初詣で 2
今年も、神社に一番近い梨香の家に集まって、年越しそばを食べながら、大晦日のテレビ番組を視、そして、外へ繰り出した。
去年も一昨年もその前の年も、私たちの大晦日の夜の行動は同じ。他の友達は、田舎へ帰省したり、海外へ遊びにいったりしているというのに。
「って、今年ぐらい、だれか彼氏とかと初詣でいくとかなかったわけ?」
「仕方ないじゃん。だれも彼氏できなかったんだし」
「あ~あ。彼氏できないかなぁ~」
「来年は、彼氏と初詣で行くぞ!」
「ふふふ、去年も同じこと言ってたよね」
「聞こえない。聞こえない」
結局、来年になっても、この仲良しメンバーは顔ぶれを変えることもなく、近所の神社へ初詣ですることになるのだろうな。
すこし早めに神社に到着したので、時間つぶしがてら、みんなでゾロゾロと参道脇の露店をめぐる。
鐘楼の方から伸びてきている列に並んで、露店で買ってきた作りたての食べ物をみんなで分け合って暖をとっていると、順番が来たので除夜の鐘を撞く。
――ボ~ン~
力いっぱい撞いたはずなのに、乾いた軽い音しかでなかった。
それから、みんなで本殿の方へ移動し、カウントダウンがはじまるのを待っていた。
「「あっ・・・・・・」」
混みあった本殿前、目の前のダウンジャケットの男が振り返る。知ってる顔。というか、学校の同級生。
「やあ、こんばんわ」
「こ、こんばんわ・・・・・・」
えっと、だれだっけ? 名前が思い出せない。実は、学校で男子と話したことってあまりない。
「えっと・・・・・・ 佐々木さん・・・・・・ だっけ?」
相手も、私の名前が分からないみたいだ。お互い様か。
「あ、ううん。違う。み、水島です」
「ああ、そうそう、水島さん。水島さんも初詣で?」
こんな大晦日の夜12時近くの神社にいるのに、初詣で以外のどんな用事があるのだかと思ったけど、そんなことはおくびにも出さず。
「うん、そうだよ」
「へぇ~、そうなんだぁ~」
「うん・・・・・・」「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
結局、お互いに顔見知り程度でよく知りもしない相手。私にいたっては、結局、相手の名前すらまだ思い出せていないわけで。当然、会話なんて弾むわけもなく。たはは。
「「じゃ・・・・・・」」
ふたりして、気まずい思いを抱えて本殿の方へ向き直るのだった。
「ねぇ? 亜佐美の知り合い?」
梨香が袖を引いて、こそこそと耳打ちしてくる。
「あ、うん。同級生」
「へぇ~」
私の返事に仲間たちが、そのダウンジャケットの背中を値踏みするように観察し始めた。
それから、佳奈がその男子の背中を突っつく。
「えっ?」
「あ、ども」
「ど、ども?」
「いつもウチの亜佐美がお世話になってます。私、亜佐美の友達の中西佳奈って言います」
って、だれもお世話になんてなってないわよ。
「あ、いや、こちらこそお世話になりっぱなしで」
君のお世話なんて、した覚えないぞ!
こらぁ~、梨香、なんでそんな風に私のことをニヤニヤしながら見ているのよ!
「あ、もしかして、お一人ですか? だったら・・・・・・」
「ん? 和明、その子たちだれ?」
突然、私たちの横から声がかけられた。そちらを見ると、私たちと同じ年ごろの女の子が露店の品物を両手に抱えて近寄ってくる。
「チッ、彼女持ちか」
私の隣で、佳奈が小さく舌打ちしているし。けど、なんだろう? この私の中の残念って感情は?
「あ、いいえ。なんでもないです。行こ、亜佐美、梨香」
「あ、うん」
「し、失礼します」
私たちは逃げるようにして、その場を後にした。
佳奈に連れられて、神社の裏手の人影もまばらな竹林の脇まできた。
「って、なんで、逃げ出したのよ?」
「はぁ? 相手は彼女連れてるんだよ。修羅場ってもいいの? 年の初めからなんて縁起でもない」
「「・・・・・・」」
気をつかいすぎのような気もするけど、確かにあのままいたら、最後に現れた彼女と気まずいことになりそうではあったかも。
「あ~あ。どっかにイイ男いないかなぁ~」
佳奈がそう呟いたときだった。
「あれ? もしかして、君たちヒマ?」
知らない男たちが声をかけてきた。私たちよりも年上。大学生か? それも3人。ナンパだ。
「えっ? あ、えっと・・・・・・」
「俺たちも今ヒマしてるんだ。ねえ? これからどっかへみんなで遊びにいかない?」
「え、えっと、私たち、初詣でしなきゃなので・・・・・・」
「ああ、それなら俺たちも一緒にさ。ね? その後ならいいだろ?」
「い、いいえ。私たち、人を待たせてるんで」
「他のヤツなんて待たせておけばいいだろ? 俺たちと楽しくすごそうよ」
「そ、そんなわけには・・・・・・」
「それに俺たち、ついさっき除夜の鐘撞いてきたばかりで、今煩悩なんてきれいさっぱり洗い流されているから、無害なんだよ。ね? だからさ。これからみんなで」
「け、結構です!」
「そんなこと言わないでさ」
「さ、触らないでください! 人を呼びますよ!」
「いいだろう? お前ら、今、男捜していたんだろ? な?」
「だ、だ・・・・・・」
私たちが人を呼ぼうと口を開きかけた途端、男たちが私たちの口を手で塞ぐ。
「静かにしてろよ」
男たちは、互いにいやらしい目つきで合図を交わしあい。そのまま、私たちを裏口の駐車場の方へ連れて行こうとした。
「お前ら、なにやってる!」
横手から鋭い声がかかり、男たちがビクリと立ち止まる。
振り返ると、さっきのダウンジャケットの男子。
「なんだ、お前?」
間髪を入れず。
「その子たちの連れだ」
男たちは、その言葉に、一瞬チッと舌を鳴らし、ようやく私たちから離れた。
「そっか。悪かったな」
一旦は、そのまま駐車場の方へ去っていくような素振りを見せたのだけど、一歩踏み出した途端に体を翻し、男の子に殴りかかっていく。
「オラー!」「オラッ! 格好つけてんじゃねぇぞ!」「ぶっ潰すぞ、オラーッ!」
虚をつかれ、男の子は次の瞬間には殴り倒されていた。
「「「キャァ~~~~!」」」
「叫ぶんじゃねぇ! ほら、いくぞ! ついて来い」
男の一人が私の手を無理やりとり、引っ張っていこうとする。
「いや! 放して!」
体が勝手に動いた。ほとんど意識しないうちに、私が一番得意な払い腰が炸裂した。
気がつくと、梨香も佳奈も、それぞれの足元にさっきの男たちが伸びていて・・・・・・
「っ・・・・・・ そういや、水島さんって柔道部だっけ・・・・・・ つぅ~」
名前も知らない男子が殴られた顔をさすりながら呆れたような声を出している。
あっ、今の見られてた。暴力的な女の子だと思われた。ちがうっ! これは不可抗力で、本当の私は・・・・・・
って、今さら言い訳しても仕方ない。これでまた、今年も彼氏なんてできそうもないや。
ちょっと落ちこんでいたのだけど、それよりも、男の子はまだへたり込んだままだ。
「大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと油断しただけ」
私が手を差し出すと、殴られたのに案外平気そうな顔で立ち上がってくる。
「彼女たちも柔道するの?」
「うん、小学校のときから同じ柔道教室だったから」
「へぇ~ そうなんだぁ~」
その男子は私たち3人を見回し、足元に転がって白目を剥いている3人の男子の顔をのぞきこんで、
「みんな気絶してるね」
「う、うん・・・・・・」
「すごいねぇ~」
私たちはお互いの顔を見交わし。気まずくなって、それぞれそっぽを向いた。
その男子は私の前に戻ってきて、
「ねっ? 水島さん、今度、ヒマだったら、俺に柔道教えてよ」
「えっ? でも・・・・・・?」
「俺、水島さんになら投げられてみたいな」
「・・・・・・!」
呆然とその男子の顔を見つめていたら、その男子、ぐんぐん顔を赤らめる。
それから、慌てて顔を逸らして、焦った声で、
「あっ、そうだ、お、俺、姉ちゃんと一緒だったんだ。あっ、さっきの食い意地が張ってた女ね。わ、悪い。行ってくる。じゃ、水島さん、また学校で!」
「あ、う、うん・・・・・・」
その名前も知らない男子は、私たちに背を向けて本殿の方へ駆けていった。
その背に手を振り、見えなくなったところで振り返ると、梨香や佳奈たちに手荒い祝福をされた。遠くから聞こえてくるカウントダウンの声とともに。
「やったなぁ~」「よかったね」
「うん」
そう、だから、きっと来年は・・・・・・