勇者
今はゴールデンウィーク真っ最中。なので、今回はGW前後ごろを舞台にした作品を集めてみます。
ボクがはじめて彼女にあったのは、ゴールデンウィーク明けの頃だった。
いや、実際には、別のクラスとはいえ同じ学校の同学年なのだから、どこかで何度かすれ違ったりしたことがあるはずだけど、そのときまで、ボクは彼女の存在自体に、気づいていなかった。
その日、ボクはいつものマンガ雑誌を近くのコンビニへ買いに行った帰り、近所の公園の中を横切った。
公園を横切る方が、家へ帰るには近道になるから。
雑誌を入れたビニール袋をぷらぷらと手に下げながら、鼻歌交じりに公園の中を歩く。
晴れてカラリと乾いた心地よい空気が公園の中に満ちて、とても爽快な気分だった。
4月の初めにはピンク色で染まっていた桜も、今は葉桜となって淡い緑に染まり、ただ公園の隅にたたずんでいる。
公園の奥の広場では、小学生たちがサッカーボールを歓声を上げながら追いかけ回し、その隅に停めた自転車のまわりでは、ノラ猫たちが昼寝をむさぼっている。
平和ないつもの5月の光景だった。
不意に、風が吹いた。
舗装されていない公園の中の道から、砂埃が巻き上がり、ボクの方へ迫ってくる。
ボクは慌てて風下の方へ顔をそむけ、目をギュッと閉じた。
風が吹き抜けていく。
心の中で10を数え、ボクは目を開けた。
その視線の先、藤棚の下に据えられた縁台に腰掛けながら少女が一人ケータイを見つめていた。
右手の親指が盛んに動いている。
メールでも打っているのだろうか?
もちろん、ボクの脇を吹き抜けていったホコリっぽい風は、容赦なくその少女にも吹き付けていた。
少女は、慌てて髪を抑え、眼を細める。それでも真剣な表情のままで、決してケータイを操作するのをやめない。
なにかよっぽど大事なメールなのだろうか?
藤棚からふりそそぐ紫色した木漏れ日の中、一心不乱にケータイを打つ少女。
あっさりとした淡い色のワンピースに身を包み、縁台に脚を揃えて座っている。
時々、長い髪の毛が風のいたずらでもてあそばれるのを、そのほっそりとした白い手で押さえたりもして、とても絵になる美しい光景だった。ケータイを打つのに熱中している以外は・・・・・・
ボクはその光景を、しばらくの時間、ボーと見ていた。
やがて、不意に、その少女が顔を上げた。
眼が合った。
少女の瞳の中に、戸惑った色が浮かぶ。
ボクはどうするべきだろうか?
声をかけるべきだろうか?
でも、ボクにはそんな勇気がなかった。
ただ黙って、少女から視線を外して、家路を辿った。
次の日、学校へ向かう通学路、信号待ちの交差点に彼女がいた。
昨日と同じようにケータイに夢中になっている。
やがて、歩行者用の信号が青に変わって、『とおりゃんせ』のメロディーが流れ出す。
ボクは足早に横断歩道を渡ったのだが、彼女は相変わらずケータイの画面をにらんだまま。その場を動こうとはしない。
しばらくして、メロディーが鳴り止み、信号が変わり歩行者用の信号が赤になる。
と、彼女、ケータイを見つめたまま動き始めた。横断歩道へ向かって。
「あぶない!」
とっさに横断歩道の反対側にいるボクの口から大声が出た。
途端に、彼女の足がとまり、その数センチ前を左折するトラックが通過していった。
彼女は、呆然としたまま、その場に立ち止まったままだった。今の自分の状況をキチンとは理解していないようだ。車が通る横断歩道の中に依然として立っているわけなのだけど・・・・・・
「さがって! そこ、危ないよ!」
一瞬、ボクと眼が合って、小さくうなずく。
そして、持っていたケータイを閉じると、そのまま後ろへ下がっていった。
再び信号が変わり、彼女が横断歩道を渡ってきた。
「ありがとうございます。私、ぼうっとしてて」
「ああ、いいよ。それより大丈夫?」
「ええ」
「気をつけなよ。歩きながらメールしてると、事故に巻き込まれちゃうよ」
「はい、ごめんなさい」
「ああ・・・・・・」
そのまま、ボクたちは並んで学校へ向かった。
道々、彼女といろいろなことを話した。
彼女は同じ学年の別のクラスだということ。4月に引っ越してきたばかりで、近所にまだ友達がいないこと。だから、毎朝、一人で学校へ通っていること。そして、今、ケータイのゲームに夢中になっていること。
メールではなかったんだ・・・・・・
ボクはゲームに夢中になるあまり、事故に遭いかけている彼女に少しあきれた。
でも、近くで見る彼女はすごく笑顔が可愛かった。
大好きなゲームの話を本当に心の底から楽しげにする少女。
まるであやめの花が咲き零れるかのように笑顔が輝く。
ボクは、ただ隣を歩いているだけでも、幸福な気持ちになった。
次の日、ボクは自分のケータイから”MEGUMI”のいるゲームサイトに参加してみた。
確かに彼女が夢中になるのもうなずけるほど、面白いRPGだった。
プレイヤーはゲーム内の勇者となって、困っている街の人々のために、敵のモンスターを倒したり、宝物を迷宮から探し出したりする。
でも、ボクはたぶん、このゲームに夢中になることはないだろうな。”MEGUMI”のようには。
だって、ボクにはミッション(クエスト)があるから。
ゲームに夢中になっている”MEGUMI”を現実の事故から守ってあげないといけない。
真の勇者として。