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イロハカルタ

「晋也、あんた、れかけるつもりなの?」

 俺が玄関で靴を履こうとしていたら、背後から声がかけられた。酒の匂いがプンプンと漂ってくる。呂律が怪しい。年末に帰省してきた姉貴だ。

「ああ、トシたちと初詣で」

 振り返ると、三年前の成人式のときに見かけた覚えがある振袖姿で一升瓶を手挟んだ姉貴の姿がある。俺の視線に気が付いたのか、

「どうよ。どうよ」

 なにかを期待するような顔で袖を振ったりしているし。はぁ~。とにかく、これだけは言っておかないと、

「あのさ」

「うんうん、なになに。遠慮しないでお姉ちゃんになんでも言ってごらん」

「酒飲みながらそんなもの着てたら、着物に匂いつくぞ」

 どうやら、俺のその真っ当な意見は、姉貴が期待していた言葉とは違ったみたいだ。

「はぁ? 生意気! 晋也のくせにっ! そんな生意気なこと言うんらったら、お年玉あげないんだからねっ!」



 ともあれ、その後、振袖の柄が綺麗だとか、豪華絢爛で目がくらむだとかなんとか、着物について適当にお世辞を言い、首尾よくお年玉はゲットしておいた。

 うん、俺は正月早々からウソはついていない。実際に言った通りなのだし。うん。たとえ、それは姉貴が身につけていなくても成り立つような賞賛だったとしてもだ。

 本当に俺は正直な男だ。

「ほら、今みたいに、男ならちゃんと自分の気持ちを素直に表現しなくちゃ。そうでないと、モテないんだぞ」

 相好をくずしたままで、姉貴は手酌酒をあおっている。

 それから、満足そうにぷは~と息を吐き出すと、

「ちゃんと相手に伝えようとしなきゃ、気持ちなんて絶対相手には伝わらないもんなんだぞ」

 途端に、自分の言葉でなにかを思い出したのか、苦そうに顔をしかめていた。

 ふむ、日本酒って、そんなに苦いものなんだろうか?



 家を出て、トシたちと合流して、近所の神社で初詣でを済ませ、帰りにトシの家へむかった。

 トシの家は古くから続く農家だとかで、俺たちが住んでいるマンションの部屋とはくらべものにならないほど大きい家だ。

 玄関を開けて、トシを先頭に家の中へ俺たちはぞろぞろと入っていった。

「ああ、お兄ちゃん、お帰りなさい。早かったね」

 俺たちよりも一つ下のトシの妹のあかりちゃんが、早速廊下に面した部屋からその愛らしい顔を見せてくれる。

「ああ、外寒いからみんな連れてきた」

「お邪魔します」「お邪魔っす」「お邪魔しま~す」

 そう口々にあかりちゃんに声をかけて、先に上がって廊下を進んでいくトシの後ろをついて行く。

「ごゆっくり」

 正直、その心をとろけさせるような華やかな微笑みにほっこりとした気分にさせられるのだが・・・・・・ この家に来るたびに顔を合わせてきた一つ下の女の子。小柄で色白で、笑うとえくぼがチャーミングで、とても魅力的な女の子だ。だが、考えてみたら、万一、その気になったりなんかしたら、トシなんかをお兄さんと呼ばなくちゃいけなくなるかもしれないわけで。

――ない、ない、ない。そんなのありえない。

 いつも今期の俺の嫁がどうたらこうたらと言ってばかりいるトシをお兄さんだなんて。

 お~い、トシ、分かってるか? どうあがいたところで、お前の嫁は画面から飛び出してきたりしないんだぞ。はぁ~

 ともあれ、正月らしく華やかに着飾ったあかりちゃんの前をドギマギしながら通って、トシの案内で居間にぞろぞろと入っていく。だが、さっきまでずっと寒いところにいたせいか、俺の生理的欲求がすでに我慢の限界にあるわけで。

「トシ、トイレ借りるぞ」

 俺だけ元来た廊下を引き返して、トイレを済ませた。それから、手をちゃんと洗って、清潔なハンカチで手の水気をとりつつ廊下を戻ってくると、

――ガラッ

 どういう偶然か、また、あかりちゃんが顔を出してきたのだ。

「ども」「どうも」

 言葉少なにお互いに会釈して、すれ違おうとするのだが、一瞬、脳裏に、

――男の子ならちゃんと自分の気持ちを素直に表現しなくちゃ。

 出かける間際にあの酔っ払いが言っていた言葉が再現された。そのせいもあったからだろうか、つい口をついて、

「あ、その着物、似合ってるね。すごく可愛い。綺麗だ」

 あれ、俺、なに言ってんだろう? いや、まあ、確かにあかりちゃんにはすごく似合ってて、可愛いんだけど。でも、こんなこと同世代の女の子の前で臆面もなく・・・・・・

 たちまち目の前で真っ赤になってうつむいている女の子がいる。

「あ、ありがとうございます」「あ、あ、いや、ど、どういたしまして」

 ややかみ合わない会話をして、俺たちはすれ違うのだった。



 居間に戻ると、コタツを囲んで仲間たちがにぎやかに騒いでいる。

 コタツの天板の上には、カラフルなカルタの絵札が散らばっていた。子供のころ遊んだような記憶があるイロハカルタってヤツだ。

「お、なつかしいな」

「だろ。さっき俺が出かける前に、従弟妹たちが遊びに来てたから、じいちゃんとでも遊んでて、そのまま片づけないで初詣でに行ったんだろうな」

「そうか・・・・・・」

 コタツに足を突っ込みながら、手近にあった読み札を手に取ってみる。

「じゃあ、『仏の顔も三度まで』」

「はい」「はい。とった」

「俺の方が先だっただろ」「いや、俺の方が早かった」

「今のはコウの勝ちだな。ソウイチの方はちょっとだけ遅かった」

「ほらな」「ちっ、今度は俺が先にとるぜ」

 意外と、こいつら気に入ってないか? 子供の遊びなのに。

 そのあとも、あーだこーだ言いあいながら、札を取り合っていたのだが、途中であかりちゃんがお茶を汲んできてくれたので、仲間に引き入れて。

 うう、ちょっと顔を直視できないな。なんで、さっきあんなこと言っちゃったんだろう?

 まいったな。けど、すこし赤みがかった頬のせいか、いつも以上に綺麗だな。見とれてしまうな。

 なんて、考えている間に、俺の前の札が読み上げられていて、

「はい」「はい」

 札を抑えようとした手の下に一瞬早く別の手が入っていた。温かくて、やわらかくて・・・・・・

 慌てて、手を放す。

「ごめん」「あ、う、ううん・・・・・・」

 うう、心臓がバクバクいっている。

 今度は『笑う門には福来る』。コウの前にある札。

 いち早く俺が手を伸ばすと、その手の上にやさしくふんわりと別の手が。

「あ、ごめんなさい」「いいよ、いいよ。気にしない」

 口では何気なさそうにそう言いはしたけど、心の中で全力でガッツポーズを決めていた。

 だが、それからも、何度かそんなことが繰り返されて。俺の手の上か下にいつも別の手が添えられていて・・・・・・  これって?

 だから、試しに、

――猫に小判

 迷わずヒョウタンの中から木彫りの駒が飛び出す絵の札に手を伸ばした。すぐに、なんのためらいもない様子で、その手の上にも・・・・・・

「しまった、俺、お手付きした」「あ、私も」

「「「・・・・・・」」」

 自然と笑みが交ってしまう白々しい声でお手付きを申告した俺の声が、静まり切った座の中にむなしく広がっていった。



 突然、読み札を読んでいたコウが札を投げ出した。

「くそっ、こんなんやってられるかっ!」

 続いてソウイチも天板の上に突っ伏す。

「このバカップル、見せつけやがってっ!」

 そして、トシが怖い顔で俺を睨んでくる。

「晋也、あとで屋上な」

 ハハハ・・・・・・

 正直、今はこいつらのことなんて、どうでもいい。生まれて初めての経験といってよい天にも昇るようなすごくハッピーな気分なのだから。

 耳まで真っ赤になって、恥ずかしそうにしている姿を目の隅でとらえつつ、俺はにやけ顔で返事をするのだった。

「ああ、分かったよ、お兄さん」

 ぽっ

「チッ」「俺もこんな可愛いカノジョほしぃ~」

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはないっ!」

 そう口にしつつ、三つの足が、コタツの中で俺の足を蹴りつけていたのは、今さら言う必要はないだろうな。そして、その手荒い祝福に、俺はだらしない笑みで応えるだけだったことも。

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