スィート・ビター・チョコレート
放課後、私、綺麗にラッピングしたチョコの紙袋を取り出した。小脇にかかえ、他の荷物を提げる。それから、岳広の席へ。
って、バレンタインだからって、岳広なんかにあげるつもりじゃない!
幼稚園の頃からの幼馴染で、クラスも一緒、部活も同じ吹奏楽部。担当しているパートこそ違うけど、ついでに私の荷物を音楽室まで運んでおいてもらうつもり。
その間に、私は、3年生の教室へ。
憧れの村田先輩に、バレンタインのチョコを・・・・・・
その瞬間を考えるだけで、ドキドキしちゃう。頬があつい。と、とにかく、早いとこ荷物を岳広に預けなきゃ!
でも、目的の席から、かなり離れた場所で、私の足、止まった。
え!?
髪の長い女子が、岳広に思いつめたような顔して話しかけている。
こんな日に、女子から話しかけられている男子がみんなそうであるように、岳広のヤツ、瞳をキラキラ輝かせちゃって!
「三上君、ちょっといい?」
「う、うん」
鼻の下を伸ばして、デレデレ・・・・・・
誘われるまま、廊下の方へ歩いていった。
ど、どうして?
どうしよう?
なんで、岳広なの?
宮村さん、なんで、岳広なの?
すこし、胸の奥が痛かった。
ふっと見ると、私のすぐ隣で、島君が、泣きそうな顔して、岳広たちが消えていった廊下の方を見つめている。
もしかして、今、私の顔も、情けなさそうに見えるのかしら。
急に恥ずかしくなった。頬が熱くなった。
私、誰にも顔を見られないように、うつむくようにしたまま、教室を飛び出し、トイレに駆け込んだ。
トイレの鏡の前で、確認。
大丈夫。少し顔が赤いけど、いつもの私。
と、急に、デレデレ顔の岳広を思い出した。その隣で、神妙な顔の宮村さんが歩いていく。
また、胸が・・・・・・
首を振って、無理やり頭の中から、岳広のことを追い出し、両手で顔をパンとたたいて、気合を入れなおす。
とにかく、私は、村田先輩にチョコを渡してこなくちゃ。
この際、岳広のことなんかどうでもいいのだし。
あいつが、だれにチョコレートをもらおうが、だれと幸せになろうが、そんなの私の知ったことではない!
階段を上り、3年生の教室へ。
帰り道をいそぐ3年生たちで、ごった返す廊下から、村田先輩の教室をのぞいてみたけど、カバンがあるだけで、本人がいない。
あちこち探し回り、渡り廊下でつながった人気のない第3棟3階の理科室の前で、ようやく見つけた。
小走りに村田先輩の元へ駆けつけようとしたのだけど、村田先輩一人じゃなかった。
私、慌てて、物陰に隠れた。
後ろ姿しか見えない女子から、なにかを受け取っている。
照れて、頭をかいている。
そうね、村田先輩、素敵だもの。他の女子にチョコをもらうのは、当然よね。
妙に納得した。全然、悔しく思わなかった。
そして、なぜか安心した。
そんな自分に驚いていた。
なんで、ライバルが目の前にいるのに、私、全然、気にならないのだろう?
全然動揺とかしないのだろう?
不思議だった。
私が隠れている近くに階段があったので、なるべく足音を立てないようにして、慎重に階段を下りる。
途中、踊り場の陰に人がいた。
二人、男子と女子。
ん? でも、二人とも見覚えが。
岳広と宮村さんだった。
ちょうど、チョコの包みを岳広に渡そうとしているところ。
ふいに、胸の中にムカムカしたものがこみ上げてきた。
私、足音を忍ばせて、岳広の背後に回る。それから、思いっきりお尻を蹴り上げてやった。
途端に、気が晴れた!
その気分のままで、後ろも見ず、ダダダッと階段を駆け上がっていく。3階を過ぎ、その上の踊り場、そして、屋上へ飛び出す。
かなり遅れて、足音がひとつ追ってくるのに気がついた。
なぜかちょっとうれしかった。
屋上のグラウンド側のフェンスまで走っていって、背を預け、そのまま座り込む。
やがて、入り口から、岳広が現れた。
いつものさえない表情。特に怒っている風でもない。
「よかったね、岳広。宮村さんからバレンタインのチョコをもらえて」
「いや・・・・・・ もらってない」
岳広、私のとなりでフェンスにもたれ、座った。私と同じように。
「え? どうして? あ、私が、邪魔しちゃったのかな? ごめん」
ちっともすまないって気持ちはないけど。
「彼女のチョコ、俺にってわけじゃないんだってさ」
ますますつまんなさそうに、ポツリともらした。
「恥ずかしいから、彼女に代わって、島に渡してほしいんだと」
「なに、それ?」
思わず、岳広の本当につまらなさそうな顔を見つめていた。
そして、なんだか、ホッとした。そしたら、急に笑い出したくなった。
アハハハハハ・・・・・・
目尻が自然と濡れる。
「笑うなよ。で、そっちはどうした? まだ、持ってるみたいだけど?」
指で、目の端をぬぐいながら、岳広の方へ、まっすぐ腕を突き出した。紙袋を持っている方の腕を。
「ん? お前も、恥ずかしいから、俺から渡せっていうのか?」
岳広、憮然とした表情。
「なわけないじゃん! アンタに」
私の言葉で、一瞬、岳広固まった。
「なんで?」
「なんでも!」
顔が熱い。
フーと岳広ためいき一つ。
そして、すこし、うれしげな声が聞こえてきた。
「そっか、じゃ、遠慮なく、もらっとく」
私、最高の笑顔で返事した。
「ウン!」