コンビニを出たら
コンビニの中にいたわずかな時間ですらも、今日の天候は大きく変化して、いま俺が見上げる空は、どっしりと重たそうな雲が一面に広がっている。
「雪、降りそうだな」
独り言のつもりでそうつぶやいたのだが、
「そうね。降りそうだよね」
返事があった。たぶん、今日のツレが返事してくれたのだろう。だから、その声にあった違和感をあまり気にもしなかった。その代り、声の方を見ることなく、手を差し出しながら、
「寒いな。どうする。また来るときみたいに手をつなぐか?」
「えっ・・・・・・」
なぜ驚いている? さっき家を出た途端、手をつなげとせがんできたのはそっちだろうに?
今にも泣きだしそうな上空から視線を下げたら、隣で真っ赤になってうろたえている女子がいた。
「あ、西原・・・・・・」
「・・・・・・」
「コホン、ゆうくん、もしかして私お邪魔だった?」
反対側から不機嫌そうな声がしたので振り返ると、どこか不貞腐れたような顔で三歳下の美咲が立っていた。
「あ、いや、これは、その・・・・・・」
「そうだ、私、先に行ってるね。お二人ともごゆっくり」
トゲのある声。そうとうご機嫌斜めのようだ。それは感じとれるんだけど、でも、今は急いで西原にさっきのこと、ちゃんと説明しないとまずいわけで。絶対、なにか勘違いしているだろうし。ともあれ、まずはこっちはこっちで、
「あ、いや、ちょ、ちょっと待てって。すぐ行くから」
「フンだ」
これ見よがしに、なにもない場所で見えない小石を蹴っている。苦笑するしかない。
「ねぇ、すごく可愛い子ね」
すぐに聞こえてきた西原の声にも、まだ焦っているかのような気配が交り込んでいる。そういえば、たしか西原の家ってこのコンビニの近くだっけ。もしかすると、俺たちが来た時には、すでに中にいたのだろうか。俺たちがベタベタくっつきあっていたのを見られていたのだろうか。
探るように普段は見慣れない普段着姿の西原の全身を眺めたのだが。
うん、こっちも・・・・・・
それでも、やっぱり美咲を可愛いと言って褒められたのは、とてもうれしい。
「だろ。あいつ、すげ~可愛いんだ。本当、めちゃくちゃいいんだよなぁ」
なんて目を細めて条件反射的に喜んでしまう俺がいる。そのまま止まらなくなって、
「さっきも、こっち来る前に、寒いから俺に手をつなげってさぁ、駄々をこねやがんの。むっちゃ可愛いだろう、な?」
「え、ええ、そうね・・・・・・」
なんとなく西原の笑顔がひきつっているような。
「俺、生まれて初めて恋人つなぎってやつ経験したよ。あれって、めちゃくちゃいいもんだな。手や指全体で相手を身近に感じられて」
「・・・・・・」
のろけ話に呆れたのか、それとも、こんな話聞きたくなかったのか、今の空と同じような色の目を伏せた。
でも、これって・・・・・・ もしかして?
「幸せなんだね」
ポツリとなぜか辛そうな声。ちょっと胸が締め付けられる。と同時に、胸の中に確信にも似た温かいものが。
「ああ、もちろん」
晴れやかな気分できっぱりと答えた。
「そっか・・・・・・」
「もし、結婚して子供ができたら、俺も、あんな女の子がほしいなって」
「そう・・・・・・」
「ちっちゃいころから、いつも俺の後を付いて回って、俺のことを大好きって言ってくれてたんだぜ。可愛いよな。しかも、あいつ、つい去年まで、大きくなったら俺のお嫁さんになるって言ってたし」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「そしたら、一番上の兄貴のヤツ、『絶対に、それは許さん! 娘はお前なんかには渡さん!』ってさ、本気で怒りやがっててさ。な、本当、親バカだろ。うちの兄貴」
「・・・・・・」
「まあ、あんな可愛い子、娘にもったらそうなるよな。だれだって。うんうん」
「ゆうくん、もう行くよ」
駐車場の端でチラチラ俺たちのことを見ながらすねた様子だった美咲が、いらだったように声をかけてくる。
「あ、じゃあ、そろそろ行かなくちゃ」
「う、うん。じゃ、じゃあ、じゃあね、また」
かすかに震える声で返事がきた。それまで息を止めていたのか、胸に手を当てて、大きく呼吸している。
そんな西原に笑顔で手を振って、二歩進んで、立ち止り、深呼吸。思い切って振り返った。
バクバクいっている心臓なんて無視だ。
「あのさ、西原、大みそかの夜、外、出れる? あ、無理そうなら別にいいんだけど」
「・・・・・・えっ?」
「よかったら、一緒に・・・・・・えっと、その・・・・・・初詣でっていうか、その・・・・・・」
とうとう舞い出した白いものの向こうに、急速につぼみがほころんでいくのが見えた。思わず、見とれてしまうぐらい華やかな。
――うん、きっと、西原の親父さんも絶対うちの兄貴に負けない親バカなんだろうな。