ただいま
今日は朝からお母さんに手伝ってもらって晴れ着を着付けた。それから、お化粧をして、親戚のうちへ年始参り。
窮屈な和服姿。型崩れしないように気をつけて、お行儀良く振舞っていたら、どこの家へ行っても、ずい分おしとやかで綺麗になったねと褒められた。そして、お年玉をもらった。
ちょっとくすぐったいような、晴れやかなような、とてもうれしい気分。
最後に、地元で一番大きくて立派なお社のある神社へ初詣で。おみくじを引いたら『中吉』だった。
友達に晴れ着姿を自慢してくると家族とは別行動をとることにした。
すこし急ぎ足でハルちゃんちへむかった。
「あけまして、おめでとうございます」
門松の間をぬけ、玄関の戸を開け、中へ声をかける。すぐに、おばさんが出てきて、
「はいはい。おめでとうございます。あらあら。サッちゃん、綺麗におめかしして。おばちゃん見とれちゃったわ」
「え、あ、いえ。うふ。ありがとうございます」
お世辞とは分かっているけど、そんなことを言ってもらえて、正直とてもうれしい。
「ハルなら、二階でゴロゴロしているから、上がって」
「はい」
そうして、いつも学校の帰りにそうしているように、私は二階のハルちゃんの部屋へあがった。
「わあ、着物綺麗!」
部屋に入った私に、ハルちゃんが最初に言ったのはこれだった。
「そう? ありがと」
調子にのって、クッションを抱えて、座り込んでいるハルちゃんの前で一回転してみせる。
「お母さんに着付けてもらったの」
「へえ~ いいなぁ~ 私も、着物着ようかな」
「うん、そうしなよ。お正月だし」
「そうだね」
そうして、ハルちゃんは部屋を出て、一階にいるおばさんに着物を出してくれるように頼みにいったみたい。すぐにもどってきて。
「お母さん、すぐにタンスから出してきてくれるって」
「そうなんだ。よかったね」
「うん」
「ね? もう初詣でいった?」
「うん。さっき、お父さんたちと」
途端に、ちょっと残念そうな顔。
「そっか。一緒に行きたかったのだけど」
「あ、うん。行こうよ。初詣で。私も一緒に行きたいし」
すぐに、ハルちゃんは笑顔になった。
着物の用意が出来たというので、二人で一階へおり、ハルちゃんの着付けが終わるの待つ。
ハルちゃんは楽しそう。終始笑っていた。
と、
「母さん、トモアキが呼んでるから、ちょっと出かけてくる」
そういって、だれかがふすまを開ける。ハルちゃんのお兄さんのヒロさん。
眼が合った。
一瞬、心臓がドクンと打つ。
「「あ、あけましておめでとうございます」」
二人して、頭を下げながら、同じ言葉をシンクロする。同時に顔を上げたら、自然な笑みがこぼれた。
「「本年もよろしくお願いいたします」」
また、シンクロ。
「ふふふふ」「あははは」
それから、ヒロさん、私のことをジロジロ見てくる。
ちょっと期待。なんて言ってくれるのかしら?
ドキドキしながら、ヒロさんが口を開くのを待っていたのだけど、
「へぇ~」
ただそれだけ。
・・・・・・
すこし悲しい気分。
ハルちゃんの支度ができたので、二人してさっきの神社へ向かう。もう一度、本殿に参拝を済ませた。ハルちゃんはとても長い時間、手を合わせていた。
「ね? なに願っていたの?」
「え? うん。彼氏ができますようにって。それから、成績が上がりますように。それと、部活でレギュラーとれますように」
「そっか。願い事いっぱいだね」
「うん。サチは?」
「私? 私・・・・・・ うん、やっぱり彼氏かな」
そう、さっき参拝したときも、今も、同じことをお願いした。彼氏ができますように。ううん、違う。あの人が恋人になってくれますようにって。
お賽銭は、奮発して500円玉だった。
「あっ、ハル」
境内を出たところで、声をかけられる。
「ああ、兄貴か」
「初詣でしたのか?」
「うん、いましてきたところ」
「そっか」
「兄貴は?」
「ああ、これから」
眼が合った。「「ども」」
そっけない挨拶。胸がチクリと痛む。
ヒロさんの周りに何人か同世代の男性がいて、
「妹さんか? かわいいな」「ヒロ、紹介しろよ」
とか、なんとか騒いでいたけど、ヒロさんは結局笑ってだれにも紹介しようとはしなかった。
「じゃね」
「ああ」
それからすぐにハルちゃんとヒロさん、お互いに軽く手をあげ、分かれたのだけど、
「妹さん、バイバイ」「今度、一緒にどっか遊びに行こう」
なんて、周りの男性が言っていたのは無視、無視。
ハルちゃんちへもどって、しばらくグダグダしていたら日が暮れてきたので、私は家へ帰ることにした。
お年玉をくれるというおばさんに丁寧に礼を言いながら辞退し、ハルちゃんちを後にする。
玄関をでると、ちょうどヒロさんが帰ってきたところだった。
「あ、もう帰るの?」
「はい、今日はお邪魔しました」
「ううん。じゃ、気をつけて」
「はい」
そうして、一旦は分かれたのだけど、すぐに私を追ってくる。
「やっぱ、送ってくよ」
「え、でも・・・・・・」
「送ってく」
強くそう言ってくれた。
「うん・・・・・・」
どうしよう、頬が熱い・・・・・・
結局、家にたどり着くまで二人とも全然しゃべらなかった。
ただ無言で肩を並べて歩く。
着物を着ているので、ただでさえ歩く速度の遅い私だから、ヒロさんにとってはとても遅すぎて、イライラしていたかもしれないけど、とくに言葉にも表情にもそんな様子は感じられなかった。
ただ、ときどき、ヒロさんが私のことをチラチラ盗み見ていたように思う。
やがて、家の明かりが見えてきた。
空には気の早い星たちがまたたき始め、近所の家からお雑煮を炊く匂いが漂ってくる。
「ありがとうございました」
「あ、うん。いや」
「じゃ、私は、ここで・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
ヒロさん、一瞬、なにか言いたそうな表情をした。
眼と眼が合う。じっと見つめあう。けれど、ひとつ首を振って、結局、何も言わない。
その代わり、とても小さな声で、
「さよなら」
そして、頬を引きつらせながら、微笑んだ。とても失望したような、悔しいような、そんな眼の色をしていたように思う。気のせいかしら?
「さよなら」
もう一度そうつぶやくと、ヒロさんは私に背を向けて、去っていった。その背はとてもちいさいもののように私の眼には映っていった。
一週間前までクリスマスローズが飾られていて、今はしめ縄が飾られている玄関のドアの前にたたずむ。
額を扉に押し付け、眼を閉じて。
そっと息を吐き出し、着物特有の胸の圧迫感ですこしむせる。
もう一度、ヒロさんが消えていった宵闇の方を見る。もうそこにはだれの姿も見えない。
冷たい風が吹き抜けていった。
それから、一つ深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけた。
「ただいま」
台所から、お雑煮の匂いが漂ってきていた