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想いをのせて・・・・・・

「起立! 礼!」

 いつものように終わりのホームルームは、学級委員長の号令で終わった。

 いつもなら、みんな、手早く荷物をまとめ、一人で、あるいは、友達を誘って、教室を出ていく。

 だけど、今日は、みんななんだかグズグズしている。

 もちろん、私も・・・・・・

「や、今井、お前、だれかにチョコあげた?」

 いつものがさつで、無神経な木村がそんなことを訊いてくる。

 ちょっと、眼鏡の端を指であげて、わざとらしく咳払い。

「なによ? そんなこと、アンタには関係ないことでしょ!」

「ふむふむ、さては、まだ、だれにもあげてないな。なんなら、俺が、もらってやろうか?」

 ニタニタ笑いながら、手を出してくる。

 もちろん、そんなの無視。これ見よがしに腕時計に視線を落として、

「いそがないと、部活遅れちゃうわ」

 私、カバンを抱え、木村の横をすり抜けて、廊下へ出て行った。

「やれやれ、そんなに恥ずかしがらなくても、いいのに・・・・・・」

 木村のヤツ、肩をすくめて頭を振ってやがんの!

 ったく! なんで、私がアンタなんかにチョコをあげなきゃいけないのよ!

 アンタなんかより、何倍も何十倍も素敵な人がいるのに!

 チョコを渡すなら、あの人にでしょ!

 そう、あの人に・・・・・・


 音楽室の前。

 深呼吸をひとつ。

 扉を開ければ、あの人が先に来ているかもしれない。いつも、音楽室に一番乗りで来ている人。

 もしかしたら、今なら二人きりかも。

 そしたら、そしたら、今日こそ、私の気持ちを・・・・・・

 私の気持ちを添えて、あの人に。

 扉に手をかけたとき、カバンの中で、チョコの包みがコソっと音を立てたような気がした。


 ガラッ

 ドアを開ける。ドキ、ドキ、ドキッ!

 いたッ!

 音楽室の一番前、黒板消しを腕いっぱいに動かして、前の授業のチョークの文字を消している。

 私が入るなり、声がかかってくる。

「よぉ! 今井、早いな」

「先生、こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 吹奏楽部の顧問で、一昨年大学を卒業したばかりの音楽の前田先生。ピアノを見事に弾きこなす、大きな手。

 今、二人きり。他の部員たちは、まだいない。チャンス!

 言わなきゃ! 言わなきゃ! 今日こそ、告白しなきゃ!

 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ!

 私、胸の前でカバンをぎゅっと抱きしめて、背を向けて黒板をキレイにしている先生の後姿を見つめていた。

 今、言わなきゃ! 今、言わなきゃ! 他の子たちが来ちゃう!

 でも、その場で固まったまま。動けない!

「ん? どうした?」

 リズミカルに文字を消しつつ、振り返りもせず、前田先生、声をかけてくる。

 大きく息を吸った。

 ドキ、ドキ、ドキ!

 でも、口から出てきたのは・・・・・・

「・・・・・・い、いえ、なにも」

 ダメ! 言えない。

 私ってダメなヤツ! チョコを渡せないのはもう仕方がないけど、もっと勇気を出せばいいのに。体の隅々から勇気をかき集めて、好きだってたった一言伝えればいいだけなのに・・・・・・

 たったそれだけのことなのに、どうして・・・・・・

 私、そっと、溜めていた息を吐き出し、うつむきながら、トランペットをとりに音楽準備室へ入っていった。


 トランペットのケースを抱えて、音楽室に戻っても、まだ、だれも来ていない。

 今日は部員たちの出足が遅い。でも、今日は、それも仕方がないかもね。

 マウスピースを取り出し、息の練習をしながら、セッティング。

 ブーブーブー♪

 うん、いつもの私の音。

 そして、姿勢よく構え、顔を上げる。

 先生が教卓を雑巾で拭いているの姿が、ベル越しに見えた。

 目をつむり、目を開ける。それだけで、ざわついていた私の心が不思議と落ち着く。

 そして、思いっきり息を吹き込んだ。

 この想い、あなたに届け!

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