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手作りチョコ

「ねぇ? 考えてみれば、2月14日が女性から男性にチョコレートを贈る日だっていうのは、セクシャルハラスメントよね」

 優奈と一緒の帰り道、突然、俺の隣でそんなことを言い出した。

「そ、そうかな・・・・・」

 どこでもそうであるように、バレンタインデーを目前にして、俺たちの学校でも、あちらこちらで即席カップルが続々と誕生していた。たぶん、彼らのうち3割ぐらいはバレンタインデーを過ぎると別れていることになるだろうし、さらに半数はホワイトデーを過ぎた途端、別の相手とカップルになっているだろう。

 もっとも、俺と優奈はそんな即席カップルってわけではない。なにしろ、生まれた時から隣家同士の幼馴染みなのだから。

「大体、バレンタインデーなんてお菓子会社の陰謀じゃない。そもそも、バレンタインデーのもとになったバレンタインさんって、聖人でもなんでもないし、実在すらも疑われている人物だって知ってた?」

「えっ? そうなの?」

「そうよ。だから、聖バレンタインデーだとかで宣伝しているあそこのスーパーの張り紙って全然間違いなの」

 そういって、優奈が指さす先には、まさにその『聖バレンタインデー』なんて文字が躍っていて。

「だから、ねぇ? 今年は、私からのチョコはなしにして、祐樹が私にチョコレート贈ってみない?」

 優奈が隣から俺の顔を覗き込んでニンマリ笑う。

「はぁ? なんでだよ!」

「だから、女性から男性にチョコを贈るって風習自体がセクハラだって言ってんの。女性に対する差別だわ」

「あ、あのなぁ~」



 毎年のバレンタインデー、その日、俺にチョコをくれるのは三人しかいない。

 母さんと姉貴と、そして、優奈。

 今だにラブラブな親どもはもちろん、婚約者のいる姉も、俺にくれるチョコは家族としての親愛の情がこもっているとはいえ、一番高価だとか、大きいとかいうことはなく、いつも二番目以下の市販のものだった。

 優奈にいたっては、生まれた時からの知り合いだというのに、近所の男の子たちに渡すのと同レベルのスーパーで売っているお菓子会社の安い板チョコをくれるだけ。俺だけ特別なんてことは全然なかった。

 だというのに、ホワイトデーのお返しのときだけは、俺に対してのみ他の奴らよりも数段いいものをプレゼントするように要求してくるし。

 って、その方がはるかにセクハラに近い行為だと思うのだが。

 はぁ~ この調子だと、今年はとうとう優奈からさえももらえないかもな。それどころか、俺が優奈にチョコレートを渡さなきゃいけなくなるかも。

 かなり気が重い。



 優奈の家の前で分かれて、自分ちの玄関に向かう。

 家の中に入ると台所の方から甘い匂いが漂ってきていた。チョコレートだ。

「ただいま」

 俺が台所の入口からのぞくと、ちょうど姉貴と母さんがチョコレートを湯煎している。

「あ、おかえり」「おかえり」

 二人とも、俺の方を振り返ることもせず、真剣な表情で鍋の中のチョコレートを掻きまわし続けている。やがて、十分溶けたころを見計らって、型に流し込む。

「ふぅ~ 後は冷やして固めるだけね」

 二人してハイタッチ。

 そういえば、去年、三組の女子とバレンタイン前に付き合いだした光、手作りのハート形チョコをもらったのはいいけど、最悪の味だったとか言っていたっけ。他のやつらからも聞いたことがあるが、手作りチョコはものすごく難しくらしく、素人は手間かけた分だけ味も風味を落ちてしまうそうだ。だから、手作りチョコもらうぐらいなら、そこらの店で売っているヤツをもらう方が断然いいって。

 まあ、俺に手作りチョコをくれる女って今までいなかったから、分からない話だけど。

 なんて考えながら二人の作業眺めていたら、

「ほら、祐樹、ひびの入っちゃったやつだけど、試食してみる?」

 なんて、一つくれた。

 口に中に放り込むと、たしかに、硬くて、風味がないし、味もいまいち・・・・・・ これ、本当に父さんや彼氏さんにあげるつもり?

 そんな俺の微妙な感想が顔にでていたのだろう。二人とも壊れたチョコに手を伸ばして口に運んで、

「まずっ! なにこれ!」「な、なんで? どうして?」

 ふたりとも信じられないといった様子。

「作り直さなきゃ」

「あ、でも、材料のチョコもう全部つかっちゃったよ」

「あ、そうか。さっきのが最後のだったっけ」

 そして、あろうことか、

「じゃあ、まあいいや、あの人には今年はこれで我慢してもらいましょう」

「彼への愛情がいっぱい入っているから、味なんて関係ないよね」

 使ったボウルとかヘラとかさっさと片付け始めるし。

 えっ? そ、それでいいのか? そんなことでいいのか?



 結局、母さんと姉貴、本当にその失敗した手作りチョコを父さんや婚約者さんにプレゼントしたようだ。そして、どういうわけかそれぞれ絶賛をうけたという。

 うん、父さんも、未来のお兄さんもご苦労様。

 俺の方はというと、さすがにそんな失敗した手作りチョコをくれることはなく、市販のチョコレート菓子を買ってきてプレゼントしてくれたので、彼らよりかははるかにマシな味のものを口にできた。

 けど、なんだろうか? なんで、彼らは俺が食べているお菓子の袋を見て、勝ち誇ったようにうっすらと微笑むのだろうか?

 俺の方が絶対に美味しいものを食べているはずなのに・・・・・・ なぜだ?

 う~む。



 ともあれ、今年は優奈からのチョコは期待できないどころか、俺の方から優奈にチョコレートのプレゼントを強要されてさえいたわけで。だから、その日は、ずっと優奈から逃げ回っていた。だけど、結局、夕方、家の前で待っていた優奈に捕まってしまった。

「あ、その、なんだ。お前にチョコ上げるのはまた今度な。考えておくから」

「ん? なに? なんのこと?」

 優奈は不思議そうに首を傾げる。覚えてなかったみたいだ。よかった。

「でも、まあいいわ。そんなことより、これ祐樹にあげる」

 顔を輝かせながら俺に差し出してきたものは、綺麗に丁寧にラッピングされたもので。

「毎年挑戦してたけど、やっと今年は満足できるできばえになったんだ。失敗ばかりで祐樹には今まで買ってきたものしか渡せなかったけど、今年は自信作だから食べてね」

「えっ? あ、ありがとうな」

「うん、どういたしまして」

 照れたように笑うのが、なんか新鮮だ。うん。

 そんなことより、初めての手作りチョコ。初めての市販品でない俺だけのチョコ。俺のためだけにつくられたチョコ。たったそれだけのことだというのに、なんだこの胸の奥から湧き出る感動は! な、涙が・・・・・・

「ちょっと、そんな泣くほどのことでもないじゃない」

 優奈は真っ赤になって、顔をそむけていた。

 うん、本当にありがとうな。石のように硬くて、全然チョコレートっぽい味もしないけど。

 だれだよ、手作りチョコレートもらうぐらいなら市販品の方が何倍もいいって言ってたやつ。

 今日、優奈からもらったチョコは、どのチョコよりも最高だよっ!

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