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小箱

 登校して、カバンから荷物を出し、机の中へ移し変えようとしていたところだった。

 コツンッ

 なにかノートに当たったような。

 机の中に腕を突っ込んで、手探りしてみると、小さな箱のようなものが指先に触れた。

――なんだろう?

 そいつをつかんで、引っ張り出す。

 まず手元に見えてきたのは、淡い水色のリボン・・・・・・

――こ、これはッ!?

 今日は2月の15日。

 昨日は日本中の男子生徒たちがそうであったように、ボクも期待で胸を膨らませて学校に登校し、そして、失望を抱えて下校した。

 なのに、今日になって、ボクの机の中に・・・・・・?

 一日遅れとはいえ、生まれて初めてもらうチョコレート(・・・・・・だといいな)。

 びっくりして、うれしくて、たちまち天にも上るようなふわふわした気分になった。

 一体、だれがボクにこの箱をくれたのだろう?

 クラスのアイドルの橋本さん? それとも、いつも元気な白石さん?

 ん? 待てよ。

 こんな風にボクの机の中に入れてあったってことは、直接手渡しできないほど、恥ずかしかったからかも。

 となると、いつも教室の隅で本を読んでる近藤さんかな。

 地味だし、暗いし、友達すくなそうだし、メガネ掛けているけど、案外、人見知りしているだけで、本当は、明るくて爽やかで、おまけにメガネ外すと美人だったりして。

 いや、待てよ。

 もしかして、単に日にちを一日間違えただけかも。

 このクラスでドジっ子といえば、教壇の前の席の長谷川さん。

 あっ、いまちょうど、登校してきて、何もないところでつまずいてるよ。

 うん、そのドジっ子ぶり、男子たちの間で評判がいいのだけど、女子たちがあれは計算されつくした演技よとかなんとか、陰口を叩いているのを聞いたことあるな。

 計算高い女?

 どっちなんだろう?


 ボクが小箱の贈り主はだれなんだろうと、あれこれ詮索して、教室中をキョロキョロしていた。

 本当なら、小箱を机の中から出して、点検すれば、贈り主の名前かなにか書いてあるカードとかついているのだろうけど、こんな始業前の時間にそんなことをしたら、みんなの注目を浴びちゃう。

 さんざん冷やかされ、嫌な思いをするのがオチだ。

 とにかく、冷静に、知らん振りを決め込んで、机から取り出してもかまわない一人になる時間を待つのだ!

 で、でも、早く中を見てみたい!

 だれが、ボクにチョコを贈ってくれたのか、確かめたい!

 う、うぅッ!


「よっ! おはよ! 一週間ぶり」

 突然、ボクの隣の席に髪を短く刈り上げた田村が現れた。

 ボクは、慌てて、小箱を机の奥に押し込む。

 田村は、一週間前にインフルエンザに罹ったとかで、それ以来、学校をずっと休んでいた。

 あのサッカーで県の強化選手にも選ばれている田村が一週間も学校を休むなんて。

 今年のインフルエンザはそうとう極悪なようだ。

「お、おはよう・・・・・・」

「ん? どうした? 元気ないな。風邪か?」

「ち、違う!」

 こいつにだけは、小箱のことバレたくないな。見つかったりしたら、すぐに面白がって、教室中に言いふらすのが確実。みんなに知られちまう。

 日に焼けてはいるが、整った顔の田村、まじまじとボクの顔を見つめてから、なにか思いついたみたいだ。ポンと手を叩く。

「あ、あれか。昨日、チョコ、ひとつももらえなかったから、しょげてるんだ。可哀そうに・・・・・・プププ」

 って、口を手で押さえて、バカにしたような目で見下ろしやがる。

 く、くそっ~~!!

 キッとにらんで、気が付いた。

 そういえば、ボクの机の中には、あの小箱があったのだ!

 おもわず、にんまりしてしまう。

 田村にその顔を見られないように、横を向いた。

「あ、あぁ~あ、拗ねちゃって。まだ、子供なんだから」

 田村は、あきれたように言って、隣の自分の席に座った。

 それとなく横目で見ていると、自分の机の中をのぞいている。

「あ、ここにもあった。下駄箱に3こに、机の中に2こと。それに、昨日、千秋たちがわざわざ家までもってきてくれたのが3こで、全部で今年は8こか。ねぇ? 参っちゃうよね。毎年、毎年、たくさんチョコレートもらっちゃって」

 自慢げに言いやがって!

「後でお返しあげなくちゃ! タダでさえ小遣い少なくてピンチなのに・・・・・・ ねぇ? なんなら、一個ぐらい佐藤にあげようか?」

「・・・・・・いらない!」

 ボクは頑なに田村に背を向け続けるのだった。


 あの後、田村が散々ちょっかいをかけてきたけど、全部相手にしなかった。

 ハァ~

 しばらくして、ボクの後ろからため息が聞こえてきた。それから、

「佐藤、傷ついちゃった? ごめん」

 すこし途方にくれた悲しげな声。それでもボクは背を向けたまま。

 やがて、背後から、ゴトゴトとカバンの中をかき回す音が聞こえてきた。

 そして、遠慮がちに背中がつつかれた。

「ちょっと、佐藤、こっち向いて」

「・・・・・・」

 無視! またからかわれるなんて、真っ平だ!

「お願いだから、こっち向いて。ね?」

 なんか田村が気持ち悪い声を出して懇願してくる。しぶしぶ振り返ると、

「ほら、あげる。私からの分。昨日、休んでたから、一日遅れだけど・・・・・・」

 え、なに?

 思わず、田村をまじまじと見つめる。

 田村、恥ずかしそうな様子で、かわいいリボンを結んだ小箱をボクの目の前に差し出していた。

「ほらっ、あげる。どうせ、昨日はだれからももらえなかったんでしょ? 私がお義理で恵んであげるわ」

 って、おとなしめにふくらんだ胸にこぶしをあて、僕を直視できないって風情。

 こ、これは一体・・・・・・

「あっ! 見ろよ! 男おんなの田村が佐藤にチョコあげてる!」

「おお、本当だ。佐藤やったな!」

「佐藤、おめでとう!」

 なんか、その様子を見つけて、教室の前の方からはやし立ててる悪友たちがいるけど、今はそれどころじゃ。

 な、なんで、田村がボクに・・・・・・?

 なにかの悪夢か? で、でも、恥ずかしがっている田村って、いつもの男っぽい田村と違って、妙にかわいいような・・・・・・

「はやく、私のチョコ受け取りなさいよ! それとも、私のじゃ受け取れないっていうの?」

「あ、わ、悪い・・・・・・」

 ボクは、田村からチョコの小箱を受け取った。


 それからの一日、同じクラスのやつらばかりでなく、隣のクラスのやつらからも、ヒソヒソと指を差され、噂されどおしだった。

 あの田村さんの彼氏として・・・・・・

 いや、もしかすると、田村君のカノジョとしてかな?

 う~む・・・・・・

 放課後、下校の時間、ボクは机の中から荷物を取り出そうとして、机の中の小箱に気づいた。

 そういえば、あったのだっけ。

 今は、ちょうど教室にだれもいない。

 一応、チャンスのはずだ!

 ボクは、机から小箱を出し、机の上に置いた。

 朝、田村からもらった箱より一回り小さめだけど、淡い水色のリボンが可愛く結んである。

 ボクは、箱を持ち上げ、まわりを見回す。

 特に名前のようなものもないような。

 それから、リボンを解き、包み紙を開く。

 最初に眼に飛び込んできたのは、カード。

『田村くんへ』

 ・・・・・・


「あっ、佐藤、チョコどうだった? 美味しかった? はじめて作ったものだから、うまく出来たかどうか自信なかったんだぁ」

 下校の途中、田村にばったり遭遇した。

 いや、たぶん、田村の方が待ち伏せしていたのかも・・・・・・

 本当のことを言うと、ちょっぴりうれしかった。

「ああ、すごく美味しかったよ。手作りで」

 ニッコリと笑いかける。

 田村のはにかむ表情もなかなかかわいい。

 でも、ごめん、今ウソついた。

 本当は、二つとも・・・・・・苦かった。いろんな意味で。

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