妹にバカにされる兄貴たちの日
「先輩、私の気持ちです! 受け取ってください!」
おさげ髪の1年生が、下校途中の俺たちの前に立ち、可愛く飾り付けしたチョコレートの包みを恭しく差し出している。
「えっ? 悪いなぁ~ ありがとう、うれしいよ」
頭を掻き掻き、受け取ろうと伸ばした手の先、その1年生は、慌ててチョコレートを引っ込めた。俺を睨みつけながら、あろうことか、こうのたまう。
「違います! 日野先輩にです!」
その場で固まっている俺を押しのけるようにして、隣のヤツの前に再びチョコレートを差し出す。
「あ、そうか。ありがとう。君の気持ちを大切にして、これをいただくとしよう」
アイツめ、白い歯をキラリと光らせて、チョコを受け取った。しかも、送り主の1年生には、優しげでいてうれしげな印象を、一方で、隣の俺には、勝ち誇り馬鹿にしたような印象をあたえるという、見る角度によって違うイメージを抱かせる高度な笑顔を浮かべてやがる。
――クッ! クソーー!
無事、ヤツにチョコレートを渡し終えた1年生、ぺこりと頭をさげた。
「って、おい、俺には? 俺にはないのかよ?」
一瞬、戸惑ったような表情を浮かべて、俺を見つめる。期待を込めて、ニコニコと俺が見ている先で、途端に噴き出した。き、傷つく~
そのまま、俺を無視するような形で、きびすを返し、キャーッと黄色い悲鳴を上げて、離れていった。
「ご愁傷さまだな」
隣からの皮肉交じりのとどめの一言があったが、俺はもちろん華麗にスルーした。
「で、それで、何個目だよ、お前?」
「ん? ああ、7個目だな。今日、学校に来てからは」
「学校に来てからって、他の場所でももらったのかよ?」
「ああ、今朝、家をでるときに、近所の中学生がくれて行ったよ」
「お、お前なぁ~」
頭が痛くなりそう。
「どんだけ、モテモテなんだよ!」
「ん? そうか? これぐらい普通だと思うが」
「って、どこの世界の普通だよ!」
本格的に頭痛が・・・・・・
とにかく、この頭痛を治めるためには、甘いものが最適なはず!
「それ寄越せ!」
ヤツの手元のチョコを強奪しようと伸ばした手を、ヤツはいともあっさりと払いのける。当然だ。空手の黒帯なのだから。
「ダメだ。これは彼女たちの思いのこもったものじゃないか。京輔になんか、渡せない!」
「そんなこと言うなよ! どうせ、そんなにチョコ食べきれないだろ? 一個ぐらい!」
「ダメだ! ダメだといったらダメだ!」
ヤツは、そう言うなり駆け出した。
「あ、おい! 待てよ!」
慌てて追いかけようとする。そんな俺に向かって、ヤツは5メートルほど先で立ち止まり、振り返ってアッカンベー。
ム、ムカーー!
絶対、チョコを奪い取ってやる!
昨日の昼、俺たちモテない男子チームは教室で今日のことを話題にしていた。
「なあ? どうせ、だれからももらえないだろうしさ、俺たち自身で交換し合わない?」
「はぁ~? なに言ってんだよ。バカじゃねえの?」
「だってよ。今、友チョコとかはやってんだろ?」
「そりゃ、女子の間だけの話」
「でも、今年もだれからももらえなかったって家族に報告しなきゃいけないだぜ。明日」
「グッ・・・・・・」
「だろ? 屈辱だろ? 明日は、妹に馬鹿にされる兄貴たちの日なんだぜ。たまんねぇだろ?」
「・・・・・・」
俺には、妹どころか、兄弟もいない一人っ子。そういうところは良くわからないが、チョコを家にもって帰ってこない息子を見るお袋の眼の色・・・・・・
「な、俺たちで交換しあおうぜ、な?」
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」
俺と吉井、岩田、村上のもてない男子チームはお互いの眼を無言で見つめあい、だれからともなく、うなずきを交し合うのだった。
だけど・・・・・・
「って、なんで、馬場も一緒にうなずいてんだよ!」
「え? ん? なんかおかしいか?」
「あったりまえだろ! お前は、美佳様にもらえばいいだろが!」
吉井の一言に、他の二人もうなずく。
「はっ? なんでだよ!」
「またまたとぼけやがって! このリア充野郎は!」
「だれが、リア充なんだよ。は? わけわかんねぇ~!」
そんな俺の抗議をとっとと無視して、3人は俺に背を向けて、明日のチョコの交換計画を話しあうのだった。
「って、無視するなよ!」
「うるさい! リア充野郎は、あっちいけ!」
「お、お前ら~」
というわけで、今日、チョコを家にもって帰らないのは、俺だけ。
「はぁ~」
思わず、ため息がこぼれた。
「なに、辛気臭いため息なんてついているのさ?」
「うるさい、お前には関係ねぇだろ!」
「はぁ~ そんなこと言うわけ? 折角、幼馴染みのよしみでチョコ恵んでやろうと思ったのに」
「いらねぇよ、そんなの! お前へのプレゼントからのおすそ分けなんぞ、だれがもらうか!」
「ったく! 拗ねちゃって。ほら、受け取れ!」
俺の胸にチョコの包みを押し付けてくる。
「いらねぇよ!」「受け取れ!」「いらねぇ~!」
強く押し返す。
「受け取れ・・・・・・!」
って、なんでコイツ、涙声なんだ?
ふと、手元のチョコに眼を留めると、カードが。
『京輔のバカへ』
って、俺宛? ってことは、ヤツがもらったチョコのおすそ分けじゃないのか?
呆然と立っている俺に、ヤツはそのチョコレートの包みを押し付けて駆け出していった。
「京輔のバカ! アホ!」
「・・・・・・」
俺は駆けて行く制服のスカート姿を、足を止めて眺めているだけだった。
俺の幼馴染みの日野美佳は、数メートル離れた先で立ち止まり振り返る。
「義理じゃないからね」
「・・・・・・え?」
すこし考える時間をとって、顔の横で人差し指を立てる。
「義理じゃなくて、義務チョコだからね。幼馴染みとしての。か、勘違いしないでよね!」
そういって、本日、二回目のアッカンベー。
「だ、だれが、勘違いするかよ。バーカ!」
そして、俺は美佳を追いかけるようにして、駆けて行くのだった。