして、黒縁眼鏡。
「まあ、フツーかな」
長い髪がサラサラできれいだったけど。
「大体、出会った場所が、ゴミ捨て場だぜ? 周り中、すえた匂いがプンプンしてさ」
彼女からは、すごくいい匂いが立ち上っていたけど。
「それに、地味で暗い感じだったし」
カレシのことを思い出して、涙ぐんでいた姿が、たまらなく小さくて・・・・・・
「ないな」
「そっか、ないかぁ~」
「う~ん、そっか」
「ああ」
そして、俺たちは、同時にそれぞれの飲み物を口に含むのだった。
急ぎ足で部屋に戻る。
大学が終わり、バイトの時間までまだまだ余裕がある夕方。
荷物を部屋の中に乱暴に放り込んで、そのまま回れ右をして、ドアにカギを掛ける。そして、エレベーターを待つこともせずに、三段飛ばしで、階段を駆け下りた。
息を切らせて、エントランスにでると、そこで待っている人影に声をかけた。
「おまたせしました。じゃあ、行きましょうか?」
その髪の長い人は、俺を振り仰いで、生真面目な表情でうなずく。胸の前にしっかりと合格祈願のお守りを握り締めながら。
「神社はこっちです」
今朝、管理人に教えてもらった神社への道順を思い出しながら、その人を案内するように歩き出す。
これから。彼女のそのお守りをお焚き上げしてもらうために、近所の天神様へ向かうのだ。
ついでだから、なにか俺も祈願でもしてこようかな。天神様だから勉学関係かな? この4年間の大学生活で単位を落とすことなく、無事に卒業できますようにとか?
それはそうと、学問の神様の天神さまでも、勉学とは関係のない願いでもかなえてもらえるのだろうか?
たとえば、この胸の中の燃える想いを