ご馳走様
ゴールデンウィークもあけて最初の家庭科の授業は調理実習。
ご飯を炊いて、好みの具材のお味噌汁ともう一皿。地元の食材を料理する。
ボクたちの班は、地元の野菜の炒め物と地元の店で手作りされている豆腐のお味噌汁。
イメージとしては、どちらもすごく簡単に思えるのだけど、ボクは料理なんてしたことない。他のみんなはどうなのだろうか? 調理実習、無事に終われるのだろうか?
ボクたちは、危ない手つきで食材を切り刻んでいく。
カツン! カツン!
派手な音を立てて、まな板に包丁がぶつかる。でも、音が大きいわりに全然切れていない野菜たちは、その包丁から逃げ回り、跳ね回り、辺りに飛び散る。
「痛てっ!」
跳ねたにんじんが隣の森嶋の頭に当たった。
「あっ、わりぃ」
「って、気をつけろよな! あぶねぇだろ!」
「ごめん! でも、全然、切れないよな、コレ」
「ああ」
森嶋の方も苦戦しているようだ。
「ほら、あんたら、野菜をこうやって手で押さえてないから、どっかへ飛んでいっちゃうんだよ。これだから男子は」
「ああ? でも、そんなことしたら、手、切っちゃうだろ!」
「切るか、バカ!」
「はぁ、なんだよ、それ!」
「なによ!」
また、女子の西本と森嶋が言い合いをはじめた。
結局、小野崎さんが仲裁に入って、言い合うのを止める。いつもの通りというかなんというか。
「「フンッ!」」
お互いにそっぽを向いて。
コン、コン、コン・・・・・・
ボクたちの班で順調に野菜を切り刻んでいるのは、男子の中でもひときわ小柄な中野っちと女子の中では一番大柄な平川さん。
「へぇ~ 中野っち、うまいじゃない」
「え? あ、でも、平川さんの方が、もっと上手だよ。それに、すごく丁寧だし」
「えへ。そう」
平川さんが褒められてちょっと嬉しそうにしている。
「ああ、そうそう、どこかの不器用なバカ女よりも、すんげぇ上手」
「え? ふふふ」
森嶋の一言に、途端に反応する西本。
「って、バカ女って、だれのことよ!」
「え? さあ、だれかな。かわいそうで、真実を口になんてできないよ。俺には」
「はぁ~? なに、アンタ、私に喧嘩売ってんの?」
「いえいえ、別にそのようなことは。ええ、俺は心の広い男だから、料理もできない可哀相な女に喧嘩を売るなんて、滅相もない!」
「なによ! 私だって、料理ぐらい!」
そして、森嶋の挑発にのった西本がイモを切ろうとしたら、押さえる手が不十分だったみたいで、みごとにシンクの方へ跳ねていった。
「おお、おイモさんも可哀そうに」
「くっ、覚えてらっしゃい!」
「小野崎さん、みんな大体、野菜は切り終えたみたいだよ」
「え? あ、はい。じゃ、フライパンを温めます。油とってください」
ボクが油を手渡すと、慣れた手つきでフライパンに油をしく。そして、みんなで切り刻んで、バットに並べた野菜たちを順番に投入していく。
いつも大人しくて、控えめな小野崎さんなのに、大きなフライパンを振る手つき、大胆で豪快。手早くて、すごい!
思わず、横で小さく拍手してしまった。
「え?」
「あ、いや、なんか、すごく様になっているから。まるで、どこかの料理人さんみたい」
途端に、小野崎さん、耳まで真っ赤になる。
「いつもお母さんのお手伝いをしているから」
「でも、すごいよ。ボクには、絶対にできないよ」
「そ、そう・・・・・・?」
そして、小野崎さんの指示にしたがって、ボクが調味料をどんどん投入していって、野菜炒めは完成した。
「わぁ、すごくおいしそう」
ひとりずつ皿に小分けして盛り付けた後、小野崎さんは空になったフライパンをシンクに持っていく。
「って、こら! 勝手につまみ食いしてんじゃねぇよ!」
「ええ、別にいいじゃない! おいしそうなんだもん!」
「でも、だめだろ、つまみ食いなんか」
「えぇ~ ほら、森嶋も、食べてみな、ほい、あーん・・・・・・」
西本が皿から白菜をつまんで、森嶋の口元へ」
「って、な、なにするんだよ!」
なんてテレながら文句をいいつつも口にする。途端に、沈黙。
「どう? おいしいでしょ?」
森嶋は、うんうんうなずくだけだった。
「へへ、これで、森嶋も私と同罪だね。つまみ食いの!」
「そ、それが狙いだったか!」
「えへへへ」
でもいいな、この二人。しょっちゅう喧嘩しながらでも、結構仲がいい。なにげなくシンクの方を見たら、洗剤をつけたスポンジで一生懸命フライパンを洗っている彼女の姿が目に入った。
お味噌汁の方は、中野っちと平川さんが担当していた。
煮干からダシをとり、味噌をといて、ワカメやネギ、手のひらの上で切った豆腐なんかを鍋に入れていく。
見ていると、結構手際がいい。訊くと、ふたりともいつも家事を手伝っているのだとか。
「ふたりとも偉いね」
「え? そう、コレぐらい普通だよ」
「そう、これぐらいできるのが、普通でしょ?」
って、そ、そうだったのか・・・・・・
ともあれ、最初にみんなで砥いで(洗って)炊飯器にセットしたご飯も炊き上がった様子。
ボクたちは、それぞれを食器に盛り付けて、テーブルに並べた。
「「「「「「いただきまーす!」」」」」」
待望の食事タイム。おいしそうに立ち上る湯気と香りが空腹なボクたちの食欲をそそる。
まずは、ご飯を一口。
うん、美味しい。地元のおコメの味だ。でも、ちょっと水が多かったのか、いつも家で食べているのよりもやわらかいかな。
「ご飯、おいしいね」
「え? そう? ちょっとやわらかくない?」
「ううん。ちょうどいいよ。僕の家、いつもこんな感じだし」
「あ、もしかして、中野っち、おじいちゃんかおばあちゃんと同居?」
「え? うん、そうだよ。おばあちゃんが一緒に住んでるんだ」
「そうなんだ。うちはおじいちゃんと一緒だから、いつもこれぐらいの柔らかさだけど、他の人はどうか心配だったんだ。よかった」
平川さんが、うれしそうに微笑んだ。って、なにが良かったのだろう?
お味噌汁もいい味。ほっとする。
でも、いつも飲むのとは、味噌汁の色も味もちょっと違うような。
「あれ、これ、赤味噌? 赤だし?」
「え? うん、そうだよ。よく分かったね、西本さん」
「うん、うちも好きでよく作るから」
「へぇ~ だれか、名古屋の人が家族にいるの?」
「そう、お母さんが名古屋出身」
「そうなんだ」
「ってことは、中野くんも、だれか名古屋人?」
「うん、僕、小学校2年生まで名古屋に住んでいたんだ」
「へぇ~ そうなんだぁ」
そうして、名古屋に縁のある二人はズズズと味噌汁をすするのだった。
というか、名古屋の人って、赤味噌の味噌汁飲むんだ。初めて知った。
野菜炒めにみんなの箸が伸びる。
パリポリ・・・・・・
「お、おいしぃ~!」
「あ、ほんと、すごくおいしいよ、これ」
「でしょ、でしょ!」
「さっき、お前、つまみ食いして感動してたもんな」
「って、あんたもでしょ!」
「へへへ」
でも、確かにおいしい、この野菜炒め。今まで食べた中でも最高の野菜炒めかも。
「おいしいね。小野崎さん、すごい!」
「え、そんなことないよ。普通だよ」
「そんなことあるよ。すごくおいしいよ、この炒め物」
中野っちが、マジ顔で大きくうなずいている。
途端に、小野崎さんの隣に座っていた、平川さんが、小野崎さんの手をとる。
「私のところへお嫁においで」
それに対抗して、西本も、
「だめよ。おーちゃんは、私のところへお嫁に来るんだから!」
小野崎さん、とてもうれしそう。とても、とても幸せそうだった。
二人の女の子が、料理上手の女の子を挟んで嫁に来いとジョークを言い合う図。とても微笑ましくて、たのしい雰囲気。
でも、嫁に来いとジョークを言い合うだけじゃオチがない。ただただ、だらけてしまうだけ。
ここは、誰かがピシッと決めなくちゃね。そして、気がついたときには、それをボクが言っていた。
「だめだよ、二人とも。小野崎さんは、ボクのところへお嫁に来るんだから!」
決まった! すばらしいオチだ! うん、ボクって天才!
会心の笑顔で、テーブルをぐるりと見回す。
中野っちも、平川さんも、西本も、ポカンとした顔をしてボクを見ていた。みんな顔が引きつっている。
ってことは、爆笑寸前? いいんだよ、笑って。ボクは面白いことを言ったのだから。
もう一度、テーブルを見回すと、小野崎さんが、耳まで赤くなって、こうつぶやくのが見えた。
「ウン・・・・・・」
途端に、みんなの顔が崩れた。ボクが期待したような、爆笑の方向へではなく、にやけ顔の方向へ。
「ふふふ、石野くん、ご馳走さま」
「おーちゃん、ご馳走様」
にやけ顔のまま、平川さんと西本が微笑んでいる。
えーと、えーと? なんで、みんな笑わないんだ?
頭の中が疑問でいっぱいのボクの隣で、さっきから料理にがっついていた森嶋がすかさず言うのだった。
「えっ? もういいのか、お前ら? もったいないから、俺がそれ食ってやるよ」
その声に、みんな爆笑した。
な、なんでだぁ~!