初夢
年末年始も、メールや電話のやり取りは続けていたが、それぞれの田舎に帰っていた俺たちが顔を合わせるのは、一週間ぶりのことだった。
「おまたせ」
「ああ、全然待ってないよ。俺も今来たところだし」
などとまるで早めに来て長く待っていた男みたいな定番の返事をしたのだが、実際のところ、本当についさっきこの待ち合わせ場所に着いたばかりだった。
なのに、なにか勘違いしたみたいで、陽佳がどこか照れくさそうに俺に微笑みかけてくるので、ちょっと申し訳ない気分になる。あわてて、その気持ちを打ち消すように、
「じゃ、なにか温かいものでも飲もうか?」
このままこの駅前広場の吹きっさらしで突っ立っていても凍えるだけなので、なんとなくそう提案したのだが、よく考えると、これじゃあ、なんか俺が長い時間この場所で待っていて、冷え切ってしまっているってことをそれとなく訴えているみたいなものだ。
「ごめんね」
案の定、小さく謝罪の言葉を口にしてきた。ちょっと失敗した。それをごまかすために、陽佳の毛糸の手袋に包まれた手を取る。そして、それをそっと俺のコートの何も入っていない方のポケットに入れた。指を絡ませて。
そのまま二人とも眼も合わせず、歩調を合わせて、ゆっくり歩き出した。
華奢な丸テーブルについて、注文したものを手のひらで包み込むようにする。温かい。実際の温度なら、絶対にこっちの方が熱いはずなのだが、今でもさっきのポケットの中の温かさが手のひらに残っている。消えない。
ほぼ一週間ぶりに会う陽佳。もちろん、前にあった時から全然変わっていないし、俺を見る瞳も覚えているままの輝きを放っている。
すこし恥ずかしげに、けど、とてもうれしげに。そして、頬をかすかに赤らめて。
思わず、見とれてしまう。そして、胸の中がじんわりと温かいもので満たされていく。
実家に帰っている間、陽佳のことを思い出すたび、電話越しに陽佳の息遣いを感じ取るたび、猛烈に会いたくなっていた。何度もメールで『会いたい』って伝えたが、それは全部、俺の本心だった。
そして、今、あんなに恋しかった陽佳が目の前にいる。目の前にいて、俺に微笑んでいる。俺だけに微笑みかけてくれている。
手を伸ばせば、触れる距離に陽佳がいる。夢や幻ではない。そこに本当にいる。
「ねっ? 初夢、いいの見れた?」
陽佳が目の前にいるってことの幸福感を存分に堪能していた俺は、そう訊かれて、一瞬、返事が遅れた。
「あ、ああ。うん。まあな」
「ええっ。いいなぁ~ 私、やな夢だったよ」
「やな夢?」
「うん、そう。せーちゃんと一緒にいるのだけど、二人でおいしいものをたくさん食べていたら、どんどん体重が増えちゃう夢だった。最悪だよね。お腹とかもうぶくぶくだよ。やになっちゃう」
陽佳は、本当に嫌そうな表情を浮かべて、今年の初夢のことを語る。
「しかも今年の初夢だよ。縁起物だよ。本当に正夢になったらどうしよう」
いやいやをするように頭を振っている。ちょっとかわいいと思ったのだが。
「ああ、うん。そんなに気にすることないんじゃねぇかな。陽佳、今でも随分痩せてるしさ。ちょっとぐらい太ってもどうってことないよ、きっと」
「ええ~ 痩せてなんかないよ。ほら、こことかお肉余ってるし」
そう言いながら、セーターの脇腹をつまんで見せるのだが、ほとんどつまめていない。
「全然、太ってなんかないよ。うん」
心底、うそいつわりなくそう思う。
「ねっ? せーちゃんの方はどんな夢を見たの?」
「ん? 俺?」
「うん。いい夢だったんでしょ?」
「うん。まあ、そうだな」
「ねぇ? どんなだったの?」
「ああ・・・・・・」
陽佳の楽しげな顔を眺めながら、今年の初夢のことを俺は思い出していた。
実は陽佳の見た初夢とほとんどそっくりだった。
陽佳の好物のケーキを二人で食べていると、見ている前で陽佳の体がどんどん膨らんでいく。体重がどんどん増え、ウエスト周りが太くなり、動くのも大変になる。そして、陽佳はそんな自分の太くなっていく腹を優しくさするのだった。慈しむように。心を込めて。幸せそうに。
自分の中で二人分の体重が増えることに幸福を噛みしめて。
「ねぇ? どんな夢だったの?」
「ふふふ。まあ、今は内緒だな」
「ええ~ ケチぃ~」
「こういうのって、人に言ったら正夢にならないっていうしな」
そう微笑みながらつぶやいて、手の中の飲み物に口をつけた。そして、無意識にポケットに手を入れて、中の月給三か月分の四角い箱の重さを確かめた。
「初夢が正夢になるといいな」
「ええ~ そんなのやだよぉ~」
そうして、俺たちはテーブル越しに微笑みを交わしあうのだった。